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あとがきたちよみ
『デジタル変革時代の放送メディア』

 
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民放連研究所客員研究員会 編
『デジタル変革時代の放送メディア』

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はしがき
 
 新型コロナウイルスの感染拡大は、早期終息への期待とは裏腹に、世界規模で影響を及ぼし、それに対処するために、社会は変革を余儀なくされている。人類の歴史を振り返っても、教科書に載るようないくつかの転換点において、感染症の拡大がその背景にあったことがわかっており、今回のパンデミックの影響も一過性のものではないかもしれない。
 デジタル技術は、社会変革を支える中心的な役割を果たしている。従前は、技術が社会を変えるという考え方が強かったが、生活や社会活動の継続のために、技術が求められる時代となった。加えて、人びとの安心のためには、適切な情報の収集は不可欠であり、メディアの役割も再認識されていると言っても過言ではない。新型コロナウイルスによるパンデミックという脅威のもと、デジタル技術は、メディア全体においても大きな変革をもたらしている。それは、単にネット系メディアの隆盛という産業内の地盤変動だけではない。やや大げさに言えば、生死にもかかわる情報を的確かつ効率的に獲得するという国民からの期待に対して、どのメディアがどのようにその重要な役割を果たすか、そしてその結果として国民がどのメディアを選択するかという問題に直面しているのである。
 2022 年2 月に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、デジタル技術活用および情報収集の重要性をあらためて認識させる契機となった。さらに、相反する情報が流されることにより、公平中立な情報とは何か、メディアが提供する「真実」の意味をあらためて考えさせられている。
 テレビを中心とした既存のメディアにおいては、視聴者のニーズの変化やコンテンツの多様化、競合するメディアの登場など、いわゆるメディア視聴環境の変化がもたらす影響に対して、守勢に回りがちであることは否めない。しかし、信頼される情報を提供する役割を最も強く担っていることもまた事実である。さらに、既存メディアへの期待が徐々に低下している一方で、放送がインターネットに進出し、新しい意味でのメディア融合が生じつつある。
 新型コロナウイルスによるパンデミックやウクライナ危機を降って湧いた災難と捉えるか、あるいは新しいレジームへの移行への契機と捉えるかによって、今後の方向性は大きく変わる。すなわち、頭を低くしてこれらの災難が通り過ぎるのを待つか、それともより強靭な事業継続性を確立するためのチャンスと捉えるかということである。
 本書は、このような社会背景のもと、放送あるいはメディアが抱える様々な課題について、民放連研究所客員研究員会の構成員それぞれが自身の学問に基づき、かかる社会変革期において、どのように対処すべきかを解題したものである。客員研究員会に参加している11 名の研究者に加え、4 名の研究協力者および事務局が、2020 ~ 21 年度にわたり、社会変革下における放送あるいはメディアにかかわる問題を取り上げ、その成果をまとめたものである。研究員の興味は多様であるが、本書では、「放送を巡る制度と公共性」、「報道・制作」、「視聴者」、および「市場と事業」という4 つの視点から研究成果を体系的にまとめている。
 第Ⅰ部「放送を巡る制度と公共性」では、日本国内の社会環境変化と世界のメディア環境の変化から、社会資本としての放送ネットワークとナショナルミニマムとしての地上放送について考察し(第1 章)、個人情報保護法制一般および放送分野の規律について概観した上で、視聴データの保護と利活用をめぐる動向と今後の論点を主に制度の面から紹介し(第2 章)、さらに、放送法に違反した2 つの事案の問題点を検証し、関連する放送法等の法制度的課題について論じている(第3 章)。
 第Ⅱ部「報道・制作」では、新型コロナウイルスに関するミスインフォメーション(誤情報)、ディスインフォメーション(偽情報)、悪意のデマなどに報道機関がどの程度対応できたのかを検証し、今後の課題を明確にし(第4 章)、近年のローカルドラマの秀作を通して、その傾向から見て取れる意義や価値、そしてそこから広がる可能性をさぐり、ローカル局のドラマ制作の意義を考察し(第5 章)、政治からのBPO(放送倫理・番組向上機構)批判、BPO 改革の主張を背景に、放送倫理の維持・向上を図ることができる放送環境の在り方を検討している(第6 章)。
 第Ⅲ部「視聴者」では、新型コロナウイルス感染症に関して、テレビ放送において提供されたニュース情報をソフトニュースおよびハードニュースに分類したうえで、それらから感じ取る不安や脅威を通じて人びとがどのような危機管理反応を示すかを明らかにし(第7 章)、第49 回衆院選を例に、主要4 メディアの利用と投票行動の関係、テレビの選挙報道における諸課題、およびネット上の選挙関連情報の利用とテレビの選挙報道視聴の関係を分析している(第8 章)。
 第Ⅳ部「市場と事業」では、ネットのメディアとしての進化が、その高い技術革新力に由来しており、それが市場間、産業間の競争や代替につながることを明らかにしたうえで、ネット側で急進歩している技術をテレビ放送産業側がどう取り込むかにより、全体構図が変わりうることを示し(第9 章)、公共放送を巡る制度に関し、NHK 受信料を例に、政策評価の必要性を考慮したうえで、放送を含む映像メディア市場の競争環境変化に伴う制度設計を考える際に必要な論点を明らかにし(第10 章)、テレビ業界、テレビ局の経営を広告の観点から見直すとともに、テレビ放送の広告媒体としての価値を検討し、この価値を個別化・緻密化することの必要性を論じ(第11 章)、テレビ広告費がインターネット広告費のマイナス影響を受け、その度合いがさらに高まっていることを検証した上で、テレビ草創期の原点に立ち返った対策の必要性などを指摘している(第12 章)。
 それぞれの調査研究は、各研究員の学術的興味に基づき、独自に進められたが、オンラインで定期的に開催された客員研究員会における発表と議論を通じて、知見を共有した。また、客員研究員会では現実感覚を失わないよう、ローカル地区における放送を中心としたメディア状況に関するフィールド調査を定期的に実施し、その成果も研究に反映してきた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、今回の研究期間中においては実現できなかったことは心残りである。
 本書が、社会変革の進展のなかで、放送メディアのあり方の方向性を示唆し、その価値の確認に向けた一助になれば、研究員一同、幸いである。
 
客員研究員会を代表して
民放連研究所客員研究員会座長
三友 仁志
 
 
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