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渡部恒雄・西田一平太 編
『防衛外交とは何か 平時における軍事力の役割』
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序章 防衛外交がなぜ日本に必要か
西田一平太・渡部恒雄
1 はじめに
本書は,現在,世界で活発に展開されている安全保障協力や防衛協力,また防衛交流の意義と役割が防衛当局間の外交的機能にあることを重視し,それを「防衛外交(defence diplomacy)」と位置づけて多角的に分析をするものである。
防衛外交の分野で多くの先駆的な取り組みを行っているのは,実は世界一の軍事大国の米国でなく,英国である。2021 年4 月26 日,英国防省は最新鋭の空母「クイーン・エリザベス」を中核とした空母打撃群をインド太平洋に派遣すると発表した。水上艦6 隻と潜水艦1 隻に加え米国とオランダの軍艦各1 隻が帯同する艦隊は,およそ7 カ月をかけて40 カ国以上の国を訪問し,インド・シンガポール・日本などと共同演習を行うことを予定している。この長期航海について,ウォーレス(Ben Wallece)国防大臣は「われわれの空母打撃群が来月出航する際には,グローバル・ブリテンの旗が掲げられる。英国の影響力を発揮し,英国のパワーを体現し,友好国への関与を高め,これからの安全保障の諸課題への対処に対する英国のコミットメントをあらためて明確にする」との談話を発表し,英国が新たな世界の重心と認識するインド太平洋への関与を強調した。
欧州でインド太平洋への関心を増大させているのは英国だけではない。この地域にタヒチやニューカレドニアなど海外領土を持つフランスは2018 年にインド太平洋戦略を策定し,ドイツとオランダは2020 年秋にそれぞれ「インド太平洋ガイドライン」を公表した。欧州連合(EU)も2021 年4 月に「インド太平洋戦略」の策定に着手している。ともに,海軍艦艇の派遣など,地域における安全保障面でのプレゼンスの向上が狙いにある。19 世紀のナポレオン戦争後のウィーン体制,20 世紀の2 つの世界大戦と東西冷戦,そして冷戦後の世界においてもしばらくは,世界の外交の中心が欧州にあった。しかし今や,その欧州がインド太平洋に遠征して,防衛外交を行うような時代になったのである。それは中国の台頭と米中対抗時代という歴史的潮流を,欧州諸国が理解しているからだろう。震源地であるインド太平洋地域においても,米国,日本,豪州やインドといった地域大国が合同の軍事演習を行い,東南アジアや南アジア,太平洋・インド洋の島しょ国との軍事交流や協力を増進させている。これらの活動が念頭にあるのは,すでに経済や軍事援助によって地域への影響力を高めている中国の存在である。
防衛外交という用語そのものは冷戦後の欧州において旧社会主義諸国との関係再構築の文脈において登場した概念であるが,近年は,中国の軍事的台頭と米国の国力の相対的な低下を背景に,多くの国が国防当局間の交流や協議,艦艇や航空機の寄港,共同訓練など,二国間・多国間で軍事的な関係強化を行っている。また,軍の行動とそれに伴うメッセージ性を通じて,より戦略的な側面が強調されるようになってきている。
日本ではこれらの活動について,艦船の派遣や共同訓練といった行動が報道されることはあっても,その活動が示す意味を含め,防衛外交全般について検討されることは多くなかった。本書は,外交・防衛・安全保障に携わる実務家や研究者だけではなく,国際関係における軍事力の役割について広く関心を有する読者に対し,防衛外交の解説と日本および諸外国の事例の分析を通じて,防衛外交への理解を促すことを目的とする。
2 本書の特徴
本書の特徴は第一に多彩な執筆陣にある。防衛外交の活動は幅広く多面的に評価されなければならない。したがって,本書では,地域・分野別の研究者だけでなく,防衛省・自衛隊のOB として実務面での理解もある安全保障専門家を交えた計13 名の専門家に執筆を依頼した。
第二の特徴は,防衛外交の戦略性を重視した点である。このため第Ⅰ部においては,防衛外交の概要を把握するのみならず,その戦略的な意図や用法,さらにはコミュニケーションについて検討を行う。
第三の特徴は,政策的な観点から防衛外交を理解するために,日本および諸外国の事例を多く取り扱ったことだ。とくに,日本の事例では政策や国別・分野別だけでなく,陸・海・空の各自衛隊(軍種)による切り口からも分析を行い,より精緻で多角的な理解を試みている。
3 本書の構成
