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『パートナーシップ国際平和活動』

 
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篠田英朗 著
『パートナーシップ国際平和活動 変動する国際社会と紛争解決』

「はじめに」「序論 なぜ今,パートナーシップ国際平和活動なのか?」(冒頭)(pdfファイルへのリンク)〉
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*サンプル画像はクリックで拡大します。「はじめに」「序論 なぜ今,パートナーシップ国際平和活動なのか?」本文冒頭はサンプル画像の下に続いています。


 
はじめに
 
 本書は,「パートナーシップ国際平和活動」と呼ばれる現象を,国際社会の動向の中で捉え,分析する学術書である。
 近年,平和維持活動や平和構築などを含む「国際平和活動」では,「パートナーシップ」が常態化してきている。国際連合(国連[United Nations])と,地域組織やその他の地域的な試みによる活動が,さまざまな連携を伴って行われるようになってきている。
 本書は,その現象を,国際政治の制度・歴史・規範・安全保障体制などの諸側面から分析する。そのため,「なぜ今,パートナーシップ国際平和活動なのか」という問いを立てたうえで,多角的な視野で分析を試みていく。
 本書は,特定の政治的主張はもちろん,イデオロギー的な立場も持っていない。また,国際政治学の教科書で説明されている「理想主義」と「現実主義」のどちらの学派にも属さない。本書はただ,近年に顕著に見られるようになった一つの現象としてのパートナーシップ国際平和活動を,国際社会の全体構造の中で捉え,理解することを試みる。
 あえて言えば,本書は,「パートナーシップ国際平和活動」の検討を通じて,現代国際社会のあり方を考え直すための一つの視座を提供しようとはする。日本社会には,国連を美化しすぎる傾向がある,と言われることがある。あるいは,国連を無力な存在として見限る傾向もあるかもしれない。二つの極端な見方をする傾向があるということだ。一般の人々の間にそうした傾向があるだけでなく,外交官の間にも,そして学術界にも,一定程度は同じような傾向があると言われることもある。
 本書は,そのような傾向とは関係がない。国際平和活動は,国際社会の規範に従って,国際の平和と安全の維持のために,具体的な文脈で行われるものである。その事情は基本的に諸国の安全保障政策と同じである。もちろん国際平和活動に特有の事情はある。本書が扱うのも,そのような特徴的な部分ではあるだろう。だがそのことは国際平和活動が,何か異次元に位置づけられるべき程度にまで理想主義的であったり,現実離れしていたりすることを,全く意味しない。
 国連は,現代国際社会にさまざまな役割を持って,存在している。非常に貴重な活動実績を残している場合もあれば,乏しい結果しかもたらしていない場合もある。それは他のあらゆる組織体と同じだ。国連にとって国際の平和と安全(international peace and security)の分野は,その存在意義それ自体に関わる重要な領域である。そこで他の組織では代替し得ない際立った活動をしている場合もあるが,力が及ばずに手を出せずにいる場合もあるし,他の組織に手助けを頼んだりする場合もある。その結果として,国連が重要な役割を担いつつ,他の組織も不可欠な役割を担う「パートナーシップ国際平和活動」が発達した。
 国際平和活動は,国際社会の平和と安全のために必要であり,その限りにおいて研究され,実施される。反省もされ,改善もされる。政策実務の過程の中から生まれた「パートナーシップ国際平和活動」という現象は,少なくとも現代国際社会の現状に関心を持つ者にとって,分析を試みるに値する重要性を持っている。本書は,そのような思いから,執筆された。
 
 
序論 なぜ今,パートナーシップ国際平和活動なのか?
 
