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松下佳代 著
『対話型論証による学びのデザイン 学校で身につけてほしいたった一つのこと』
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はしがき
この変化の激しい不確実で複雑かつ曖昧な世界を目の前にして学校で身につけてほしいことを思い描くとき、私たちは「あれもこれも」となりがちだ。1990 年代頃から、そのリストはさまざまな呼び名で提案されてきた。初等中等教育では、「PISA リテラシー」「OECD キー・コンピテンシー」「21 世紀型スキル」「学力の三要素」「資質・能力の三つの柱」、高等教育では「社会人基礎力」「学士力」などなど。「ポジティブリスト」(望ましいことのリスト)は増え続け、長くなるばかりだ。
それに対して、本書では、学校で身につけてほしいことをたった一つに絞ることにした。それが「対話型論証」の力だ。「何だ、そんな言葉は聞いたことがないぞ」という方がほとんどだろう。それもそのはず、この言葉は私の造語だからである。「対話型論証」とは、ある問題に対して、他者と対話しながら、根拠をもって主張を組み立て、結論を導く活動のことである。「何だ、たった一つといいながら、ずいぶんごちゃごちゃしているな」と思われた方もいるかもしれない。実際、この中には、これまでのリストで挙げられてきた「問題解決」「論理的思考」「批判的思考」「コミュニケーション」などが含まれている。ただし、それをばらばらの要素ではなく、対話型論証という一まとまりの活動として示したことがミソなのである。
さらに、一まとまりの活動であることがわかりやすくなるように、対話型論証を一つのモデルとして表現することにした。それが「対話型論証モデル」である。このモデルのことは、本文の中で、さまざまな例を使いながら手を変え品を変え説明していくが、ここでは、それが議論(論証)のモデルとして知られる「トゥールミン・モデル」を土台にしたものであることだけ述べておこう。
私の現在の所属は、京都大学高等教育研究開発推進センターで、このセンターは、大学教育についての研究開発や教育改善支援を行う組織である。ただ、私の専門分野は教育方法学で、現在のセンターに来るまでは、初等中等教育をフィールドにしていた。今も、個人的には、高等教育と初等中等教育の両方の実践研究に関わっている。数多くの学校(大学を含む)を訪問し、さまざまな教科や分野・領域の授業や教育実践をみるなかで、そこで身につけてほしいことにはかなりの共通性があることに気づくようになった。それが対話型論証なのである。小学校ではまだ難しいかもしれないが、ある程度、抽象的な概念や形式的な論理が扱えるようになった中学校以降であれば、対話型論証を授業や活動の中に組み込み、その力をつけることは可能だし、また望ましいことでもある。
実際、私たちは、対話型論証を組み込んだ授業を、複数の大学や中学校・高校で行ってきた。新潟大学歯学部ではもう9 年目、大阪府の私立高槻中学校・高等学校では3 年目になる。もちろん、私自身も、自分の大学の授業で実践してきた。大学では、主にアカデミック・ライティングの学習で使われ、大きな成果をあげている。中学校・高校では5 教科や道徳、総合学習、課題研究などで使われており、教科等の特質をふまえつつ、その枠を越えて学んでいくことを可能にしている。
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本書は、「第Ⅰ部 理論編」と「第Ⅱ部 実践編」という二部構成になっている。だが、これはまず理論、そしてその応用としての実践という考えに立っているからではない。理論編の内容の多くは、実践を通して形づくられてきたものである。したがって、対話型論証の実践に関心をお持ちの方も、できれば理論編をあわせて読んでいただけるとその内容の理解がいっそう深まるはずである。それでは、いざ対話型論証の世界へ。