本書は,概念を取り扱う第Ⅰ部,日本の防衛外交の実際を紹介する第Ⅱ部,そして諸外国の防衛外交の取り組みを分析する第Ⅲ部によって構成される。具体的には,以下の通りである。
第Ⅰ部では防衛外交および関連する概念を把握することを試みる。防衛外交を構成する諸活動,すなわち防衛当局間の折衝や海軍艦艇の他国への寄港,共同訓練,平和維持活動への参加,これらを通じた対外的なメッセージの発信などは以前から行われてきた。西田・渡部による第1 章では,これらの活動が「防衛外交」として概念化されてきた背景を概観し,その戦略性が意識されるようになった近年の国際的な安全保障協力の実態を踏まえ,防衛外交を「主に平時において,国防当局の資産を他国との協力に用いることによって,自国の影響力の向上を図る活動」と定義する。また,それに関わる要素や留意事項について検討する。続く第2 章では,防衛外交を俯瞰的に概説した第1 章とは視点を変え,防衛外交の持つ機能に着目する。鶴岡は,物理的な破壊力を有し国内政治に影響力が強い軍だからこそ外交的な関与が必要であると論じたうえで,欧米(そして日本)が行う防衛外交の価値的側面,すなわち民主化支援や軍隊の民主的統制(シビリアンコントロール)について,事例などを用いながら考察を加える。また,先進国間でより緊密な軍同士の連携が進んでいる状況を指摘し,「抑止」や「安心供与」といったメッセージの送り手としての軍の役割を評価する。第3 章では,青井が軍隊の行動が発するメッセージ性に着目し,防衛外交が戦略的コミュニケーションの一翼を担うことを論じる。青井は混同されやすいほかの概念との違いを明らかにし,戦略的コミュニケーションが対象(標的)となるオーディエンス(受け手)の行動変容を促す政策手段そのものであることを指摘する。そのうえで,防衛外交を「コミュニケーションのプロセス」と位置づけ,自らの能力提示,相互理解,メッセージの伝達,国際世論の形成といった役割について,2018 年(平成30 年)に策定された日本の防衛大綱(30 大綱)を例に扱い解説する。
日本による防衛外交を紹介する第Ⅱ部は,防衛省と各自衛隊による防衛外交について論じる第4 章と,対象国・分野ごとに分析を試みる第5 章で構成される。やや長くなるが各節の概要を紹介する。
第4 章では,防衛省・自衛隊の幹部経験者がそれぞれの視点に基づき,防衛政策および各自衛隊における防衛外交の実績と意義について検討する。第1 節は,防衛官僚経験者(初代防衛審議官)の德地が防衛政策全般を俯瞰し,共通の目的のために制度化された日米同盟における協力と,それ以外の国々との協力の類型を通じて日本の防衛外交を分析する。第2 節では,陸上自衛隊の幹部経験者(元東北方面総監・陸将)の松村が,陸軍種の対外活動が相手国領土での物理的に存在しなければならないことを指摘し,その障壁を乗り越えた陸上自衛隊の防衛外交の可能性について論じる。第3 節では,海上自衛隊の幹部経験者(元海上幕僚長・海将)の武居が,海上自衛隊の本質が「海軍」であることを踏まえ,砲艦外交の時代から展開されてきた海軍種の外交的役割について複数の代表的理論を参照しながら考察を行う。第4 節においては,航空自衛隊幹部経験者(元航空教育集団司令官・空将)の荒木が,空軍種の特性を整理したうえで,航空自衛隊が実施しつつある各種の防衛外交の取り組みを紹介し,その拡充に際して考慮すべき課題を提起する。
第5 章は,日本が実施する防衛外交の諸活動について,国別・分野別の事例を通じて紹介する。二国間関係における防衛外交の事例からは,相当程度,相手国側の政治的要請に影響されるものであることがわかる。第1 節では,佐竹が米国の同盟国であり民主主義など日本とも基本的価値観を共有するオーストラリア(豪州)に対する日本の防衛外交を概観する。今や「準同盟」と評されるほどの成功事例ではあるものの,日本の対中脅威認識の変化と政治指導者のイニシアチブによって関係が急速に引き上げられてきた状況が述べられる(豪州自身が行う防衛外交については第8 章を参照)。第2 節では,庄司が日本とは政治体制が異なるものの,豪州と同様に成功事例として認識されるベトナムに対する日本の防衛外交について,対中国という点で戦略的利益を共有する日本とベトナムが急速に防衛協力を進展させた背景を詳述し,日本の対ベトナム防衛外交の具体的な機能を挙げる。第3 節は,伊藤が日本の韓国に対する防衛外交を概観するが,前述の二例と異なり,防衛外交の「限界」を示す事例である。伊藤は,日韓両国は,北朝鮮という脅威を共有し半島有事における軍事協力という戦略的な関係構築を互いに必要としながらも,政治的な要因により,時には後退する日本の韓国への防衛外交について歴史的経緯を詳述する。第4節は,国際平和協力の分野における日本の防衛外交についての分析である。西田は,日本が従来のように部隊派遣を通じた貢献から,国連事務局を通じた他国軍への能力構築支援などに方向転換した背景を概説し,防衛外交の観点からその意義と課題を論じる。第5 節は,防衛外交の実施主体が必ずしも政府に限らないとして,民間シンクタンクの役割を取り扱う。西田は,シンクタンクそのものの活動に,政策的知見の提供,ネットワーキングの場づくり,教育・人的交流といった防衛外交を補完する役割があることを指摘し,民間主体による防衛外交の意義を考察する。
