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荒牧草平 著
『子育て世代のパーソナルネットワーク 孤立・競争・共生』
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まえがき
子育てをしていると、日々、色々な場面で判断に困ることがある。たとえば、子どもが朝起きてこなかったり、学校に行きたくないと言ってきたら、どのように対応すべきだろうか。単に甘えているだけなのか、身体の具合が悪いのか、学校で友だちとケンカでもしたのか。もしかしたら、いじめに遭っているのかもしれない。その反対に、元気は有り余っているのだが、親の言うことをまったく聞かない、ということもよくある。自分の言い方が悪いのか、無理なことを押しつけているのか、それとも子どもがワガママなのか。
こうした時、私たちは、配偶者や親きょうだいに相談したり、他の保護者や職場の同僚に話してみたり、場合によると学生時代の友人にSNS でたずねてみたりすることもあるかもしれない。すると、うちでも同じ様なことがあったけど大丈夫だったよと言葉をかけてくれたり、何か手助けをしてくれたり、役に立つ情報を教えてくれたりすることもあるだろう。あるいは、実際に相談したり助けを求めたりしなかったとしても、信頼できる仲間がいることでホッと安心できたり、周囲の子育てを参考にしてわが子に試してみたりすることもあるかもしれない。
このように、正解のない子育ての難しさに対して、私たちは必ずしも一人で対応しているわけではなく、周囲の様々な人々を頼りにしながら乗り切ることも多いように思われる。ただし、人づきあいには、このようなプラスの側面だけがあるとは限らない。
子どもが小さい頃に住んでいた家の近くには、幼稚園バスの停留所がいくつか点在していた。お迎えのバスを待つ母親たちの集団は、服装やお化粧の雰囲気からおしゃべりの様子まで、不思議なほどにはっきりとカラーが異なっていた。普段着を着てにぎやかに話しているグループもあれば、どこかにお出かけするのかと見紛うほどにブランド物のバッグを持って着飾っている一群もあった。もともと似たような背景や志向性を持つ者同士が集まっているということもあるだろうが、周りの様子を見ながら、そこから外れないように、互いに相手に合わせている場合も少なくないと思われる。
あるいは、親戚や友人同士で集まった際に、どんな話題がよく話されるかも、子育てのあり方に少なからず影響を与えているように思われる。わかりやすい例を挙げるなら、子どもの成績や進学先の学校、就職先の会社名などが頻繁に話題になるケースと、そうした話題が一切出ないケースとでは、子どもたちに塾通いや小中学校受験をさせる傾向にも大きな違いが生まれるのではないかと予想できる。
このように、誰とどのようにつき合うかは、様々な形で子育てのあり方に関与しているのではないかと考えられる。しかも、こうした人づきあいの様相は、子育てに限らず、親自身の生き方や社会に対する考え方にも少なからず関係しているだろう。
本書は、子育てをしながら筆者が感じた上記のような予想や疑問に対して、社会学の立場から回答を試みたものである。研究の目的を簡単に述べるなら、子育てに関わる意識や態度、価値観に対して、周囲の人間関係(パーソナルネットワーク)がどのように関連しているのかを、様々な社会調査のデータを用いて解明すること、と言えようか。その結果は、私たち一人ひとりの親にとって、より望ましい子育ての環境について考えるヒントを与えてくれるだろう。また、子どもたちが次の社会を形作っていくと考えれば、本書は、個々の家庭における子育てのあり方という個人的な問題だけでなく、より望ましい未来の社会のあり方について議論するきっかけにもなり得るように思われる。
ここで本書の主な結果を簡単に紹介しておこう。全体を通して見えてきたのは、子育て世代の人づきあいの様相が、特に女性の場合、孤立・競争・共生という3 つのキーワードでとらえられるということだ。ここで、共生という概念は耳慣れないかもしれないので、少し説明しておこう。これは、支援を与えてくれたり、互いに共感や信頼ができたり、子育てのお手本になるような相手がいることに対応した状況を表している。すなわち、こうした特徴のネットワークを豊富に持つ人たちは、育児不安になりにくく、肯定的な態度で子どもに接し、子どもが人々と協力し合って世の中に貢献するような大人になることを求めるとともに、弱者救済が重要であると考え、幸福感や社会に対する信頼感も高い傾向にある。それとは反対に、同調圧力をかけてきたり、競争意識の強い人々に囲まれ、特定の相手──女性の場合はママ友、男性の場合は同僚──とライバル関係にあるような人たちは、子どもに地位達成を求め、小学生の子どもに塾通いをさせるとともに、子育てに対する不安感が強く、幸福感はあまり高くないといった傾向を持つ。
ところで、従来の社会学的研究において、人々の意識や行動に対する影響要因として主に着目されてきたのは、職業・学歴・収入などの社会階層的な地位や資源であった。この見方からすれば、上記のようなネットワークの影響の背後でも、階層要因が作動しているのではないかと予想することができる。ところが、本書の分析によれば、人づきあいのあり方や子育てに関する意識に対して、階層要因はあまり関連していなかった。特に、お互いに助け合ったり社会貢献することを求める共生重視の子育て志向には、階層要因はまったく関連していない。ただし、その反対に競争重視の子育て態度には、家計の豊かさが一定の関連を持つという結果も得られている。また、子育てネットワークをほとんど持たず、孤立して子育てを行う人々は、経済的にも学歴の面でも最も低い層に多いという傾向も認められた。
こうした問題に関心を持たれたなら、ひとまず序章と終章に目を通して頂ければ、本書の全体像を把握できることと思う。その上で、さらに詳しい内容を知りたいと思われた点については、それぞれの章をぜひ開いてみて欲しい。ただし、本書は独立した論文を集めた論文集ではなく、議論は序章から順を追って展開されている。各章においても、それまでの内容を参照しながら相互理解が深まるように工夫しているので、前の章から順番に読んで頂いた方が、わかりやすいかもしれない。いずれにせよ、本書が上記のような問題を考える1 つのきっかけになれば幸いである。
付記
本研究は、主として、2019 ~ 2022 年度科学研究費補助金( 基盤研究(C):19K02541)「準拠枠としてのパーソナルネットワークと親の教育態度」の研究助成を受けて行われたものである。