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『経済安全保障と技術優位』

 
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鈴木一人・西脇 修 編著
『経済安全保障と技術優位』

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『経済安全保障と技術優位』によせて
 
政策研究大学院大学名誉教授 白石 隆
 
 本書『経済安全保障と技術優位』は,2020─22 年,政策研究大学院大学(GRIPS)政策研究院にて,白石隆(政策研究大学院大学名誉教授)と西脇修(政策研究大学院大学政策研究院参与・特任教授)を世話人として実施した「安全保障と科学技術に関する研究会」の研究成果の一部である。研究会の主要メンバーによって,ここに一書が出版されることになったことを大いに嬉しく思う。以下,そのお祝いも兼ね,本研究会の背景をごく簡単に記しておきたい。
 「安全保障と科学技術」をテーマとする研究会の必要性はすでに2010 年代半ばから認識されていた。それには大きく3 つの理由がある。その一つは,2015年,中国が「中国製造2025」を発表し,次世代情報技術産業,AI(人工知能),新素材等を重点分野と設定し,軍事と産業の両分野で世界的優位を達成する意思を明らかにしたことである。米国は2017 年の国家安全保障戦略で中国を「修正主義国」と定義し,2019 年度の国防権限法では,海外企業による米企業の買収や合併を審査する対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化,重要技術,社会基盤(インフラ)に関わる投資も審査対象とした。米政府機関が中国通信大手「華為技術(ファーウェイ)」などのサービス,機器を利用することも禁止した。欧州諸国も安全保障上の重要技術に対する外資の投資規制に動いた。ドイツは2017 年から軍用設計品,サイバー技術,重要インフラなどを重点審査の対象とし,英国とフランスも量子技術,コンピューターなどへの投資規制を強化した。日本も2019 年,国家安全保障局(NSS)に「経済班」準備室を設置した。また臨時国会に安全保障上,重要な特定の日本企業に対する外資の出資規制を強化する外国為替及び外国貿易法(外為法)の改正案を提出した。
 もう一つの理由は,21 世紀に入り,ネットワークで繋がれたサイバー空間が成長する中,戦争と平和の境界が曖昧になったことである。ネットワーク中心の戦争は1991 年の湾岸戦争で初めて登場し,21 世紀には日本でも「ソサエティー5・0」にみるように,サイバー空間でネットワークで緊密に繋がれた社会が生まれるようになった。その結果,電気,ガス,水道,鉄道,航空,通信,金融など,ネットワークで繋がれたインフラをサイバー攻撃から守ることが喫緊の課題となった。また,戦争のあり方そのものが変化しつつあることも明らかだった(これについては,Christian Brose, The Kill Chain: Defending America in the Future of High-Tech Warfare, Hachette Books, 2020 参照)。
 さらにもう一つの理由は,新しい技術の進歩の速さ,特にAI,バイオテクノロジー,先端半導体といった新興技術の特性にある。「新興」は英語のemerging の翻訳であるので,新興技術とはいままさに「出現しつつある」技術という意味である。技術は常に誰かが何かのために使うものであるが,いま「出現しつつある」技術は,それが実際に出てきた時に誰が何のために使うか,はっきりとはわからない。また,基礎科学の知見が技術の発展に直結するので,進歩はきわめて速い。さらに,研究は日本でも欧米でも,大学,研究所と並んで,民間企業部門が大きな役割を果たしている。