 本書の分析対象は,「パートナーシップ国際平和活動(partnership international peace operations)」である。ここで「パートナーシップ」とは,国際連合(国連)と地域組織等の間のさまざまな形態の協力関係のことを指している。また,「国際平和活動」とは,紛争社会に平和をもたらすための国際的な活動の総称である。紛争の再発を防ぐために軍事部隊などを紛争地に派遣する「平和維持(peacekeeping)」,紛争が起こった社会に永続的な平和をもたらすための「平和構築(peacebuilding)」,紛争に和平合意をもたらす調停活動などを指す「平和創造(peacemaking)」などのもろもろの活動が,「国際平和活動」に含まれる。したがって,「パートナーシップ国際平和活動」は,国連と地域組織等が協力して行う,紛争社会に平和をもたらすための国際的な活動のことである。
 現代世界において,もはや国連は唯一の国際平和活動組織ではない。地域組織・準地域組織が国際平和活動の担い手として不可欠の役割を担ってきている。国連と(準)地域組織とが協力して行う「パートナーシップ国際平和活動」は,現代世界の国際平和活動の特徴を象徴する一つの現象である。
 この意味での「パートナーシップ」だけに着目しても,その形態は多岐にわたる。個別的な事例に応じて,個別的なやり方が模索され,「パートナーシップ」の形態も個別的なものとなるからだ。それでも現代世界の国際平和活動の一つの大きな特徴が,多様な「パートナーシップ」の構築にあるという認識は広く共有されている。「パートナーシップ」国際平和活動の高まりという大きな現象の中で,個別性の高いさまざまな形態の活動が行われてきているのである。
 なお「パートナーシップ」の概念は,かつてはきわめて包括的に,平和維持活動の分野で用いられていた。特定の組織間の連携を想定せず,多様な組織が協力しあうことをすべて総称して「パートナーシップ」として概念化していた。2009 年に国連平和維持活動局(DPKO: Department of Peacekeeping Operations)・フィールド支援局(DFS: Department of Field Support)というPKO ミッションを扱う部局(名称は当時)が出した報告書『国連平和維持の新しい地平を描く新しいパートナーシップ・アジェンダ』においては,「パートナーシップ」は,創造的に開拓していくべき,あらゆる異なる組織間のあらゆる協力のことを指していた4。だがその後に,より具体的に,国連と(準)地域組織との間の協力関係にもとづいて行われる国際平和活動に対してとくに「パートナーシップ」という概念が用いられる傾向が生まれた。本書が着目するのも,2010 年代以降に確立されたこの意味での国連と地域組織の間の中核的な「パートナーシップ」である。
 2015 年4 月に公刊された国連事務総長報告書「平和を準備する――パートナーシップ平和維持に向かって(Partnering for Peace: Moving towards Partnership Peacekeeping)」は,安保理決議2167 の要請にもとづいて,主に国連と地域組織・地域的取極との間のパートナーシップに焦点をあてた。なかでもAU(African Union[アフリカ連合])とEU(European Union[欧州連合])に焦点を当てている。多岐にわたる「パートナーシップ」の実績を見渡したうえで,この報告書は,次のように宣言した。国連は,「『パートナーシップ平和維持』の時代に入った。この時代においては,あらゆる危機の段階における多様で多元的なアクター間の緊密な協力は,一つの規範となってきており,各組織の本質的な要素となってきている。」
 その前年の2014 年7 月には,国連安全保障理事会が,「国連平和維持――地域的パートナーシップとその発展」という会合を開催していた。こうした認識を受けて,同年9 月の国連70 周年サミットに向けて作成された「平和活動に関するハイレベル独立委員会(High-level Independent Panel on Peace Operations: HIPPO)」報告書においても,国連と(準)地域組織の間の協力関係を主に意味する「パートナーシップ」の重要性が強調された。
 現在の国連事務総長であるアントニオ・グテレスは,国際平和活動について「平和維持のための行動(Action for Peacekeeping: A4P)」というイニシアチブを掲げているが,そこでも「パートナーシップ」は重要概念の一つである。A4P においては,国連とAU やEU のような地域・準地域的な組織や取り決めとの協力の度合いを高めていくことが謳われている。国連安全保障理事会の国際の平和と安全の維持に関する主要な責任を確認すると同時に,国連憲章第8 章「地域的取極」に従って,地域組織との連携も深めていくことが確認されている。
 現代世界の国際政治の構造は複雑さを極めている。冷戦終焉は,国際的な平和を少なくとも普遍的にはもたらさなかった。権威主義的な価値観を持つ中国の超大国としての台頭は目覚ましい。21 世紀になって開始された「対テロ戦争」の流れは,世界的に新しい暴力の構図を広めた。「アラブの春」によって動揺した中東は,新たな紛争の波を国際的に引き起こした。今日の世界は,歴史的に見て,非常に高い水準で武力紛争が発生し,その犠牲者が生まれている時代である。しかもその背景には,簡単には整理できない国際政治の複雑な構図が存在している。そのうちに地域紛争が次々と解決されて,安定した平和な社会が生まれていくだろうと安易に期待できるような世界情勢ではない。
 国連は,依然として国際社会の平和と安全の取り組みの中心的なアクターである。しかし十分に強力であるわけでもなく,十分に調整役をこなせているわけでもない。きわめて限定的な意味でのみ,あるいは単に相対的な意味でのみ,国際平和のための取り組みにおいて中心的なアクターとして踏みとどまっている。193 の加盟国を持つ国連の国際的な正当性は高いが,だからといって絶対的なわけではなく,地域組織などと比べたときの国際的な正当性の度合いは,程度の違いに過ぎず,状況によっても変わる。
 国連にとっても,困難な政治情勢の中で効果的な平和活動を行うためには,地域組織・準地域組織との連携が必須になってきている。国連だけでできることの限界があまりにも明らかだからだ。もっともその事情は,地域組織や,その他のアクターにとっても同じだ。国際の平和と安全の維持という課題は,国連という特別な組織だけに任せておけば達成できるようなものではない。ただしだからといって,何か別の地域組織や,アメリカのような超大国の行動に期待すればいいというものでもない。それだけで目に見えるほど違う結果を作り出すことができる組織や国など,ほとんど存在しない。さまざまなアクターが協力をして努力を積み重ねて,ようやく何らかの目に見える結果を出せるかどうかなのである。こうした世界情勢の認識の中で,パートナーシップ国際平和活動は進展してきた。
(図と注は割愛しました。図はpdfファイルでご覧ください)
 
 
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