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『完全理解 ゲーム理論・契約理論 第2版』

 
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鈴木 豊 著
『完全理解 ゲーム理論・契約理論 第2版』

「第2 版への序文」「はじめに」(pdfファイルへのリンク)〉
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第2 版への序文
 
 本書の初版の出版直後の2016 年10 月,オリバー・ハートとベント・ホルムストロムの両教授が,「契約理論への貢献」の業績で,ノーベル経済学賞を受賞されました.とりわけハート教授は,私の二度にわたるハーバード大学での在外研究に際して,受け入れ教官を引き受けてくださったこともあり,お祝いのメールをお送りしたところ,ノーベル賞受賞者の晩餐会が素晴らしかったことなど,ユーモアを交えつつ,丁寧な返信をくださりました.本書のタイトルが『完全理解 ゲーム理論・契約理論』ですので,契約理論を対象として,ノーベル経済学賞が授与されたことは,本書を改訂する機会には,ぜひ追加したいと思っていました(本書p. 7 参照).2020 年度には,「オークション理論への貢献」で,ポール・ミルグロムとロバート・ウィルソンの両教授がノーベル経済学賞を受賞されました.私はスタンフォード大学にも在外研究で1 年間お世話になっており,両教授の受賞は私にとっても大変うれしいことです.「オークション理論」は本来,数理的色彩の強い理論ですが,本書は,それを学部生にもアクセスしやすい形で取り扱っています(第7 章).こうした2 つの分野の業績を本の記述にも反映させたいということが,第2版出版の動機の一つです.
 また一方で,2020 年度からは,新型コロナ禍によるオンライン授業の機会が増えてきました.本書は,見開き図解でわかりやすさに配慮した説明が売りであることもあり,Zoom などのオンライン授業での使用には適していると思います.実際,私は,「情報経済論」という大学の担当講義で,本書をベースに授業を展開し,対面授業と変わらないくらい,あるいは,事前の準備と事後のフォローによっては,それ以上に,学習成果があがったのではないかと思っています.それもあり,勁草書房編集部の宮本さんに,改訂のお願いを打診したところ,第2 版という形で応えてくださりました.今回は,特に第2 章という「入り口」部分の説明をていねいに補強し,オンライン授業等での使用においても,読者に混乱が起きないよう注意しました.2016 年9 月の出版以来,約5 年間での使用において気づいた改善点等は,もちろん各所に反映させています.
 本書の特色や使い方は初版以来変わっていませんので,はじめに,を読んで頂ければ幸いです.今回は,初版よりも,教科書として,自信を持って,世に送りだせると思っています.初版以来,ずっと励ましの言葉をくださり,今回も第2 版の出版機会を与えてくださった勁草書房の宮本詳三さんに,感謝の意を表したいと思います.
 
