あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
山下 絢 著
『学校選択制の政策評価 教育における選択と競争の魅惑』
→〈「はしがき―教育における選択と競争の魅惑」(pdfファイルへのリンク)〉
→〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉
はしがき―教育における選択と競争の魅惑
「学校選択制を採用するかどうかは、子どもの教育・学習・生活・自己形成の機会をどのようにして豊かで開かれたものにしていくのか、その方法についての考え方の問題であり、社会的な選択の問題である。」(藤田, 2000, p. 108)
本書は、日本における義務教育段階の学校選択制の実態と課題を実証的に明らかにするものである。本書は、学校選択制について、「賛成」あるいは「反対」といった二分法で議論を展開するのではなく、定量的なデータ分析を通じて、不足している学校選択制に関する実証的なエビデンスの蓄積を行う。また実証では、「選ぶ側」である児童生徒の視点と「選ばれる側」である教師の視点の両者から行う。
本書の分析対象である学校選択制は、日本においては1990 年代後半から本格化した規制緩和を背景として、全国的に導入されてきた。なかでも、2000 年から導入された東京都品川区の事例は注目を集めた。同制度が導入される以前は、居住地に基づいて入学する公立小中学校が決定され、入学する学校を自由に選択することは制約されていた。しかし、学校選択制の導入により、保護者(児童生徒)は入学する学校の選択が可能となる。従来は制約されていた学校選択の自由化を望んでいた保護者にとっては、学校選択制は魅力的であろう。また、学校が選択されることにより、学校間競争が促進され、学校改善につながるという期待をもつ自治体や教育委員会にとっても、その導入は魅力的に映るであろう。その一方で、筆者の研究分野である教育学の議論では、学校選択制は教育における階層化の問題をより一層深刻化させ、教育環境を悪化させるのではないかといった弊害が議論されてきた。2011年に群馬県前橋市における学校選択制の見直しがされた事例のように、一部の自治体において学校選択制の見直しや廃止が行われている。選択と競争を軸として学校改善を図ろうとする学校選択制は期待通りに機能しなかったのだろうか。あるいは学校選択制を導入した結果、導入前に議論されていたような弊害が看過できないレベルまで顕在化しているのだろうか。このように、学校選択制は、メリットが期待できる一方でデメリットも懸念される二面性を踏まえて「諸刃の剣」と称されることもある。本書の副題に「魅力」ではなく、「魅惑」と付しているのは、学校選択制に対する評価が併存・混在している状況を踏まえていることによる。
さて、近年の政策形成の場面では、エビデンス(科学的根拠)に基づく政策形成(Evidence Based Policy Making: EBPM)が重要視されている。特に、エビデンスの中でも、定量的なデータに基づいた分析の必要性が求められているが、学校選択制をめぐるエビデンスの蓄積はどのような状況であろうか。
学校選択制をめぐっては、その導入によって、一部の学校の人数が増大する一方で、別の学校では人数が減少する実態が「人気校」あるいは「不人気校」の出現として取り上げられ、この入学人数の集中と分散の実態が、学校選択制をめぐる一種の格差として議論されてきた。しかし、学校選択制が教育における階層化の問題を一層深刻化するといった検証や学校改善にどの程度寄与してきたのかについての検証は、必ずしも日本の事例では明らかにされておらず、実証研究が不足している。このような状況下で、学校選択制の見直しや廃止が一部の自治体で起こり、またEBPM の要請が増しているなかでは、定量的なデータ分析による実証研究の蓄積が喫緊の課題といえる。さらに、学校選択制の議論においては、学校を「選ぶ側」である児童生徒の視点からの議論が中心的であったが、「選ばれる側」である教師の視点からの議論や検証は十分に行われておらず、分析視角を拡大することも重要な研究課題として残されおり、本書ではこれらの課題に取り組む。
冒頭の一節は、学校選択制研究の代表的な論者である藤田英典氏の指摘である。この指摘と同様に、筆者は学校選択制に関する実証研究の蓄積を積み重ねる過程で、学校選択制は、学校を自由に選択するという行為の是非を問いかけることにとどまらず、子どもの教育機会の配分方法をめぐる選択の問題でもあり、より派生的には、どのような社会を構築しようとしているのかといった、社会全体としての在り方までの選択を問う問題を提起していると認識するに至った。たしかに、本書は、学校選択制に関する実証的なエビデンスの提示に留まっており限界がある。しかし、本書で検討した概念や理論、そして、実証的な知見が、学校選択制の是非の議論のみならず、教育格差の是正に向けた様々な教育政策の議論の場において用いられ、発展的・応用的な政策的議論に寄与できれば、望外の喜びである。