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猪原健弘 著
『入門GMCR コンフリクト解決のためのグラフモデル』
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はじめに
本書では,複数の意思決定主体が関わるコンフリクトに対する数理的アプローチの1 つである「コンフリクト解決のためのグラフモデル(The Graph Model for Conflict Resoution: GMCR)」について,その数理的な基盤を解説する。特に,グラフモデルの構成要素,グラフモデルを用いたコンフリクトの表現,合理分析・効率分析・提携分析の方法について,数理的な定義と適用例を用いて詳述する。また,グラフモデルやその分析方法についてのさまざまな概念の性質や関係に関して,数理的な命題とその証明を掲載する。さらに,演習問題やチャレンジ問題,あるいは,課題を用意することで,内容のより深い理解,発展的内容への興味の喚起,研究トピックの広がりの把握を促す。
GMCR の数理的な基盤を解説する際に用いられる「数理」は,論理や集合に関する記号や初歩的な概念である。さまざまな概念の定義やそれらに関する命題と証明の理解のために,1.5 節に付録として,本書で用いる論理や集合に関する記号や概念のリストを掲載する。
第1 章から第7 章の各章は大学の高学年ないしは大学院での授業1 回分の内容がある。序章の内容を第1 章とともに,そして,終章の内容を第7 章とともに用いれば,講義中心の科目1 単位分を構成することができる。また,演習問題・チャレンジ問題・課題に取り組み,それらについての検討や解説を行う授業を各章についてそれぞれ1 回設ければ,講義と演習からなる科目2単位分を構成することができる。実際,東京工業大学の大学院課程の「意思決定論D」,および,東京工業大学社会人アカデミーの「GMCR セミナー」の「1基盤クラス」において,講義中心の科目1 単位分に相当する授業を本書の内容を用いて実施した実績がある。
本書の執筆と出版にあたっては株式会社勁草書房編集部の宮本詳三氏が,『合理性と柔軟性』(2002 年),『感情と認識』(2002 年),『合意形成学』(2011年)にひきつづき大変なご尽力をくださった。執筆,出版の機会を与えてくださったことに心から感謝を申し上げたい。本書の内容については,2005 年3 月から2006 年2 月の約1 年間の滞在から始まった,カナダ・Waterloo 大学の研究グループConflict Analysis Group (https://uwaterloo.ca/conflict-analysis-group/(図1)を参照)のKeith W. Hipel 教授(カナダ・Waterloo大学),D. Marc Kilgour 教授(カナダ・Wilfrid Laurier 大学),Liping Fang 教授(カナダ・Ryerson 大学)との学術的な交流に負うところが極めて大きい。私を研究グループの一員として受け入れてくださり,また,福山敬教授(鳥取大学),Kevin W. Li 教授(カナダ・Windsor 大学),Amer Obeidi 教授(カナダ・Waterloo 大学)などと繫いでくださったうえ,現在に至るまで交流を継続してくださっていることに感謝を申し上げるとともに,GMCR の提案・開発とその発展への長きにわたる多大な貢献に敬意を表したい。私が所属している大学や関係の部署の方々,私の研究グループのメンバーや修了生の方々,授業やセミナーで知り合う受講生の方々,学外でのさまざまな機会にお目にかかる方々からは,絶え間ない支援と刺激をいただいている。毎日,新鮮な気持ちでいられていることにお礼を申し上げたい。つねに前向な妻や私たちの親,カナダ滞在時に比べすっかり大人になった3 人の子供たち,また,多くの親類には,いつも元気と新しいアイデアをもらっている。そして,多くの尊敬してやまない先生方やすばらしい先輩や同級生や同僚,そして,優れた後輩に恵まれてきたことを実感している。私と関わりのあるすべての方々のお陰で現在の私があり,本書の執筆と出版を実現することができたと感じている。本書が少しでも,みなさまへの恩返しとなれば,そして,今後のGMCR の発展への貢献となれば幸いである。
2023 年5 月吉日
猪原健弘
(Conflict Analysis Group のWeb サイトのURL の二次元バーコードについてはpdfをご覧ください)
序章 ようこそ,GMCRの世界へ!
