あとがきたちよみ
『地域バリューチェーン』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2021/7/14

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
板倉宏昭・石丸亜矢子 著
『地域バリューチェーン 持続可能な地域を創る』

「はしがき」「18.神山町(徳島県名西郡)「創造的過疎」」(pdfファイルへのリンク)〉
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はしがき
 
 地域ビジネスの成功要因は何か.地域価値連鎖(地域バリューチェーン)を用いて,全国23 ケースを解説する.
 各ケースがどのように地域バリューチェーンを構築しているかを整理して,今後の地方創成の調査研究や企業等の地域ビジネス戦略や行政の政策立案に役立つことを目的としている.
 本書は,理論編とケース編で構成されており,理論編では,地域バリューチェーンの解説と地域ビジネスにおいてふまえるべき事項を紹介している.ケース編では,地域ごとに,地域ビジネスの事例の概要を地域バリューチェーンの枠組みを通じて紹介している.
 研究的には,伝統的な経営学において,あまり取り上げられてこなかった地域という主体を全面的に取り入れた内容となっている.各ケースの地域バリューチェーンをできるだけ客観的に解説し,冗長にならないように配慮したつもりである.なお,掲載した23 のケースは,意欲的に取り組まれているものであるが,必ずしも成功事例ではない.克服すべき課題は,それぞれ異なる.
 地域ビジネスの調査研究には,多くの時間と多くのご協力が必要である.ご協力いただいた関係者の皆様に対し,感謝申し上げたい.
 本書作成について,勁草書房編集部の宮本詳三氏に多くのご尽力をいただいた.心より感謝したい.
 
2021 年5 月
板倉 宏昭
 
 
18.神山町(徳島県名西郡)「創造的過疎」
 
テーマ:「創造的過疎」~最過疎のまちにアーティストやIT 人材など創造的人材を呼び込むことで再生~
基礎データ:人口5,188 人,世帯数2,458(2020 年3 月1 日現在),高齢化率49.50%(65 歳以上・2015 年)
 文化や芸術を活用して交流人口や移住者の増加につなげているまちづくり事例として注目される.人口減少は不可避の所与条件として,創造的な人材や仕事を戦略的に外部から呼び込むことで生き残りを図ろうとする,「創造的過疎」のコンセプトを打ち出している.
 
事例の概要:
 1999(平成11)年から行われている,神山アーティスト・イン・レジデンス(KAIR・国際芸術家村)の取り組みを中心として,交流人口や移住者の増加につなげた好事例である.1997(平成9)年,神山に「とくしま国際文化村」をつくる構想が徳島県によって検討された.文化村構想は実現しなかったが,この時に住民自らが設置した国際文化村委員会が母体となり,県・町の補助金によって,神山アーティスト・イン・レジデンス事業が開始された.国内外の芸術家を毎年3 名町に招き,芸術作品や制作活動を見学する場をつくることで観光客を集め,教育・交流の場を生み出すという芸術家招聘事業で,毎年開催されている.過疎化を逆手にとり,廃校や空き家などを芸術活動や展示に活用して注目を集めている.国際文化村委員会は2004 年にNPO 法人グリーンバレーに活動を引き継ぎ,町から受託した移住支援事業や人材育成支援事業などを行っている.
 2008(平成20)年には,欧米の芸術家に宿泊・アトリエを有償提供する事業を開始し,外国人芸術家に関心を寄せてもらうため,「イン神山」というWebサイトを公開した.その中でも人気のあったのが,神山町の古民家を紹介するコンテンツだった.大南氏は「インターネットに神山の物件情報の小窓が開いたことで,移住需要が顕在化した瞬間だった」と述べている(クラウドWatchインタビュー記事より).しかし,移住需要があっても,仕事がなければ実際の移住は望めない.そこで考案されたのが,「ワークインレジデンス」という仕組みである.仕事を持った人に移住してもらうというもので,町にとって必要な職を持った人を逆指名することで創造的な人材を呼び込むことに成功した.神山町には「創造的過疎」というコンセプトがある.人口減少は不可避の所与条件として,創造的な人材や仕事を戦略的に外部から呼び込むことで生き残りを図ろうとする考え方である.
 この「創造的過疎」というコンセプトを提唱したのは,国際文化村委員会の会長とNPO 法人グリーンバレーの理事長を務めた大南信也氏である.神山町の地域活性化の立役者といえる.大南氏が神山町の活性化に取り組むようになった経緯は次の通りである.

