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あとがきたちよみ
『ソーシャルメディア解体全書』

 
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山口真一 著
『ソーシャルメディア解体全書 フェイクニュース・ネット炎上・情報の偏り』

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序論
 
 何をもってして「インターネット元年」と呼ぶかは諸説あるが,Windows95が発売され,インターネットが一般的になっていく1995 年を指す場合が多い(とりわけ日本においては)。この年は米国のYahoo! が誕生した年でもある。その後1999 年には米国でBlogger が始まり,日本では2 ちゃんねるが登場する。これらのソーシャルメディアが登場し,一般的に使われるようになっていくにしたがって,誰もが自由に世界に発信することができるようになっていった。ソーシャルメディアが登場する前は,不特定多数への発信は著名人やマスメディアしかできなかったことを考えると,これは革命的な出来事であり,正に「人類総メディア時代」と呼んでも過言ではないだろう。
 1990 年代後半は,インターネットやソーシャルメディアのポジティブな側面が多く語られ,様々な希望的観測が飛び交っていた。例えば,Hauben & Hauben(1997)は,コンピュータとインターネットは,個人から社会全体へのより広範囲なコミュニケーションを容易にすることで,民主主義を促進すると述べている。同じような指摘は様々になされており,大衆がモバイル機器でコミュニケーションに参加し,社会の意思決定に参加できることは素晴らしい(Rheingold, 2000)といった内容や,インターネット利用が情報取得や動員のコストの低下を通して社会参加や政治参加を促進する(Bimber, 2003)といったことがいわれた。日本でも,梅田(2006)が,インターネットは「不特定多数無限大に向けての開放性」をもっており,テクノロジー(Google など)がその時々の「旬なプロフェッショナル」をインターネット上から選び出し,彼らの知的貢献を共有している。そして,ブログは知的生産性のツールである」と述べている。
 要するに,インターネットが登場して広がっていくこの時期は,誰もが自由に発信できるという画期的な機能に皆が夢を描いた,「インターネット楽観期」といえる。これらの楽観論に対して「素朴で楽観的な技術決定論」(廣瀬, 1998)という懐疑的な見方もあったが,現在語られるようなインターネットやソーシャルメディアの様々な問題点を指摘する者はほとんどいなかった。
 しかし2000 年代以降,この「誰もが自由に発信できる」状況における様々な問題点が徐々に指摘されるようになり,2000 年代後半になってくるとインターネット悲観論が主流になってくる。その諸課題を大きく3 つにまとめると次のように整理できる。