序.1 本書の目的は何か
本書の目的は,コンフリクトの表現や分析が「コンフリクト解決のためのグラフモデル(The Graph Model for Conflict Resoution: GMCR)」という数理的アプローチによって可能であることを読者に示すことである。そのためにここでは,本書で扱うコンフリクトとは何か,またGMCR とは何か,そして本書で考える数理的アプローチとは何かを明確にし,あわせて本書の構成を説明する。
序.2 コンフリクトとは何か
本書で扱うコンフリクトとは,複数の意思決定主体(以下単に,主体)が巻き込まれていて,主体たちの振る舞いの組み合わせによって達成される状態が定まり,そして,達成されうる状態に対して主体たちが持っている選好を通じて主体間の相互作用が生じている意思決定状況を指す。コンフリクトの具体例は第1 章で,そのストーリーを紹介することによって示される。
「主体(decision maker)」は,自身の振る舞いによってコンフリクトの状態を変化させることができ,かつ,コンフリクトの状態からの影響を受けると仮定される。しかし,コンフリクトの状態を変化させることはできないがコンフリクトの状態からの影響は受ける主体や,逆にコンフリクトの状態を変化させることはできるがコンフリクトの状態からの影響は受けない主体,さらには,コンフリクトの状態を変化させることもできずコンフリクトの状態からの影響も受けない主体を考える場合もある。
「状態(state)」は,主体に関するものではなく,コンフリクトに関するものを指す。コンフリクトの1 つの状態は,複数の主体の行動やオプションの選択の組み合わせによって定まると想定される。したがって各主体は,自分の選択を変化させることでコンフリクトの状態を変化させることができる。主体の選択の変化によって引き起こされるコンフリクトの状態の変化のことを,コンフリクトの「状態遷移(state transition)」と呼ぶ。各主体は,自分がコンフリクトの状態に対して持っている選好に照らし,また,自分が実行できるコンフリクトの状態遷移を用いて,コンフリクトの状態を自分にとってより好ましいものにしようとしている。
主体は達成されうるコンフリクトの状態に対する「選好(preference)」を持っている。ある状態は他のある状態以上に好ましい,ある状態は他のある状態よりも好ましい,ある状態は他のある状態と同程度に好ましい,あるいは,ある状態は他のある状態と好ましさを比較できない,というように,2 つの状態の間の比較を繰り返し,積み重ねることで,主体はコンフリクトの状態全体に対する選好を作り上げている。そして,主体それぞれが持つ選好が異なることで主体間の利害関係や相互作用が生じる。
本書では,主体・状態・状態遷移・選好という4 つの構成要素からなるコンフリクトを,「コンフリクト解決のためのグラフモデル(GMCR)」という数理的アプローチを用いて表現し,また,分析する。
序.3 GMCR とは何か
GMCR(The Graph Model for Conflict Resoution: コンフリクト解決のためのグラフモデル)は,コンフリクトを数理的に表現し,また,分析することができる数理的なフレームワークである。
GMCR に関する研究トピックは多岐にわたり,特に英語で書かれた研究論文や専門書がこれまでに数多く出版されている。ここでは,先駆的論文と最初の書籍,および,最近のレビュー論文を紹介する。
GMCR に関する先駆的な論文は1987 年に発表された文献[9] である。グラフモデルによるコンフリクトの表現方法と分析方法が提案されている。また最初の書籍は,1993 年に出版された文献[1] である。グラフモデルによるコンフリクトの表現方法と分析方法を網羅的に紹介し,達成されうるコンフリクトの状態の数がそれぞれ,49,37,28,13,16 であるような現実のコンフリクトの表現例と分析例を与えている。そして,GMCR の30 年以上にわたる発展のレビュー論文として,2020 年に発表された文献[4] と2021 年に発表された文献[3] が挙げられる。GMCR の基盤的内容のより深い理解と発展的内容および研究トピックの広がりの把握に有用な文献である。
GMCR は,現実のコンフリクトの多様な側面を扱えるようにするために,さまざまな方向に拡張されている。それらの共通の基盤は,コンフリクトを主体・状態・状態遷移・選好という4 つの構成要素で表現することである。このことは既に文献[9] で提案されており,本書もこの4 つの構成要素からなるコンフリクトを対象とする。この4 つの構成要素についての詳しい説明や数理的な表現は1.3 節で扱われる。
