あとがきたちよみ
『その規約、読みますか?』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2022/5/26

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
オムリ・ベン=シャハー、カール・E・シュナイダー 著
松尾加代・小湊真衣・荒川 歩 訳
『その規約、読みますか? 義務的情報開示の失敗』

「第1章 はじめに」(pdfファイルへのリンク)〉
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*サンプル画像はクリックで拡大します。「はじめに」本文はサンプル画像の下に続いています。

 


第1章 はじめに
 

広告は,社会や産業の病理への対処のために用いられる場合にのみ正当に推奨される。太陽の光は,最高の殺菌方法だといわれる。また,電灯は最も効率的な警察官だとも言われる。そして,広告は,直近の困難に対する継続的な対処方略として様々に活用されるべきである。
ルイス・ブランダイス『他人の金』

 
 「開示義務」は,アメリカ法の中で,最も一般的で,最もうまくいっていない規制方法かもしれない。これは,開示者に,開示を受ける対象である一般の人々に対して情報の提供を義務づけることで,開示者がその立場を悪用せず,人々がよく考えて選択し,不慣れで複雑な取引を専門家とともに行うのを手助けすることを意図している。
 たとえば,あなたが新しい家のために住宅ローンを借りる場合,あるいは前立腺癌の手術を検討している場合,あるいはオンラインでソフトウェアを買う場合,警察から尋問を受けている場合を考えてみよう。これまで直面したことのない選択に直面している場合,その場面でとるべき選択をほとんど理解できないだろう。あなたが接している専門家(貸し手,医者,販売業者,警察)は,それをよく理解している。開示義務は,あなたが良い選択をするために知っておかなければならないことを専門家に説明するよう求めるものである。そのため,貸付真実法では,販売業者に対して借入条件について説明することを義務づけている。インフォームド・コンセントの原則は,医者に対して前立腺癌に対する治療法について説明するように義務づけている。契約法は,販売業者に補償や紛争発生時の仲裁合意のような条項を明示するように義務づけている。ミランダ警告は,警察官に被疑者の権利を読み上げることを義務づけている。そこでは,情報さえ伝えられれば,あなたは自分の選択を十分に理解し,クレジットカード,癌,コンピュータ,自白について正しい判断をすることができると想定されている。
 開示義務は,この数十年にわたり,一部の主要な政策問題に対する主要な規制方法であった。金融危機への対応の核は,(すでに非常に多くある)開示義務化を徐々に増やすことである。多くの医療制度改革は,患者がより賢明でより安価なものを選択できるように健康保険や各種保険,医師,病院,治療や費用について患者に説明することを求めている。非常に多くのインターネット商取引に開示義務が課されている。それは,多くの個人情報の扱いについても同様である。憲法上認められた権利のいくつかは,ミランダ警告のような開示によって保護されている。選挙資金規制は,今ではその多くが開示に関するものである。
 これらは,一つの山脈のいくつかの頂に過ぎない。開示されていない契約の条項は一般に法的効力を持たないので細かな文字が並ぶこととなる。そのため,毎回の「同意します」のクリック,毎回の点線上のサインは,開示の瞬間でもある。消費者保護法の広い領域において,開示が義務づけられている。住宅ローン,貯蓄口座,当座預金口座,退職後のための資金口座,クレジットカード,質屋,購入選択権付賃貸は,開示義務の対象である。医療法は,インフォームド・コンセント,医薬品表示,研究規制,医療保険,遺言,医療に関する個人情報保護など,開示で溢れている。開示義務は,食品ラベル,旅行券,賃貸借,著作権警告,マンションのタイムシェア契約,住宅の販売,店舗への返品条件,学校への入学者・卒業者のデータ,大学の犯罪報告,飛行中の安全確保のアナウンス,駐車場の半券,製品の有害性と環境への有害性警告,そして車や家の修理にもかかわる。
 にもかかわらず,開示義務は,ローレライであり,立法者を規制の失敗の岩の上に誘い出してきた。本書は,以下の方法で,その誘惑の歌を封じることを望んでいる。第1 に,規制方法としての開示義務の特徴を明らかにする。第2 に,そのほぼ乱発ともいえる利用の様子を記述する。第3 に,それが目的を達しないのが日常茶飯事であることを示す。第4 に,それがなぜうまくいかず,そして修復できないかを説明する。
 開示義務が人を魅了するのは,現実の問題を対象にしているからである。現代に住むあなたは,不慣れで複雑な判断に溺れ気味である。ほとんど知らないので,あなたは専門家にゆだねることになる。ほんの数十年前,あなたは,わずかなことに対して,わずかな選択肢の中で判断してきた。AT & T から黒電話を引く。非常に制限された範囲内のわずかな種類の住宅ローンを提供している第一地方銀行から住宅ローンを借りる。あなたに必要だと主治医が考える医療を(時折)うける。長年一つの会社で働いた場合だけ年金を受け取るが,その年金はその会社が設計したものである。