 こうした事情を考えれば,政府がマルティ・ユースの機微技術の安全保障管理を厳格化し,重要な技術を守り,脆弱な技術を強化しようとするのはあたりまえだろう。しかし,この目的達成のためやるべきことも多い。「科学技術と安全保障」研究会はこれを考えるために,まず産官学横断的な小さなコミュニティを作り,特に2 つの政策テーマについて理解の共有を図ることから始めることにした。
 機微技術の安全保障管理には,日本のどの機関で,誰が,どのような機微技術について研究開発を実施しているか,国のどこかの機関が「知って」いなければならない。この情報があれば,国は外資の対日投資も適切に管理できるし,米国とその同盟国との先端新興技術についての情報交換もできる。では,そのためにはどのようなミッションの下,どのような体制を作ればよいのか。
 さらに,機微技術管理には「守り」と「攻め」が必要である。基礎科学と先端新興・基盤技術が将来の安全保障と産業発展の鍵であることを考えれば,「守り」と同時に,技術を育てなければならない。米国,中国,欧州諸国はすべてその方向に動いている。AI,新素材,量子技術,バイオテクノロジー,新エネルギーなど,日本の安全と産業の根幹に関わる科学と技術に重点的に資源投入しないという選択肢はない。では,その分野をどう同定するのか。どのくらいの資源をどう投資するのか。シーズとニーズのマッチングというが,新興技術は誰が何のために使うか,わからないことも多い。
 米国における「新自由主義秩序(Neo-Liberal Order)」の終焉と政治の分極化,中国の大国化と大国主義化,ロシアのウクライナ侵略等,急速に変化する国際情勢の下,安全保障と科学技術,特に先端新興技術をどう守り,どう育てるか。日本のどこで,どんなグループがどんな研究を行っているか。研究開発における外国政府等の影響へどう対応するか,先端技術の流出をいかに防止するか,安全保障と科学技術に関する諸問題について,有識者,政府関係者の参加を得て,米欧等で先行する議論,研究に関する文献調査も踏まえて,率直な意見交換を行ない,政府へのインプットも試みる,それが研究会の目的となり,また,そのプロセスで,研究会では互いの信頼に基づくコミュニティも形成されていった。
 幸い,経済安全保障推進法は昨年(2022 年),成立した。しかし,課題はまだまだある。経済安全保障推進法は日本の安全を守るための政策手段を整備するためのものであるが,これから先,日本が新しい経済安全保障上の脅威に直面すれば,それに応じて政策手段の道具箱はさらに充実させる必要がある。また,先端新興技術は「エンドユース」,「エンドユーザー」のわからない技術であることを考えれば,その開発においては,国家的課題について,「こんなものいいな,できたらいいな」が基本である。さらに,自由主義的国際秩序が信頼という基盤の上に成立していること,また,日本一国では自らの経済的安全を確保することはできないことを考えれば,サプライチェーン再編においても,共同研究においても,他国からの投資,技術協力においても,信頼できる国,信頼できる企業,信頼できる研究チームとの連携が基本であり,また,その前提として,他の国々,企業,研究チームが一緒にやりたいと思うものをこちらが持っていることである。そして最後に,日本にはまだ,どの研究機関で,どんな研究チームが,どこから,どのくらいの研究資金を得て,先端新興技術の研究を行っているか,どの国の,どの研究機関の,どの研究チームと共同研究をしているか,そうした研究の安全保障上の意味合いはどれほど大きいか,日本の経済安全保障には,どんな技術があればよいか,こうした調査研究も必要である。科学技術政策でも産業政策でも「知る」「守る」「育てる」が基本である。まずはできるだけ体系的に「知る」ところから経済安全保障政策は出発する必要がある。
 