文献[9] では,GMCR の数理モデルとしての柔軟性を示す点として,無移動(no move: 状態遷移ができない主体が存在する状態がある場合),共通移動(common move: 2 つの状態の間の状態遷移が複数の主体によって実行可能な場合),不可逆移動(irreversible move: 2 つの状態の間の状態遷移がある主体にとって一方向のみ実行可能で逆方向の状態遷移が実行可能でない場合)の3 つの場合を表現可能であることを挙げており,これら3 つの場合をすべて含んでいるコンフリクトの例として「超大国の核対立」(文献[9] の図5 を参照)を紹介している。ただし,コンフリクトの主体・状態・状態遷移・選好という4 つの構成要素のうち,主体・状態・状態遷移の3 つだけが描かれていて,選好の情報は与えられていない。図序.1 は,文献[9] の図5 に基づいて著者が作成したものである。
「超大国の核対立」のコンフリクトにおける主体は2 つの超大国に対応する主体1 と主体2 で,これらは図序.1 の中では1 と2 で表現されている。また,状態には5 つあり,図序.1 の中では①,②,③,④,⑤で表されている。状態遷移は,主体1 が実行できるものが実線の矢印で,主体2 が実行できるものが点線の矢印で描かれている。図の中でのコンフリクトの構成要素の表現方法やその例について詳しくは,本書の1.3 節や1.4 節を参照してほしい。
「超大国の核対立」のコンフリクトの現実世界における文脈において,図序.1 の中の各状態と各状態遷移は次のように解釈される。①は2 つの超大国が平和を維持している状態を表していて,②は主体2 が, ③は主体1 が,通常兵器で他方を一方的に攻撃している戦争状態を表している。④は2 つの超大国が互いに通常兵器で攻撃しあっている戦争状態である。①と③の間と,②と④の間の主体1 による状態遷移,および,①と②の間と,③と④の間の主体2 による状態遷移は可逆的である。つまり通常兵器による攻撃を行っていない状態から行っている状態への状態遷移と,通常兵器による攻撃を行っている状態から行っていない状態への状態遷移の,両方の向きの状態遷移が可能である。
そして⑤は,核攻撃が行われて「核の冬」が起こった状態に対応している。この⑤は,他のどの状態からも,そして,2 つの超大国のいずれか,あるいは,両方によって達成可能である。また,一度この状態が他の状態からの状態遷移によって達成されてしまうと,元の状態に戻すことはできない。この状態遷移の不可逆性は,⑤に向かう実線の矢印と点線の矢印は描かれているが,⑤から他の状態に向かう実線の矢印や点線の矢印は描かれていないということで表現されている。
図序.1 には,無移動,共通移動,不可逆移動という,グラフモデルの数理モデルとしての柔軟性を示す3 つの場合がすべて含まれている。実際,主体1も主体2 も,⑤からはコンフリクトの状態遷移を実行できないので,これは無移動の場合に当てはまる。また,⑤への他の状態からの状態遷移は,主体1と主体2 の両方によって実行可能であるため,これは共通移動の場合に当てはまる。さらに,⑤への他の状態からの状態遷移は,逆方向の状態遷移ができないので,これは不可逆移動の場合に当てはまる。
この「超大国の核対立」のコンフリクトについては,本書の2.2.2 節の例2.2.8 において,同じ2.2.2 節の定義2.2.6 で定義される構造的安定性(STR)の概念を用いた分析例を示してある。
コンフリクトが主体・状態・状態遷移・選好という4 つの構成要素を用いて表現されると,さまざまな分析を実行することが可能になる。本書では,基盤的な3 つの分析方法である,合理分析・効率分析・提携分析を紹介する。分析方法は,分析者が知りたいこと,つまり,分析の目的に応じて選択される。合理分析・効率分析・提携分析を実行する目的は,それぞれ,1.2.1 節,1.2.2 節,1.2.3 節に述べられている。
序.4 数理的アプローチとは何か
現実の問題への数理的アプローチについて,本書での考え方を図序.2 に示す。
数理的アプローチを用いて問題解決を行いたい対象は,現実の社会の中で起こるさまざまな事柄,特に,意思決定に関わる諸問題である。このような「現実の問題(Real world problem)」(図序.2 の(1))は,小規模なものであっても通常とても複雑なので,それを何らかの方法で表現し分析することで問題解決への示唆を得るためには,表現や分析の目的に応じて現実の問題を単純化(Simplification)したり抽象化(Abstraction)したりする(図序.2 の(2))ことになる。単純化や抽象化が必要であることは選択するアプローチによらない。
