あとがきたちよみ
『ビッグデータと事例で考える日本の医療・介護の未来』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2021/10/11

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
松田晋哉 著
『ビッグデータと事例で考える日本の医療・介護の未来 複合ニーズに対応する地域包括ケア構築のために』

「はじめに」(pdfファイルへのリンク)〉
〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉
 

*サンプル画像はクリックで拡大します。「はじめに」の本文はサンプル画像の下に続いています。

 


はじめに
 
 日本は今急速な少子高齢化の過程にある.2020 年に1 億2,000 万人だった人口が今後急速に減少し,2050 年には1 億人を切るレベルになると予想されている.2010 年秋にEconomist の記事で取り上げられたJapan syndrome の衝撃的な内容を記憶しておられる方も多いと思う.曰く,日本は「戦争や飢饉,災害以外で人口減少が起こる最初の先進国」であり,今後,「労働力人口の減少→経済の低迷→貧困層の増大→さらなる少子化→労働力人口の減少→経済の低迷」という悪循環に陥るという1).国民皆保険下に世界でトップクラスの健康度を達成した日本が今後どのようになっていくのか,欧米の政策担当者の注目
が集まっている.
 日本のように成熟化した社会は大きな改革を迅速に行うことが難しい.加えて,医療や介護は施設の建設や専門職の育成など大きな投資を必要とし,しかもその仕様や要件に法的な規定が関係する.また,国民皆保険の長い歴史の中で既得権益も発生している.こうした条件が複雑に絡み合って,ニーズの変化に対応した改革を阻害している.しかし,現在の状況は改革をしないという選択を許さない.
 高齢化の進展により種々のニーズの複合化が進んでいる.複数の傷病を持った高齢患者の増加は傷病の複合化を意味する.この状況は各科の専門医に加えて総合医の養成を求める.本書で例示するように,慢性疾患を持った在宅要介護高齢者から発症する股関節骨折や脳血管障害は,急性期から回復期・慢性期の複合化,そして入院と在宅の複合化,そして医療と介護の複合化を意味する.仮に,そうした高齢患者が90 歳の単身女性であれば,住まいなどの生活ニーズも複合的に存在する.このような複合化にどのように対応していくかが,現在の医療介護サービス関係者に求められている.こうした複合的なニーズに応えるために,個々の問題に各領域の専門職が個別に応える仕組みは適当ではないだろう.複合化には複合化で応えることが適切な対応である.すなわち,これからは急性期から慢性期,医療・介護などすべての場面でケアミックスが基本になると著者は考えている.
 このような対応の必要性は実はすでにデータの上でも明らかになってきているし,現場の医療者も実感として認識していると思われる.にもかかわらず,医療関係者の間には,(高度)急性期>回復期>慢性期という医療の格に関する心理的なヒエラルキーがあり,そのために必要な改革ができないでいる.医学教育や看護教育は相変わらず急性期中心の卒前教育・卒後研修であり,ケアミックス的なニーズを持った高齢患者の治療やケアをどのように行っていくかという視点からの教育・研修は不十分である.現在,国レベルで診療科別の医師需給に関する議論が行われている.しかし,将来のニーズとその対応方法を明確にしたうえでシナリオを書かなければ,現実と乖離したものになりかねない.専門職の育成には時間がかかる.日本のように急速な高齢化に伴い,ニーズも急速に変化していく状況では,ある程度予測をたてて人的資源の整備を行っていかなければ,需要と供給のミスマッチが生じてしまう.
 本書は以上のような問題意識に基づいて,著者のこれまでの研究成果をもとに日本の医療と看護・介護のこれからについて論考しようというものである.著者の考え方が必ずしも正しいとは限らない.しかし,本書で示すように,検討のためのデータはすでに活用可能な状況にある.読者の方々にはそれを知っていただき,ぜひそれぞれの問題意識に基づき分析をしていただきたい.また,データ分析の世界では「ウィキノミクス」という手法がある.「ウィキノミクス」はウェブを通じた無数の人の協働によって成立する活動をさす.例えばアメリカは医療や労働に関するデータについて個人を特定できる情報を除いたうえで,その活用を自由化し,世界中の研究者がその分析ができる体制を構築している.世界中の研究者が,そのデータを使って「アメリカ政府のために無料で」分析をし,提言をするというシステムができているのである.
 我が国においてもDPC 公開データ,病床機能報告,NDB オープンデータなどがすでに誰でも使えるような形になっている.今後,医療と介護を連結したデータについても,個人が特定できない形でのオープンデータが整備されるようになるだろう.我が国の今後の医療介護政策の改革に資するような研究が可能になるような情報基盤を整備することが喫緊の課題である.本書がそのような体制整備に資するものになれば幸いである.
 
令和3 年6 月11 日 北九州にて
 
引用文献
1) The future of Japan – The Japan syndrome – The biggest lesson the country may yet teach the world is about the growth-sapping effects of ageing, The Economist, Nov 18th 2010.

 
 
banner_atogakitachiyomi

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Go to Top