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あとがきたちよみ
『教師の社会学』

 
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園山大祐 監修・監訳/田川千尋 監訳/京免徹雄・小畑理香 編著
『教師の社会学 フランスにみる教職の現在とジェンダー』

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はしがき
 
 本書は,フランスの教師教育をテーマにしている。その意図は,フランスの教師教育の社会学的分析を鏡にして,間接的に日本の教師教育の課題を検討するヒントにしてもらうことにある。そこで最初に,本書の動機となった日本の教師教育が直面する課題を確認しておきたい。
 日本の学校教育の主な課題の一つは,教師の質保証である。教師の専門職化と言い換えることもできる。教師教育(教員養成)の特に初期教育(学部段階の養成)における全国的なカリキュラムや実習の基準のあり方である。
 戦前の師範教育への反省を受けて,戦後,大学に教師教育を移行した際,大学での学問の自由を基盤に,科学的で教養豊かな専門教育が期待された経緯がある。以後,教師の質保証として課程認定制度を導入し,教員養成系大学・学部における「目的養成」の拡充を図ることで,質と量において需要を満たす養成の目標を達成するための計画を実現してきた。21 世紀に入るころには子どもの人口減少に伴い,専ら教師教育の縮小に政策の中心がおかれてきた。大学における教師教育の質および全国基準の開発と策定に関する課題は,この四半世紀の間に,学術研究は進んだものの,教師教育研究の理論と実践の往還に対して十分な還元がなされたとは言い難い。たとえば日本教師教育学会は1991年に設立され,こうした学術研究の促進に貢献した学会であるが,同時にここ5 年間の学会の年報特集テーマが示すように,教師教育を担う大学の実践には今もなお全国基準やカリキュラムの探究が求められている。教員養成カリキュラムは主に,教養教育,教科教育,教職教育の三つに分けられ,そのバランスとつながりが初期教育の課題とされてきた。近年では,教職大学院の設置によって,その高度化や体系化といった問題も提起されている。
 もう一つは,教師の社会的評価の低下と教師不足という教師を支える環境整備をめぐる課題がある。教師の社会的評価に関する研究成果は,主に教育社会学で検証されてきたが,近年ではOECD の国際教員指導環境調査(TALIS)など国際比較を通じて,日本の教師の自己評価が相対的に低いことが判明している。特にもう一度仕事を選べるとしたら教師を選ぶ比率が調査対象国の中でも極端に低い。勤務時間が大幅に長いだけではなく,仕事への満足度や教職の社会的評価が高くないことは,深刻に受け止めるべき問題である。社会的評価の一つでもある給与も,国際的に見て決して高くない。特に,採用要件の一つが修士以上の国と比べて,大学院修士課程修了相当とされる日本の専修免許状取得者の給与と生涯賃金は決して評価できない。日本の教育学部の人気と教員採用受験率とが一致しないように,実質教師志望者はこの30 年間で減少している。くわえて教員採用試験の倍率も,その質保証という観点からみて疑わしい自治体が存在する。教員採用試験の倍率が,教師の質を保証するわけではないが,自治体間の調整は検討の余地がある。
 とはいえ,本書では,こうした日本の事情に直接検証を試みたわけではない。いったん日本から離れ,フランスの実態から日本への示唆となるような教師教育研究について検証を試みた。そのために,フランスの社会学研究者と一部心理学者による代表的な研究をとりあげている。
 本書は,3 部構成で,フランスの教師および教師教育について検証するが,教師とジェンダーの関係性に最大限の注意を払うものである。第Ⅰ部では,教師のアイデンティティーと社会的地位,および親としての教師の教育戦略と効果について論じる。教師集団の多様化や教授方法の革新が要請される中で,学問の卓越性と知識伝達という共通認識に依拠した,伝統的な教師の職業アイデンティティーの変容に注目する。第Ⅱ部では,女性教師・管理職のキャリア形成について検討する。教育社会学研究は,女性労働者の割合が高い教職に早くから注目してきたが,女性教師に関するステレオタイプを断ち切ることができていないことが明らかとなる。こうしたジェンダー・バイアス(隠れたカリキュラム)は養成段階から既にみられ,そのような教職観を批判できるようにするためには,実習生におけるジェンダー・バイアスの調査と実証研究が必要である。第Ⅲ部では,教師の働き方,悩み,離職,中途採用について考察する。精神療法によって理想と現実の緊張関係を緩和し,教師が自らの存続と生徒の生活を両立させる妥協を見出す方法などは,日本の教師を支援していく上でも参考になる。それでも,ニュー・パブリック・マネジメントの導入によって,説明責任を果たすための形式的業務が肥大化するなど,フランスでも労働条件が悪化しており,初等教師の離職率など問題もみられる。他方で,興味深い現象として初等教師への転職も増加しており,全体の約3 分の1 に達する。こうした転職者の動機について知ることは,教師不足の解消につながる可能性がある。終身雇用という考えにとらわれることなく,様々な職業経験を持った多様な教師の存在を積極的に受け止めることも必要かもしれない。教師のキャリア形成においても精緻な検証が新たに求められている。
 以上は,本書の全20 章の一部であるが,フランスの課題は,日本の教師の現在に至る立ち位置を意味づけると同時に,近い将来に向かい合う課題を捉え直す手がかりとなると考え,まとめた一冊である。日本の教師の養成,採用,キャリア形成,労働環境,働き方について,読者と一緒に考える重要な立脚点を提供できれば,この上ない喜びである。
 
2022 年6 月
執筆者を代表して
園山大祐 小畑理香
 
 
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