あとがきたちよみ
『 政治家のレトリック』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2022/5/25

 
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木下 健、オフェル・フェルドマン 著
『政治家のレトリック 言葉と表情が示す心理』

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序章 コミュニケーションの本質
 
3 本書の構成と概要
 
 本書は、政治家のコミュニケーションに焦点を当て、いかなるレトリックを用いているか、正解のない質問をされた場合に、どのように答えることが良いか、政治家の表情から何が分かるのかを明らかにしている。ポストトゥルース、フェイクニュース、感情に訴えかけるコミュニケーションが流行する現代社会において、我々はレトリックについて何を知っておくべきか、また政治家から学ぶコミュニケーション戦略があるのではないか。政治的レトリックは他者を説得するために用いられる話術の技法であり、テクニックといえる。また政治家は話す際に、内容に合わせて表情を意図的に変えており、これは非言語の対応として機能している。
 また本書では、日本の政治コミュニケーションの文化的側面を明らかにしている。日本のコミュニケーションは、曖昧で間接的であり、遠回しな表現が好まれる。厳しい対立をできる限り減らし、相手の顔を傷つけないような配慮がなされる。しかし、表面的には、対立していないように思われたとしても、実際はインタビュアーとゲストの間で、駆け引きが行われている。こうした駆け引きを通じて、インタビュアーは政治家の本音に迫ろうとするのに対し、政治家はレトリックを駆使して、回答を色鮮やかなものに見えるように装飾している。
 本書のデータは、2016年5月1日から2017年4月30日までの1年間のテレビ討論番組データ(第3章から第7章)、2019年4月23日から2020年4月22日までの1年間のテレビ討論番組データ(第8章・第9章)、2019年の予算委員会データ(第10章)、2015年の我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会データ(第11章)を用いており、独自に収集し、コーディングしたオリジナルのデータとなっている。加えて、第6章から第8章では、非言語コミュニケーションを扱っている。非言語コミュニケーションと会話分析を組み合わせた手法は、日本では先駆的研究であり、オランダのノルダス社のフェイスリーダー(Face Reader)を用いて表情を測定している(9)。表情や行動といった非言語コミュニケーションを用いた研究は、今後AIが進歩するに従い幅広く普及していくものと考えられる。本書の議論は、世界政治学会(International Political Science Association)や国際政治心理学会(International Society of Political Psychology)、アジアネットワーク世論研究学会(Asian Network for Public Opinion Research)といった国際学会で報告し、Journal of Language and Social Psychology やAsian Journal for Public Opinion Research に掲載された論文を基にしている。また学会においても積極的な議論を起こした。本書の章の一部は、既に発行された論文を基にしたものであるが、執筆にあたり、読みやすさを重視し、方法論や分析結果を大幅に書き直している。方法論や分析結果についての詳細は初出を確認していただきたい。
 第1章では、政治的レトリックが何であるかを定義し、政治家の言説と海外の研究を中心に、政治的レトリックの多様な側面と性質を明らかにしている。政治的レトリックは、説得のための技法であり、信念を伝え、聴衆の態度や行動を変化させる効果を持つ。政治家の演説は、文化的、社会的、政治的な環境によって変化するものであり、民主主義国と非民主主義国のレトリックのスタイルには違いがある。
 第2章では、政治的レトリックの効果について概説している。まず、メタファー(比喩)および演説のレトリック装置(Rhetorical Devices)を明らかにすることで、聴衆の支持を強化するために用いられる技法を示す。次に政治的レトリックの効果は、不確実な状況において、論理的に伝えることで聴衆の理性に働きかけると同時に、怒りや恐怖の感情に訴えかけるという、両方の側面から働きかけるものである。世界の政治リーダーがどのような政治的レトリックを用いて、世論を動かしたかを示す。以上の第1章と第2章はフェルドマンの研究(Feldman, 2020a, 2021, 2022) に基いている。
 第3章では、対人関係を維持する上で重要となるフェイス(Face)の概念に焦点を当て、インタビュアーとインタビュイーの双方にフェイスへの脅威がどのような影響を与えるかを検証している。フェイスへの脅威がある質問は、回答にどの程度影響を与えるのか。また、どっちつかずな回答(equivocation)が、インタビュアーの次の質問にどの程度影響を与えるかを検証している。フェイスへの脅威のある質問は、どっちつかずな回答を招いていることが明らかとなった。加えて、どっちつかずな回答は、次の質問でフェイスへの脅威をより高めることが明らかとなった。ゲストの回答に満足できないインタビュアーは、より厳しい次の質問で不快感を表していることを示唆している。本章はフェルドマンと木下の研究(Feldman & Kinoshita, 2019)に基づいている。