①インターネットによる情報の偏り,意見の極端化,社会の分断
②フェイクニュースの蔓延
③インターネット上の誹謗中傷,ネット炎上

 例えば③に関連して,ネットテレビ番組に出演していたプロレスラーの木村花さん(享年22 歳)が,ソーシャルメディアでの誹謗中傷を背景に,2020 年5月に自ら亡くなってしまったのは記憶に新しい。
 今ではインターネットの可能性をポジティブに評価する人はほとんどいなくなり,「インターネットにはもう暗い未来しかない」という声を多く聞くようになった。確かに,今のインターネットやソーシャルメディアを見ていると,問題は収束していくどころか日に日に拡大化しているように見える。2020 年から世界に大きな影響を与えている新型コロナウイルスに関連しても,感染者に対するインターネット上での誹謗中傷や個人情報の特定などが盛んに行われた。また,数多くのデマが拡散していることも分かっている。かつて期待されたようなインターネットの建設的利用というのは,もう難しいのだろうか。
 結論からいうと,私はソーシャルメディアの普及した人類総メディア時代の未来は暗いものしかないというスタンスはとらない。その理由について簡単にいえば,「人はこれまでも目まぐるしく変わる社会に対応し,今の社会を築き上げてきたから」である。例えば産業革命によって先進国は劇的な経済発展を遂げることとなったが,そこでは奴隷のように働く子供たちや著しい大気汚染など,様々な問題があった。残念ながら,今でもそれらの問題は完全にはなくなっていない。しかし,問題に対して絶望せず,徐々に人の手で改善してきて,今の社会を築き上げたのもまた事実である。
 しかし様々な問題を無視し,ただ流れに身を任せていたら,その暗くない未来──豊かな情報社会──を築くことは困難だ。このような複雑化する社会だからこそ,諸課題の実態を明らかにし,エビデンスベースで適切な対応方法を検討することが欠かせない。
 本書はその検討をするうえで,ソーシャルメディアに関して必要なエビデンスと考察を網羅的に盛り込んだものとなっている。特徴として,次の3 つが挙げられる。
 第一に,ソーシャルメディアに関連する様々な現象について,データ分析や事例をベースに議論する点。筆者の専門は計量経済学というデータ分析手法である。そのようなデータ分析によって明らかになったことはもちろん,国内外の様々な研究成果も参照しながら,複雑なソーシャルメディアの現象の実態を明らかにしていく。
 第二に,特定の問題に閉じず,フェイクニュース,情報の偏り,誹謗中傷・ネット炎上といったネット言論の諸課題を網羅的に取り扱う点。ソーシャルメディアに関連する多くのトピックについてエビデンスベースで検討しており,これらを俯瞰的に知りたい方に本書は向いている。さらに,ソーシャルメディアの社会的影響やコミュニケーションツールの歴史までカバーしている。
 第三に,具体的な対策について論じる点。フェイクニュース,ネット炎上,社会の分断──こういった様々な問題に対して,果たして有効な対処策はあるのだろうか。具体的な施策について,国内外の状況をレビューしたうえで,政府・民間企業・生活者など多様な立場から検討する。
 本書の構成は以下のとおりである。第1 章では,インターネットによる情報の偏り,意見の極端化,社会の分断について取り扱う。まず,インターネットが社会を分断するという背景である「選択的接触と同類性」「エコーチェンバー現象と集団極性化」「フィルターバブル」という3 つの特徴について解説する。そして,ソーシャルメディアが能動的な言論だけで構成された言論空間であるために,極端な人が多く発信するような偏りが生まれていることを,データを基に解説する。
 第2 章と第3 章は,フェイクニュースについて取り扱う。第2 章では,様々なフェイクニュース事例を紹介した後,フェイクニュースが生み出される動機や,「政治的混乱・社会の分断」「経済・生活の混乱」「特定の個人・企業の評価低下」「情報の価値の毀損」という4 つの社会的影響について説明する。さらに,フェイクニュースが広まる理由として「人類総メディア時代の高い拡散力」「フェイクニュースの持つ目新しさ」「『友人の情報は信頼できる』という無意識のバイアス」「怒りは拡散しやすい」といったことがあることや,メディア(ミドルメディア・マスメディア)がフェイクニュース拡散に大きく関わることがあることを示す。
 第3 章では,日本におけるフェイクニュースの実態について,様々な実証分析結果から特徴を明らかにしていく。例えば,フェイクニュースの接触者のうち,それを誤情報と気付いていない人は75% 以上存在することや,フェイクニュース接触者のうち,43% は誤情報と気付かずに1 つ以上のフェイクニュースを拡散していること,フェイクニュースに騙されやすい人・拡散しやすい人の特徴などを明らかにしていく。また,フェイクニュースの社会的影響として,浮動票ともいえる弱い支持をしている人の考えをネガティブに変える力があることを示す。最後に,フェイクニュースに対して人々が個人としてできることは何かを説明する。
 第4 章と第5 章は,インターネット上の誹謗中傷やネット炎上について取り扱う。第4 章では,頻発しているネット炎上や誹謗中傷について,歴史,特徴,社会的影響などを豊富な事例と共に整理する。ネット炎上は2020 年に1,415件発生していることや,炎上は「可視性」「持続性」「拡散性」の3 点においてこれまでの批判集中とは大きく異なることなどを明らかにする。また,炎上の社会的影響として,企業など強者の不正行為に対し,消費者という弱者の声が通りやすくなり,さらに逸脱した行為への抑止力ともなっているというポジティブな側面がある一方で,炎上対象者の心理的負担増加,社会生活への影響,企業の株価の下落といったネガティブな影響があることを指摘する。さらに,マクロ的には,表現の萎縮をもたらしていることを述べる。
 第5 章は,ネット炎上に参加している人の人数,特徴,動機などについて,Twitter データやアンケート調査データから,実態を明らかにしていく。炎上1 件あたりについて,Twitter にネガティブな意見を書き込んでいる人はネットユーザの約40 万人に1 人であることや,その中のさらにごく一部の投稿数が非常に多いといったような,炎上がごく一部の人の手によって巨大に見えているメカニズムを示す。また,炎上に参加しやすい人の特徴として,「男性」「若い」「世帯年収多い」「主任・係長クラス以上」「メディア利用時間が長い」といった客観的な属性から,協調性が低かったり,社会・他人に対して否定的(不満を持っている)で攻撃性があったりするといった,内面も明らかにする。さらに,マスメディア・ミドルメディアとソーシャルメディアの共振現象が,炎上を激化させていることも指摘する。
 第6 章は,様々なソーシャルメディアがどのような価値と影響を持っているか,そして,コミュニケーションツールがどのように変化してきたかを明らかにする。インターネット上のクチコミには年間約1 兆円以上の消費喚起効果があるように様々な経済的恩恵がある一方で,とりわけTwitter やFacebook などのSNS は,誹謗中傷,フェイクニュース,選択的接触などの問題が一番発生しやすいソーシャルメディアにもなっていることを指摘する。また,近年におけるコミュニケーションサービスの変遷の特徴として,「主たるツールの入れ替わり期間が短い」「若い世代から変化が起きる」「消費者ニーズが牽引し,サービス中心にコミュニケーションツールが変化する」という3 つを紹介する。そして,人々が無料でソーシャルメディアを使うことのGDP に反映されない価値(消費者余剰)も推計し,それがおよそ15 兆6,800 億円~ 18 兆3,000 億円で名目GDP の約3.20 ~約3.74% に当たることを示す。
 第7 章では,これまで見てきたソーシャルメディアの諸課題に対してどのような対策を打てばよいのか考察する。まず,海外の政策動向と,総務省で示されている「リテラシー向上のための啓発活動」「プラットフォーム事業者の自主的取り組みの支援と透明性・アカウンタビリティの向上」「発信者情報開示に関する取り組み」「相談対応の充実に向けた連携と体制整備」の4 つの方向性を紹介する。そして,どのような法律が望ましいのかといった政策的なところだけでなく,プラットフォーム事業者,業界団体,マスメディア,教育といった各ステークホルダーの立場から,適切な社会的対処について検討する。
(注は割愛しました)
 
 
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