第Ⅲ部は,本書で「防衛外交」と定義する諸活動を積極的に行っている諸外国の事例について検討する。第6 章では,「防衛外交」を最初に提唱し,その後も「防衛関与」として政策概念を深化させた英国について,鶴岡が歴史的経緯を踏まえつつ節目となる政策文書の分析を行う。そのうえで,アジアにおける英国の防衛外交の実際の活動を概観しつつ,その特徴と課題について考察する。第7 章では,欧州に隣接するアフリカに歴史的な関係を有し,また近年インド太平洋でも存在感を増すフランスを取り扱う。合六は,フランスの防衛外交が地域の危機予防および軍事的活動をも含む危機管理や危機からの脱出を目的とすることを明らかにし,具体的な体制や政策手段について事例を交えながら詳説する。第8 章は,地域における「足跡」を強調する豪州の防衛外交について,その背景に地政学的要因があることを指摘し,豪州政府独自の「防衛協力計画(DCP)」のもと行われる防衛外交の実態を概観し,近年重要性が増している南太平洋と東南アジアにおける豪州の防衛関与について分析を行う。第9 章は国際社会で最も幅広い軍事活動を展開する米国である。渡部は,同国の対外防衛・安全保障協力に焦点をあて,冷戦期からの歴史的経緯を踏まえ,9.11 テロの後に広範囲にわたる非伝統的安全保障課題を対象にするようになった対外支援プログラムの概要を提示する。また,新たな潮流である国防組織構築(DIB)について検討する。第10 章において,山口は活発化する中国の「軍事外交」について,習近平の指導により体制強化が図られている点を指摘する。また,中国による二国間および多国間における防衛外交の諸活動について詳述し,それらが中国の対外関係やイメージの改善,影響力拡大を図るものであることや非民主主義体制国家への支援といった特徴があることを明らかにする。第11 章では,隣国である韓国の防衛外交を取り扱う。伊藤は,韓国が本書で扱うような防衛外交を本格的に展開し始めたのは比較的近年のことであるとしながらも,同国で「軍事外交」と称される朝鮮戦争以降の軍の対外活動について歴史的経緯を追い,装備品の対外輸出など近年の韓国による防衛外交を分析する。
終章では,それまでの章での議論から得られる政策的示唆を踏まえ,日本の防衛外交に対する提言を示す。
4 おわりに
防衛外交は比較的新しい概念であるため,分析する対象や角度によってさまざまな見方や評価がある。また,実務としての防衛外交は,刻々と変化する安全保障環境や自国の政策判断および保有手段などによって,そのあり方はつねに変化している。したがって,本書各章の執筆にあたっては,防衛外交の定義についての基本的理解は共有しつつも,各執筆者の思考を拘束することのないよう防衛外交の解釈に一定の幅を持たせた。「一定の」と条件を付したのは,他国との軍事協力であれば何でも防衛外交になるというものではないことも重要だからだ。たとえば,同盟国間の協力は必然であるため直接的な分析対象としていない。また,準有事的な状況における有志国間の連携や相手国に対する集団的な威圧・強要行為といったものも,防衛外交には含めていない。有事に至らないグレーゾーンでの各国軍との連携は防衛外交か,という課題はまさに「グレー」の領域として残る。本書では運用面におけるそのような厳密な区分についてはあえて結論を下さず対象外とした。今後の研究課題として検討されることを期待したい。
本書でも都度触れられることになる日本の現行の国家安全保障戦略では,日本が能動的に国際社会に働きかけ「安定しかつ見通しがつきやすい国際環境を創出し,脅威の出現を未然に防ぐ」必要性が強調されている。同戦略ではまた,地域における米軍のプレゼンスの維持やパートナー国との連携,中国との信頼醸成,グローバルな安全保障の諸課題解決への各国との協力など,軍事力を用いた「戦略的アプローチ」が列挙されている。冒頭に示した英国防大臣の発言ほど端的には表現されていないが,日本も確実に防衛外交を強化しており,その役割への期待は高まるばかりである。本書がその理解の一助となるようであれば幸いである。
(注は割愛しました。Pdfでご覧ください)