 第4章では、国会議員、地方レベル政治家、非政治家は政治インタビューで異なる情報を示しているかを検証している。政治インタビューで話される情報は、⒜政策の根拠となる情報、⒝政党や組織の内部に関する情報、⒞政治過程に関する情報、⒟技術的・専門的な情報、⒠事実、常識、歴史の流れ等に分けられる。与党議員や非政治家はより専門的な情報を提供していることが明らかとなった。5W1Hの質問は、情報を聞き出すために用いられており、ゲストから専門的な情報を引き出すことに役立っている。本章は木下(2019a)に基づいている。
 第5章では、政治的レトリックとしての他者の発言とエピソードに焦点を当て、事例より、どのように用いられているかを明らかにしている。他者の発言の引用については、与党議員は自分の発言の補強をするために用いることが多く、他方で野党議員は敵対的な発言と対比するために用いていることがわかった。また、エピソードに関する話をする場合、単に自身の経験談を話し、円滑なインタビューに寄与するものと、エピソードと同時に他者の発言を引用し、批判を行っているものが存在することが明らかとなった。本章は木下(2020a)に基づいている。
 第6章では、政治インタビューにおける政治家の表情に焦点をあて、厳しい質問をされたときに政治家はどのような表情を示すかを明らかにしている。政治家は、フェイスへの脅威がある質問をされた場合、悲しい表情をすることが明らかとなった。厳しい質問をされたときに政治家は回答に悩み、下を向いて厳しい表情をして考える。そのため、政治家は悲しい表情を見せることになる。本章はキノシタの研究(Kinoshita, 2020)に基づいている。
 第7章は、政治家の表情が回答に影響を与えているかを明らかにしている。悲しげな表情はどっちつかずな回答と関係していることがわかった。他方で、嬉しい表情とどっちつかずは関係している訳ではないという結果であった。ただし、日本人は、重要な問題を議論するとき、本音を隠すために笑顔を見せることがある。また、政治家の恐怖と嫌悪の表情は、質問に対して正面から答えることと関係している。
 第8章は、政治家がどのような場面で幸福の表情を示すのかを明らかにし、幸福の表情と質問との関係、答えない場合のレトリックとして幸福の表情が用いられているかを事例から検証している。幸福の表情は、嬉しいといった感情を伴うもの、その場を和ませるもの、何らかの気持ちを隠すものの3つに分類でき、その場を和ませるために用いられていたケースが6ケースで最も多かった。幸福の表情を示すことが適切ではないと考えられる場面においても幸福の表情が示されており、質問に答えない場面で用いる幸福の表情は日本文化によるものと考えられる。そして、幸福の表情は必ずしも質問に答えない場合に示す訳ではないことが明らかとなった。本章は木下(2021)に基づいている。
 第9章では、政治家のコミュニケーション戦略を歪めているのは何かを明らかにしている。政治家のコミュニケーション戦略の一つとして、引用に焦点を当てている。政治家は、総理大臣や閣僚、新聞記者、官僚、他の政治家、対立候補などの他人の意見を引用したり、紹介することを頻繁に行う。政治家は常に、国民や有権者に自分の見方を共有し、自分の政策提案を受け入れてもらい、自分の信念や戦略を支持してもらうことを狙って話している。他者の発言の引用は、自分の視点や考えが、すでに評価されている他の人と同じ見方をしており、受け入れられていることを聴衆に示し、説得するための証拠として用いられる。この政治家のコミュニケーション戦略を歪めるものとして、フェイスへの脅威が存在していることを明らかにしている。
 第10章では、予算委員会の質疑を対象に、国会議員が誰の意見を多く、国会で引用しているかを検証している。質疑によって、質疑者の利害関係者が誰であり、誰の利益を代弁しているかを知る手がかりとなる。小選挙区選出の議員と比例代表選出の議員では異なる利益を考慮しており、公共的利益を代弁しているのか、それとも個別的利益を代弁しているのか異なる可能性がある。分析の結果、小選挙区選出議員は、選挙区・比例区選出の議員より他者の声の引用を多く行うこと、およびメディア・世論・国民の声を引用することを示している。この結果は、小選挙区選出議員が「国民代表である」という理念に従って、議会で質疑を行っていることを示すものである。本章は木下(2020b)に基づいている。
 第11章では、野党が内閣提出法案に対して対案を提出した場合の対抗型審議が建設的な議論を促すかどうかを検証している。所属政党への質疑・答弁は、公共の利益を考慮するように発言すること、また所属政党への質疑は、答弁に理屈・根拠があることを示すものとなることを検証している。国会での質疑のみならず、あらゆる会議において、自分の考えに近い人からの質問は、自分の主張に根拠が増すことに繋がる。本章は木下(2019b)に基づいている。
 終章において、政治家が用いる政治的レトリックについての総括を行う。政治家の用いる政治的レトリックには、メタファー、皮肉、ほのめかし、慎重なぼかし、象徴(シンボル)の使用など多様な種類が存在し、それらが組み合わされて用いられており、単純に理解し、把握することが難しい状況となっている。こうした政治的レトリックを駆使した話し方は、相手を説得することに役立ち、支持者を増やすことに繋がる。しかし、レトリックの多用は、一長一短であり、じっくり考慮すれば、分かりにくい、立場が明確になっていないと後で認識されることもある。我々、有権者は政治家の話し方の特徴を知った上で、レトリックを認識しておかなければ、惑わされてしまうことになる。また、こうしたテクニックを知っておけば、自分が話をする際に、相手に興味を持ってもらうことができ、相手から承諾を得る可能性も増える。
 
 
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