2021 年6 月10 日
鈴木 豊
 
 
はじめに
 
 「ゲーム理論」 は,複数のプレイヤー間の相互依存関係が存在する状況を論理的に分析し,各プレイヤーの行動(とりわけ“合理的な”行動)を予測し分析しようとする学問であり,経済学,特にミクロ経済学の分野で威力を発揮してきました。現在では,マクロ経済学,産業組織論,国際貿易論,財政学,金融論など,経済学の多くの分野で強力な分析ツールとして使われているほか,企業組織や多くのビジネスシーンでも,基礎理論として用いられています。お互いの最適な戦略を考慮して,シンプルな論理モデルを構築することが可能な「ゲーム理論」は,たとえば,値引き競争や交渉,企業買収や新規参入阻止などのビジネスシーンに応用されており,企業の組織においても,インセンティブやコミットメントなど,ゲーム理論の考え方が浸透しています。一方,「契約理論」は,「ゲーム理論」を基本構造としつつも,「情報の非対称性」や「立証不可能性」に焦点を当て,モラルハザード,アドバースセレクション,不完備契約という3 つの枠組みを構築して,大きな発展を遂げてきました。
 本書は,こうした「ゲーム理論・契約理論」全体の内容を,数値例,図解,最適化(微分による最適化条件の導出)というアクセスしやすい分析手法を使って,初歩からかなり程度の高い内容まで,読者が完全に理解することを目指した教科書です。
 私は,1996 年以来,約20 年間,法政大学で経済学部の1 年次から4 年次対象に「ゲーム理論」や「契約理論」関連の授業を担当し,また,経済学研究科修士課程でも同様の授業を担当してきました。その間,ハーバード大学やスタンフォード大学での計3 年間の在外研究も経験しました。本書には,そうした長年の授業やゼミでの講義内容を基本としつつ,在外研究で得た先端的知識もできるだけ盛り込みました。特に,第9 章から第11 章にかけての「契約理論」では,2014 年度ノーベル経済学賞受賞のティロールの「規制モデル」もわかりやすく解説し,「不完備契約」の理論では,Grossman=Hart=Moore の財産権アプローチやAghion=Tirole の権限モデルも丁寧に解説しました。第12 章では,進化的ゲーム理論の話や,マッチングとマーケットデザインにおけるDeferred Acceptance(DA)メカニズム(2012年度ノーベル経済学賞のトピック)の解説を入れるなど,ゲーム理論・契約理論の基礎的な解説はほぼすべて盛り込んだつもりです。
 以上の内容を持った本書の最大の特徴(でありセールスポイント)は,見開きの形で,各回の話の要点をズバリ解説した「図解講義の形式」をとった点です。そして,数値例,図解,最適化(微分による最適化条件の導出)という一貫した分析手法で全体の内容を解説したので,読者もきっとアクセスしやすいはずです。
 本書の想定する主な読者層は,大学の1 年生~ 4 年生,特に,2 年~ 3 年次のコアの標準的学生ですが,本書の内容の多くが数値例を使ったズバリ図解で,応用例も豊富であり,また全体の内容が網羅的ですので,社会人や修士課程の学生にも十分アピールすると思います。
 本書の使い方は,(これに限られるわけではありませんが)次のとおりです。本書の数値例と図解を用いた箇所のみで,ゲーム理論・契約理論の全体を通して,かなりの内容まで理解することができますので,これは,経済学を学ぶ1,2 年生や他分野の学生,社会人などにおススメの使い方です。さらに,最適化(微分による最適化条件の導出)を使ったモデル分析の箇所も学習することにより,より一層,ゲーム理論・契約理論への理解が深まると思います。具体的には,最適化条件の導出,最適反応関数の導出と解(クールノー競争,シュタッケルベルクモデル),契約理論のトーナメント理論やスクリーニングモデル,Aghion=Tirole(1997)の権限モデルなどの修得を通じて,ゲーム理論や契約理論を用いたモデル分析の幅が,格段に広がるでしょう。大学の2 ~ 3,4 年生で,よりしっかりとゲーム理論・契約理論を理解したい学生の方(社会人修士の方,他分野の方も含む)は,この部分まできちんと学習する必要があります。
 もうひとつの使い方は,本書を「教育カリキュラム」に見立て,第2 章から第5 章までの「ゲーム理論」の部分を「必修」とし(場合によっては,第5 章の不完備情報ゲームは,選択必修と考えてもよいかもしれません),その基礎の上で,第9 ~ 11 章の「契約理論」(その前提としての第8 章不確実性と情報の経済学も含む)を「主専攻分野」として学習するというものです。すなわち,第2 章から第5 章までのゲーム理論を基礎とし,その積み上げ部分として,契約理論(第9 ~ 11 章)を主専攻分野,交渉(第6 章)やオークション(第7 章)を副専攻分野と考える,というものです。私自身の専攻もそのようになっていますので,ひとつの「履修モデル」といえるのではないか,と思います。
 これまで「ゲーム理論」について,経済学への大きな貢献,さまざまなビジネスシーンでも注目,という2 つの側面を述べましたが,それに加えて,第3 の側面があります。すなわち,個々のプレイヤーの自由な選択のなかで,社会的な協調行動を実現するにはどうしたらよいのか,についての合理的な指針を与えてくれるのも,ゲーム理論の重要な側面だということです。たとえば,共有資源管理の問題に見るように,選択の自由のなかで,安易に自己利益追求行動(過剰な搾取)をとることなく,社会的な協調行動(適切な資源管理)を実現するにはどうすべきなのか。ゲーム理論はこうした問題の本質を整理し,文脈における倫理的な協調行動を実現させる仕組みへの合理的な説明を与えてくれます。日本社会における協調の文化(協調的行動)も,グローバル経済での激しい競争と切り離しては考えられませんが,こうした関わりのなかで,個人や企業が適切な戦略を選んでいく上でもゲーム理論的思考は役立つと思います。本書は,「教科書」ではありますが,トピックの選択や説明などを通じて,こうしたメッセージ性も伝わるよう配慮したつもりです。
 最後に,勁草書房の宮本詳三氏は,本書の企画以来,何度も全体を丁寧に読み,改善へ向けた多くの示唆をくださりました。心より感謝申し上げたいと思います。
 
2016 年7 月24 日
鈴木 豊
 
 
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