 今日,電話には固定電話と携帯電話,そしてIP 電話があり,多くの製造業者から多くの製品が提供され,また多くのプロバイダーが多くのプランを提供している。全国の金融機関は,形式もばらばらで多種多様な条件の住宅ローンを提供している。あなたの医師は,あなたの病気に対するさまざまな治療方法とその効果を説明しなければならない。年金は会社を越えて持ち越すことができ,数えきれないほどの形態があり,何千もの証券の中から選ぶことができる。
 これは,おおむね素晴らしいことである。あなたには,ちょっとましという程度の選択肢だけではなく,たいていは,より良い選択肢があるのだから。しかし,増えていく選択肢は,ますます詳細で高度な知識を必要とする。そのため,開示義務は,非専門家が,専門的知識を必要とする選択をしなければならない世界の問題のために存在する。その解決方法は,魅力的なほどシンプルである。それは,人々が不慣れで複雑な意思決定場面に直面しているのなら,その意思決定が馴染みがあって理解可能なレベルになるまで情報を与えよ,というものである。人々は本当に自分自身で意思決定したいのだろうか,より良い決定をしたいのだろうか,それを求めて開示を受けとっているのだろうか。少ないよりも多くの情報があるほうがよいというのは当たり前のことなのだろうか。提供された情報を,人々は喜んで受け取り,真剣に利用するのだろうか。
 開示義務が魅力的なのは,それがアメリカの基本的な二つのイデオロギーと共鳴するからである。第1 は,自由市場の原則である。市場は,買い手が十分な情報を持っている時にもっともよく機能し,開示とは人々に情報を与えることである。買い手が恐れるのは,売り手のぼったくりと,良くない商品をつかまされる恐れ(買い手の危険負担)であり,開示は,価格や品質,条件を明示することで,市場を歪めることなく買い手を保護する。第2 のイデオロギーは,自律性の原則である。自らの人生を形作る決定をするために,人は,道徳的な権利や実際的な政策を問題にする権利を有している。開示は,それらをするために役立つ。
 開示義務が魅力的なのは,それが軽い規制のように見えるからである。安全や品質の基準を設けたり,製品やサービスの販売を制限したりといった経済行動への直接的な規制は,うまくいかず費用が掛かるし,自由やイノベーションや効率性を抑制し,さらには,行政当局や規制の負荷が大きい可能性がある。開示義務は,売り手が何を売っているかを買い手が知ったうえで,売り手が売り,買い手が買うことを促す。
 開示義務は,実施が比較的容易なので魅力的である。そのイデオロギーの普遍性と見た目の穏当さによって,開示義務は,政治的反対勢力の反発を比較的招きにくい。規制対象は時折,より侵襲的な技法よりもこれを好み,立法者は,この技法の経済的負担が少ないことを知っている。
 開示義務は,それが機能しなくてもほとんど気づかれず,容易に言い訳ができるので魅力的である。これは,規制技法としてまったく認知されてこず,また,これがごく標準的な特徴をもった方法であり,これまで根深く広範囲にさんざん繰り返されてきた結果をもたらす方法であることを,ほとんどの立法者と多くの有識者は理解していない。そのため,義務の失敗は,この規制形式に欠陥があるという判断ではなく,特定の社会問題に対応するために実施された特定の方法に起因していると考えられやすいだろう。たとえば,義務の範囲が狭すぎたから失敗したのだ,開示が気づかれなかったからだ,形式がわかりにくいからだ,といったようにである。開示義務は無謬の神なのである。
 最後に,開示義務は良いという根拠がほとんどなくても,明示的な害がほとんどないので魅力的である。もし開示が誰かの負担になるとすれば,それはすでに情報を持っている取引に慣れた当事者であろうし,その人には情報を広める道徳的な義務があるかもしれない。
 そのため,開示義務は魅力的なのである。それは簡明でよい規制のように見えるのであり,多くの立法者はこれを施行し,有識者は,これをコストのわりにベネフィットの大きなものであると安易に主張するのである。一部の世知に長けた立法者と有識者は,これを特殊な規制方法であるとみなし始めている。しかし,彼らはその失敗を認めつつ,配慮や創意工夫や努力によって,それが改善しうると考えている。意識しているかどうかはともかくとしてこの方法を好んでいる立法者と有識者を呼ぶ呼称が我々には必要である。「開示主義者(Disclosurite)」が直接的でよく表している表現であろう。これには,様々な見方や信念を持った人々や機関が含まれ,「環境主義者」と同じように一般化した呼称である。しかし,非常に多くの立法者と有識者が,何らかの形で開示義務を支持しているので,これは有用な一般化である。
 開示義務は魅力的ではあるが,その野心的な目標をたいてい達成できずにいる。それは失敗する運命にあるわけではないが,開示を受けた人は良い決定を行うようになると報告する実証研究はまれである。たとえば,ローレン・ウィリスは,「現在,連邦法によって住宅ローンに対して義務づけられている開示は,価格に基づいた購入を効果的に促進するわけでも,リスクについての慎重な意思決定を引き起こすわけでもない」と結論づけている。アメリカの学術研究会議は「数十年の研究にも関わらず」,「インフォームド・コンセントの達成」は「ほとんど進展していない」ことを認めている。さらに広い観点から,ウィンストンは「連邦および州の,開示政策を含むがそれに限定されない情報政策に関する実証研究をレビューし,それらが消費者によりよく情報を伝えたりより安全にしたりしていないことを示唆している」。
(以下、本文つづく。注は割愛しました)
 
 
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