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『予測する心』

 
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ヤコブ・ホーヴィ 著
佐藤亮司 監訳、太田陽・次田瞬・林禅之・三品由紀子 訳
『予測する心』

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日本語版への序文
 
 本書のイントロダクションは「新しい理論が神経科学において認知されつつある」という言葉で始まっている。この理論によれば、脳は洗練された仮説テスターであり、言い換えれば、感覚入力の予測を常に改善しようとする予測メカニズムだ。そのために脳は知覚をアップデートし、またその予測に適合する感覚入力を選択的にサンプリングする行為を行うのだ。
 この理論に関する本書でのストーリーは楽観的なものである。この理論は、知覚、行為、注意などに関する文字通りすべてのものを説明する。すなわち心は実に予測的なものだと私は論じる。あなたのすべての思考、知覚、判断は、予測を巧みに行う、このたった一つのメカニズムの表現に過ぎない。それに加えて、この説明は哲学的にも実りあるものであり、心の仕組みについて興味深い新たな洞察を多くの事例で提供してくれると私は考えている。
 この楽観論は正当なものだったと思う。他の理論もそうであるように、この理論も科学的に「証明された」ものではまったくない。だがしかし、この理論はたんに「認知」されたという以上の成果を出してきた。神経科学、認知科学、機械学習、人工知能、そして哲学において、この理論を用いて心の諸側面を説明し、あるいは証拠を提供し、あるいはこの理論を新しくかつ興味深い方向性に発展させる論文が急速に現れてきているのだ。毎週のように、さまざまな機能の基礎にある予測脳メカニズムに関する新しい研究や、理論の詳細を明らかにする新しい計算論的な説明が出てきていて、それらによって私たちは有意義な仕方で脳と行動を研究し、仮説をテストすることができるのだ。
 哲学においては、予測する心理論は、世界中の若い哲学者による新しい研究の奔流を生み出した。私は最近、予測する心についての哲学における進捗をレビューし、このたった一つの領域に何百もの論文があるのを見出した(Hohwy 2020)。これらの研究は、多くの哲学的議論においてまったく新しい方向性を示しており、私の楽観論を実証している。予測する心は、建築から理学療法、音楽に至るまで、ますます多くの分野で適用されている。
 この理論の領域はどんどん広がっている。精神障害や神経障害はこの観点から研究し解釈されており、特に統合失調症、自閉症、うつ病、摂食障害、依存症、パーキンソン病、神経学的症候群や神経徴候についての新しい理論的および経験的アプローチが生まれてきている。最近の発展では意思決定と行為に重点が置かれていて、心は自身の予測誤差最小化だけでなく、さまざまな行為を行ったときにどのような予測誤差が生じるかを予測することにも従事していると考えられるようになっている。この意味で、私たちは二重の未来に生きている。予測する心理論の最先端では、自由エネルギーの概念と自己証明の概念に関連づけて、予測する心は生命の理論として展開されている(Hohwy 2016)。もっとも興味深い点としては、この理論は、万物の理論〈theory of everything〉ではなく、文字通りすべてのものの理論〈theory of every thing〉として生じてきている(Friston 2019)〈万物の理論は物理学における四つの力を統一する理論であるが、ここでの「すべてのものの理論」とは統計学的にものをどう個別化するかについての理論〉。
 この大きな知的科学革命に参加することはエキサイティングだ。私は研究室で、学生や同僚たちと、哲学的かつ科学的なこの枠組みの探求に満ちた日々を過ごしており、私たちが何者かについてのこの非常に実り多いアプローチの新しい側面を明らかにしている。私たちは、合理性と意識、両方の本性を説明するこの理論を用いて、大きな哲学的フロンティアに乗り込むことに意欲を燃やしている。この新しい枠組みが心を説明するだろうというたんなる楽観論だけでなく、その説明に至るまでの哲学的かつ科学的な旅の興奮も本書が伝えてくれることを願っている。
 日本の読者の皆様とこのエキサイティングな理論を共有できることをとても嬉しく思う。本書を日本語という美しい言語に翻訳してくれた同僚と仲間達に心から感謝する。
 
二〇二〇年五月 メルボルンにて
ヤコブ・ホーヴィ
 
参考文献
Friston, K. (2019). A free energy for a particular physics. Retrieved from arxiv website: doi: arXiv:1906.10184
Hohwy, J. (2016). The Self-Evidencing Brain. Noûs, 50( 2), 259-285. doi: 10.1111/nous.12062
Hohwy, J. (2020). New directions in predictive processing. Mind & Language,https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/mila.12281 doi:10.1111/mila.12281
 
 
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