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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第41回

4月 14日, 2022 松尾剛行

 
メタバースの紛争対応に関心を持つべき時代です。[編集部]
 

メタバースにおける名誉毀損等紛争対応の実務

 

はじめに

 
 前回は「Vtuberと名誉毀損――メタバースに関する法律問題の一部を考える」という記事を公開したが、2022年3月28日に東京地裁で関連する判決が下されたと報じられた(https://www.asahi.com/articles/ASQ3Y5S7JQ3YUTIL00X.html)。このように重要なメタバースの名誉毀損問題について、以下では、これもまた『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第3版に向けた執筆作業の一環として、メタバース利用規約による名誉毀損等紛争対応の実務を検討したい(第3版執筆作業なので、以下、書籍版と同様の「だ・である」体となります)。
 

1 多くの企業がメタバースの紛争対応に関心を持つべき時代の到来!

 
 メタバースの名誉毀損等紛争対応、と聞いて、「自分には関係のないこと」と思われた読者の方も多いかもしれない。確かに、メタバースの運営企業とメタバース利用者の間の話といえばその通りである。しかし、以下のようなシチュエーションが増加傾向にあり、多くの企業がこの問題を無視できなくなっている。
 
・DX(デジタルトランスフォーメーション)により、一般の(ITを本業としない)企業がバーチャルショールーム等を公開するようになる
・バーチャル展示会、オンライン商談会等、従業員が第三者の運営するメタバースを利用することが生じる
・メタバースを利用した成功事例が積み上がる中、自社でもメタバースの利用に関する検討のニーズが生じる
 
 このような状況の下、多くの企業がメタバースの紛争対応等に関心を持つ必要がある。メタバース上でトラブルが生じた場合、誰がどのように責任を負うのだろうか。例えば、自社の社名や商標にそっくりの名称を使った人がメタバース上で怪しい情報を拡散しているとしてクレームが入った場合、誰に対してどのような責任を追及できるのだろうか。また、自社のバーチャルショールームにおいて「被害にあった」と主張するユーザからのクレームがあった場合、自社は責任を負うのだろうか。これらはすべてメタバースの紛争対応の問題である。
 
 ここで、メタバースの紛争対応については、様々な紛争の類型ごとに知的財産権、セキュリティ等の多角的検討が必要であるものの、以下ではメタバースのユーザが名誉毀損等の人格権侵害を引き起こした場合を念頭に検討したい(なお、メタバースに対し適用される電気通信事業法その他の業法の問題も別途検討が必要であろう(注1))。
 

2 利用者=被害者の視点

 
 例えば、上記の「自社の社名や商標にそっくりの名称を使った人がメタバース上で怪しい情報を拡散している」としてクレームが入った場合を考えよう。もう少し具体的な状況は以下のとおりである。
 

事例

A社は健康食品を売っており、甲を原材料とした「Aの甲」という商品が主力商品である。科学的に見て、コロナと甲の関係はなんら証明されておらず、Aは甲とコロナを結びつけて宣伝したことはない。ところが、メタバースプラットフォーム企業B社の運営するバーチャル商談会において、「A社のC」を名乗るセールスパーソンDが、「甲はコロナに効く」と言って甲を宣伝していた。A社の取引先から、「A社がそんなことをするとは思わなかった」等とクレームが入り、A社としては法的措置を検討している。

 
(1)メタバースプラットフォーム企業B社に対する責任追及
 
 まず、A社はメタバースプラットフォーム企業B社に対して責任を追及しようと考えるだろう。ところが、そのような主張は利用規約によって制限されることが少なくない。
 
 例えば、Meta社の商用利用規約(https://ja-jp.facebook.com/legal/commercial_terms)では、4条で「弊社の規約の「法的責任の制限」の条項の範囲に加え、それに制限を設けることなく、利用者は、弊社が第三者の行為、サービス、コンテンツまたはデータに責任を負わないことに同意するものとします。」と規定している。
 
 もちろん、利用規約が常に有効とは限らず、例えば、強力なプラットフォーム企業による独占禁止法違反の利用規約等は無効となり得るものの、実務上は、B社のようなプラットフォーム企業がこのような免責の条項を利用規約において設けていることがプラットフォーム企業に対する責任追及の障害となる可能性が高いことには留意が必要である。
 
(2)Dに対する責任追及
 
 次に、A社はこのDを探し出して責任を追及したいと考えるだろう。しかし、「A社のC」という虚偽の名称を名乗っているDを見つけることは困難である。そこで、基本的には以下の2つのルートから調査をすることになる。
 
 1つはB社からの(裁判内外の)情報収集である。メタバース上であっても、それがプロ責法上の特定電気通信(2条1号)の定義に入る限りにおいて、プロ責法に基づく開示請求の対象となり得る。裁判外のやり取りや場合によっては裁判上の手続きを利用してDを突き止めていく。
 