数理的アプローチを用いる場合,現実の問題の単純化や抽象化の結果として得られるものは「数理モデル(Mathematical model)」(図序.2 の(3))である。数理モデルは,現実の問題の表現や分析の目的を達成するために現実の問題から抽出された,現実の問題の本質的な構成要素を含むように作られる。数理モデルは,同じ現実の問題についてのものであっても,表現や分析の目的の違いや本質的な構成要素の捉え方の違いによって異なりうる。
次に「分析(Analysis)」(図序.2 の(4))が行われる。この分析の対象は,現実の問題を単純化・抽象化して得られた数理モデルである。元の複雑な現実の問題そのものではない。そして分析の結果得られるのは,数理的な言葉で表現される「解・命題(Solutions / Propositions)」(図序.2 の(5))である。解や命題は数理的な言葉で表現されるので,ここで止めてしまうと,数理的な知見しか得られない。数理的アプローチを用いて表現や分析を行いたい対象は現実の問題であり,その目的は問題解決への示唆を得て,その示唆を現実の問題に適用することなので,分析の結果得られた解や命題を現実の問題の文脈において「解釈(Interpretation)」(図序.2 の(6))する必要がある。
解釈の結果「問題解決への示唆(Insights for problem solving)」(図序.2 の(7))が得られた場合,その示唆の「適用(Application)」(図序.2 の(8))を元の現実の問題(図序.2 の(1))に対して行う。ただし,解や命題からいつも問題解決への示唆が有意義な形で得られるとは限らず,また,問題解決への示唆が有意義な形で得られたとしても,さまざまな制約条件があるために現実の問題への適用が難しい場合もあり,さらに,適用が可能だとしても現実の問題がいつも解決に向かうとも限らない,ということに注意すべきである。あわせて,現実の問題は同じ事柄が何度も繰り返し起こるわけではなく,むしろ,唯一無二の事柄の連続である,ということにも注意が必要である。問題の解決のために示唆を適用すれば,それによって起こった変化は通常,元に戻すことができないので,示唆の適用は慎重であるべきである。
現実の問題は通常とても複雑であるため,示唆を適用しても予想されていた効果がさまざまな要因によって弱められてしまうことが考えられる。また逆に,示唆を適用することで予想されていなかった影響が生じることも考えられる。ここでの問題解決の対象は現実の社会の中で起こる現実の問題(図序.2 の(1))であり,そこには主体として現実の人や人の集団,組織,社会が巻き込まれている。示唆が現実の問題に適用されることになった場合,主体はそれを知ることになり現実の問題の捉え方や自らの振る舞いを変える可能性がある。主体の振る舞いの変化により現実の問題の構造が変化することが考えられ,その構造の変化により,適用された示唆の効果が弱まる,あるいは,予想外の影響が生じることがあり得る。これも現実の社会の中で起こる現実の問題の解決を難しくする要因である。
問題解決への示唆を現実の問題に適用したあと,現実の問題が十分に解決したかどうかを見極める。解決が十分なら問題解決のプロセスを終了する。解決が不十分な場合には,現実の問題の表現や分析の目的,および,本質的な構成要素を再検討し,単純化・抽象化の方法を見直し,数理モデルを新たに再構成する。本書における数理的アプローチでは図序.2 の(1) から(8) のサイクルを繰り返すことで現実の問題の適切な把握と十分な解決を目指す。
現実世界と数理世界
本書における数理的アプローチには現実世界(Real world)と数理世界(Math world)が想定されている。図序.2 の左端の記述の通り,図序.2 の上半分が現実世界で下半分が数理世界である。図序.2 の(1) から(8) のサイクルには現実世界と数理世界の間の行き来がある。サイクルの中の各ステップにおいて,そのステップが現実世界と数理世界のどちらの世界にあるのか,あるいは,現実世界と数理世界の境界をまたごうとしているのかを意識すると,そのステップで行うべきことがより明確になる。
現実の問題(図序.2 の(1))は現実世界にある。したがって現実の問題の把握には,現実世界からの情報の入手が必要である。単純化・抽象化(図序.2 の(2))は現実世界から数理世界へと境界をまたぐ活動である。現実の問題を把握し,問題の表現や分析の目的を設定し,問題の本質的な構成要素を捉え,単純化や抽象化を行って,数理モデルを作るという個別活動が含まれ,そこには,活動する者の判断や主観が関わってくる。単純化・抽象化の結果として得られる数理モデル(図序.2 の(3))が,さまざまに異なりうるのはそのためである。