大南氏は,1979 年に留学先の米国スタンフォード大大学院を修了したのちに,家業の建設業を継ぐために神山町に戻った.しかし,町内の道路整備に従事しているとき,車の交通量が昔に比べ激減していることに気づき,まちづくりを意識するようになった.その後,母校の小学校のPTA 役員を務めていたときに,戦前に米国より贈呈された「青い目の人形」の存在を知り,アリスプロジェクトとして人形の里帰り運動を実行した.この経験が転機となり,神山町で積極的な国際交流を進めるために「神山町国際交流協会」を設立し会長に就任した.その後,1997 年に「とくしま国際文化村」に基づいて「国際文化村委員会」を組織した.特に,軸となった事業として環境(アドプト・プログラム)と芸術(神山アーティスト・イン・レジデンス)の2 つの活動を始めた.(梅村2018)

 神山町のもう1 つの広く流布するイメージは,「IT 企業のサテライトオフィス」である.こちらは遡ること2004(平成16)年,神山町・佐那河内村が連携して,山間部の情報格差,難視聴対策のためケーブルテレビ兼用の光ファイバー網を整備したことに端を発する.2005(平成17)年9 月には町内全域に光ファイバー網が敷設され,高速ネット環境がIT 企業を呼び込む呼び水となった.一番初めに神山サテライトオフィスを開設したIT 企業のSansan は,2010(平成22)年10 月から同地で業務を行っているが,そのきっかけは同社の寺田親弘社長が,グリーンバレーと古民家再生を手がける須磨一清氏の大学時代の同期生だったことである.社員の働き方に課題を感じていた寺田氏は,須磨氏から神山の話を聞いて神山町を訪問,大南氏と出会いサテライトオフィスの設立を即決したという.
 その後,同様の動きが徳島県内に広がり,2015(平成27)年9 月1 日時点で,県内5 市町に31 社が26 拠点のサテライトオフィスを設置,56 名の地元雇用を創出した.さらに3 年間で76 世帯113 人が移住.2011(平成23)年には初めて人口の社会増が社会減を超過,4 年間で64 世帯102 人が移住し,ICT による地方創生の成功事例として取り上げられる成果をあげた.2012 年以降は再び転出数が上回ったものの,以前と比べて転出と転入の差は小さくなっている.2019(平成31)年2 月14 日に県が公表した値によると,県内のサテライトオフィス数は64 社に上るという.1 年の半分以上の日数を徳島県内で勤務する従業者は150 人で,うち90 人ほどが地元に居住,他の60 人ほどが行き来している従業者とみられるという.
 これだけのサテライトオフィスが神山町および徳島県内に開設される理由としては,県によるサポートも影響している.県による「過疎地域等におけるSOHO 事業者等に対する補助制度」,事務機器や通信回線の使用料,不動産賃借料,3 人以上の地元雇用に対する補助金が3 年間支払われるなどの支援制度がある.さらに,サテライトオフィスに位置づけられた企業は,一部航空会社での航空運賃割引や,徳島空港と行き来するカーシェアリングを利用できるなどの施策も行われている.
 ここ数年の神山町ではさらに新しいプロジェクトが開始している.移住者が増えるにつれ,レストランなどサービス業での起業が増え,地域でつくられた農作物を使いたいというニーズが拡大していたことを受け,2016(平成28)年に「地産地食」を謳う「フード・ハブ・プロジェクト」が始動した.地域の食に関するサービスを提供し,農作物を地域で食べるというコンセプトで,オーガニック農業による農産物を使ったレストランや,アムステルダムからの移住者が取り組む「神山ビールプロジェクト」,国内外からシェフを招き神山に半年間滞在してもらう「シェフ・イン・レジデンス」など,さまざまな取り組みが広がっている.
 
出所:
神山町「人口と世帯数 今月の人口(令和2 年3 月1 日現在)」,https : //www.town.kamiyama.lg.jp/office/juumin/residents/population.html,閲覧日2020 年3 月10 日
JMAP 地域医療情報システム「徳島県神山町」,http : //jmap.jp/cities/detail/city/36342,閲覧日2020 年3 月10 日
国土交通省観光庁「地域いきいき事例集2009 個別事例No.32 徳島県神山町 アートを活用したツーリズム」,http : //www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/ikiiki2009.html,閲覧日2020 年3 月10 日
梅村仁(大阪経済大学経済学部教授)「地方都市におけるIT 中小企業の集積と地域活性化─徳島県神山町を事例として─」『企業環境研究年報』No.23,2018 年,https : //www.doyu.jp/research/issue/yearly/23/021-033_umemura.pdf,閲覧日2020 年3 月10 日
クラウドWatch「初の人口社会増,相次ぐ視察──地方創生「神山の奇跡」はなぜ起きた?(2015/5/22 06:00)」,https : //cloud.watch.impress.co.jp/docs/case/700175.html,閲覧日2020 年3 月10 日
総務省「ICT 地域活性化事例100 選 日本の田舎をステキに変える「サテライトオフィスプロジェクト」 等」,https : //www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/top/local_support/ict/jirei/2017_073.html,閲覧日2020 年3 月10 日
小田宏信・遠藤貴美子・藤田和史「徳島サテライトオフィス・プロジェクトの政策形成とその展開」『成蹊大学経済学部論集』第50 巻第1 号(2019 年7 月),http : //repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/1171/1/keizai-50-1_29-53.pdf,閲覧日2020 年3 月10 日
大南信也(NPO 法人グリーンバレー理事長)「「創造的過疎」神山町の今 サービス・農業で続々新ビジネス」『事業構想』2018 年5 月号,https : //www.projectdesign.jp/201805/local-design-2018/004879.php,閲覧日2020 年3 月10 日
(図と写真は割愛しました。pdfでご覧ください)
 
 
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