 もう1つは(B社に頼らない)情報収集である。例えば、Dとオンライン上でやり取りをしたA社の取引先が情報提供をしてくれたのであれば、そのDがどういう自己紹介をしていたのか、どういうアバターを利用していたか、(他のSNS等を含め)どのアカウントと関連づけ・連携していたのか等の情報がDを突き止めるヒントとなるかもしれない。ほかにも連絡先の携帯電話の番号から弁護士会照会でDを突き止められるかもしれない。また、Dが「今は『Aの甲』ではなく、コロナに対する効き目が強いE社製の甲をお勧めしている」という話をしていたとすれば、E社の関係者ではないか等として調べていくこともできる。
 
 その上で、突き止めたDに対しては、「なりすまし」によってAの名称を無断で利用してAの名誉・信用を毀損し、また営業妨害を行なったとして損害賠償の請求等を行うことになるだろう。
 

3 メタバース運営者の視点

 
(1)はじめに
 
 次に、メタバース運営者の視点から同じ事例を考えてみよう。換言すれば、上記事例をB社の立場から検討する。上記のとおり、DX(デジタルトランスフォーメーション)により、一般の(ITを本業としない)企業がバーチャルショールーム等を公開するようになることがある。例えば、もともとSNSを運営していた会社がメタバースを展開するのであれば、社内の法務担当者が「勘所」を掴んでいるだろう。
 
 しかし、一般の(ITを本業としない)企業にとっては、どのようなルール(利用規約)を定めればいいか分からない、それを前提にどのようなログの取り方をすればいいか分からない、どのように個人情報を連携させればいいか分からない等悩みが多いだろう。ここで検討対象とする、名誉毀損等のユーザ同士のトラブル対応という観点から言えば、以下のポイントに留意すべきである。
 
(2)「ユーザ同士の解決に委ねる」べきであること
 
 自社製品を宣伝するためのバーチャルショールーム等であれば、それを利用してくださるのは「お客様」や「代理店」等である。つまり、ユーザを全く無関係の第三者として扱うことはできず、例えば、被害が生じた場合に自社のレピュテーションが下がらないような対応をすることが必須である。
 
 だからと言って、「このメタバースで起こった被害の責任は全て運営会社としての自社が責任を負う」という建て付けが取り得るかは疑問である。もちろん、そのような建て付けが「およそあり得ない」とまでは言わない。しかし、メタバース以外、例えば、自社が主宰するリアルの商談会や自社のリアルのショールームで発生する出来事について、「被害の責任は全て運営会社としての自社が責任を負う」という建て付けとしている企業は少ないのではないか。そうであれば、やはりメタバースだけ、「被害の責任は全て運営会社としての自社が責任を負う」という建て付けとする、ということには相当程度ハードルがあがるように思われる。むしろ、利用規約において「トラブルがあれば原則として、ユーザ同士で解決すべきであり、運営側は責任を負わない」とした上で、ユーザ同士の解決に委ねるのが実務的であろう。
 
(3)「ユーザ同士の解決に委ねる」ために
 
 むしろ問題は、どのように「ユーザ同士の解決に委ねる」のかである。自社のリアルのショールーム内でお客様同士のトラブルが生じた、という場合においては、そこにトラブルの当事者が物理的に存在する。ところが、メタバース上では、そこでログアウトされてしまうと、そのユーザがその空間から消えてしまうのである。
 
 だからこそ、ユーザ同士で解決できるようにするためには、運営側がどのような情報を保有しているかという点が問題となる。例えば、何らかの登録をしていれば、その登録情報が1つのポイントとなる。また、実名制を用いて実所属先&実名&自分の顔のアバターを強制することで、リアルと同様のトレーサビリティを保つ方法もある。さらに、ログイン時のIPアドレスを記録しているという場合にはそのIPアドレスと日時もポイントとなる。
 
 このような情報を元に、トラブルになった場合に、どのような要件の下で(この場合にはプロ責法の規律が参照される)どのような情報を「被害者」に提供すべきかという点は、もちろんトラブルになってから個別に弁護士に相談して解決することも全く不可能ではないものの、可能な限り事前に(どこまで利用規約に書き込むかはともかく)法務部門内で検討し、必要に応じて社外の専門家とも相談した上で、利用規約の記載、内部ルールの記載、そしてログ取得等のシステム的対応を決めていくことになる。ここでいう「利用規約」は広い意味であり、プライバシーポリシー等も含まれるところ、そのメタバースが(例えば上記のトラブル時に備えたトレースのため)どのような個人情報を取得するのか、というのを確認した上で、一般のHP掲載のプライバシーポリシーの通りで良いか、プライバシーポリシーを改訂するか、個別に利用目的を掲示するか等を検討すべきである。
 
(注1)この点については、電気通信事業参入マニュアル[追補版]ガイドブック https://www.soumu.go.jp/main_content/000799137.pdf が最近公表された。

 
 
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。