数理モデル(図序.2 の(3))は数理世界にある。その分析(図序.2 の(4))も数理世界で行われる。分析に用いられるのは数理世界の言葉である論理や集合に関する記号や概念であるため,分析を行う者の判断や主観は関わってこない。分析の結果得られる解・命題(図序.2 の(5))も数理世界にあり,論理や集合に関する記号や概念などの数理世界の言葉で明確に表現される。
解釈(図序.2 の(6))は数理世界から現実世界へと境界をまたぐ活動である。これは,解・命題で用いられている数理的な概念や,解・命題で述べられている数理的な概念の間の関係が,現実世界における何に相当するのかを対応付けて,問題解決への示唆(図序.2 の(7))を得る活動である。対応付けは,現実世界にある元の現実の問題の文脈において,概念の定義や概念の間に成立する関係に忠実に行われるべきものである。しかし,対応付けが明確に一意に定まらない場合には,再度,活動する者の判断や主観が関わってくる。したがって,解釈の結果得られる問題解決への示唆は,活動する者の判断や主観に応じて異なりうる。
問題解決への示唆は現実世界にあり,また,元の現実の問題に対する問題解決への示唆の適用(図序.2 の(8))も現実世界にある。適用は,現実の問題に対する実際の働きかけであるため,その影響が現実の問題の文脈において広く注意深く検討されたうえで,適切に実行される必要がある。
序.5 本書の構成
本書の構成は次の通りである。この序章では,まず本書の目的,本書で扱うコンフリクトとは何か,そして,本書で考える数理的アプローチとは何かについて述べた。序章の残りの部分では,本書で用いられる記号,および,本書で紹介されるコンフリクトの例の分析の際に用いられる計算プログラムとその使用方法が紹介される。
第1 章では,まず,コンフリクトの例を与える。これは表現や分析の対象となる現実の問題(図序.2 の(1))である。次に,本書で扱う3 つの分析方法である,合理分析・効率分析・提携分析について,それぞれの分析目的を紹介し,さらに,グラフモデルの構成要素が主体・状態・状態遷移・選好の4 つであることを説明する。これは現実の問題の単純化や抽象化(図序.2 の(2))のガイドとなる。そして,グラフモデルを用いたコンフリクトの表現の例を示す。これは,現実の問題の単純化や抽象化を経て得られる数理モデル(図序.2の(3))である。つまり第1 章では,図序.2 の(1) から(8) からなる本書における数理的アプローチのサイクルの中の(1) から(3) までを扱う。こうして数理モデル(図序.2 の(3))として表現されるコンフリクトのグラフモデル(第1 章の定義1.3.1)が,第2 章から第7 章で紹介される合理分析・効率分析・提携分析という方法で分析される対象となる。
第2 章ではグラフモデルの標準的な分析方法である合理分析の目的と定義を与える。これは,数理的アプローチのサイクルの中の分析(図序.2 の(4))にあたる。そして,続く第3 章で,合理分析の結果と,そこから解釈を経て得られる問題解決への示唆の例を紹介する。これは,数理的アプローチのサイクルの中の解・命題(図序.2 の(5))と,解釈(図序.2 の(6)),および,問題序.6 記号9解決への示唆(図序.2 の(7))に対応する。
第4 章と第5 章は効率分析についての解説に充てられる。まず第4 章で効率分析の目的と定義を述べ,次の第5 章で効率分析の結果の例とそこから得られる示唆を示す。第4 章と第5 章の内容も,数理的アプローチのサイクルの中の分析,解・命題,解釈,および,問題解決への示唆に相当する。
第6 章と第7 章では提携分析を扱う。提携分析の目的と定義が第6 章で述べられ,提携分析の結果の例とそこから得られる示唆が第7 章で示される。第6 章と第7 章の内容も,数理的アプローチのサイクルの中の(4) から(7) に対応している。
コンフリクトのグラフモデルやその分析方法についてのさまざまな概念の性質や関係についての数理的な命題は,その証明とともに,第2 章から第7 章の各章に与えられる。また,各章の最後に,演習問題やチャレンジ問題,あるいは,課題を設ける。これらに取り組むことで,対応する各章の内容をより深く理解し,発展的内容に興味を持ち,研究トピックの広がりを把握してほしい。
本書の最後の終章では,本書のまとめを行い,その後,主体間の人間関係を表す「態度」をグラフモデルに導入する新たな展開を展望する。そして,参考文献と索引の前に,各章の演習問題とチャレンジ問題についての解説と解答例を示す。
(図と文献は割愛しました)