 
はしがき
 
 米中対立の深刻化やロシアのウクライナへの侵攻等,国際秩序の大きな変化を受けて,経済安全保障と技術優位について,日本においても,国際的にも,大きな注目が集まっている。日本において,2022 年5 月には,経済安全保障推進法が成立し,米国や欧州においても,半導体等の先端技術に関する輸出管理や投資管理規制が強化されている。背景には,中国の急速な台頭による,米国を中心とする国際秩序への挑戦があり,その中核には技術優位性をめぐる争いがあるといえる。
 本書は,近年,注目されているこの経済安全保障とその中核にある技術優位性について,国際政治,安全保障,経済安全保障,科学技術の専門家と政策実務経験者が,それぞれの観点から独自の視点で論じ,これらのテーマについて関心がある,ビジネスパーソン,研究者,学生等の方々の理解を深める一助になることを目的としている。
 第1 章「米中の技術覇権をめぐる問題」では,鈴木(一人)が,「技術覇権」とは何かについて定義した上で,宇宙,5G,半導体その他新興技術(人工知能(AI),量子技術,バイオテクノロジー等)をめぐる,米国と中国の間の技術覇権競争の本質を論じている。その上で,このような米中の技術覇権競争の中での,日本の経済安全保障のあり方について論じている。
 第2 章「経済制裁研究の視座について」では,佐藤が,経済安全保障と技術優位とも密接に関係する,経済制裁について,経済制裁研究の対象,外交・安全保障政策としての経済制裁,国内政治と経済制裁,経済制裁の手段等の視点で,考察を加えている。その上で,急速に変化する現下の国際環境において,国際主義から各国独自へと,経済制裁の特徴が変化しつつあることを指摘している。
 第3 章「輸出管理と自由貿易体制」では,石川が,グローバリゼーションの下で技術優位の維持は可能かという問い立ての下,技術優位の確保の手段としての輸出管理と国際輸出管理レジームについてその歴史的な変遷,効果,自由貿易体制との関係について論じている。冷戦期およびポスト冷戦期に有効だった輸出管理も,中国の台頭という新しい状況の下でグローバリゼーションとの矛盾を露呈しており,米国を中心とした西側諸国の新たな政策の構築が必要と指摘している。
 第4 章「経済安全保障と通商政策:技術優位への影響」では,西脇が,技術優位の確保における,経済安全保障と通商政策との関係性について論じている。経済安全保障を自律性の追求,通商政策を相互依存の増大と捉えると,両者は緊張関係にあり,安定したグローバリゼーションの時期が終焉した今,新たな通商政策が必要とされていると指摘している。
 第5 章「権威主義体制下のイノベーション・エコシステムと技術優位」では,土屋が,米国と技術優位性を争う中国のイノベーション・エコシステムを取り上げ,権威主義体制下における,軍民融合型イノベーション等の特徴を有する,新興技術の研究開発・社会実装をめぐる戦略と課題について論じる。
 第6 章「経済安全保障から見た重要技術」では,中山と鈴木(和泉)が,経済安全保障から見て注目される人口知能(AI),量子技術,合成生物学等の新興技術と,その研究開発を進めるイノベーション・エコシステムについて,米国での取り組みを中心に論じている。
 第7 章「新領域の防衛と技術イノベーション」では,長島が,ロシアによるウクライナ侵攻におけるサイバー攻撃等も組み合わせたハイブリッド戦争等の分析と,そこから得られる教訓も踏まえつつ,先進技術の進化等に伴い,戦闘領域化するサイバー空間等の新領域における防衛と技術イノベーションについて論じている。
 第8 章「拡大するイノベーション・エコシステムとコンセンサス形成」では,齊藤が,安全保障領域における技術優位性の確保にあたって米国が直面する課題の一例として,人工知能(AI)分野における取り組みを取り上げている。AI の安全保障上の活用に関する国内コンセンサスをめぐる議論,同盟国・友好国間のコンセンサス形成と枠組みの多重化をめぐる取り組みを論じている。
 第9 章「研究インテグリティと研究セキュリティに関する米国の動向」では,北場が,米中対立の激化等,厳しくなる安全保障環境を受けて,米国で注目される研究インテグリティの問題について,米国の最新の動向に触れつつ,何が問題の本質となっているかを取り上げ,論じている。
 以上のように,本書は,第一線で活躍する気鋭の研究者,実務家が執筆陣に参加し,経済安全保障と技術優位に関し,それぞれの専門の観点から考察したものである。個々のテーマについての自己の主張を自由に論じ,執筆者の意見の調整等は一切行っていない。
 本書は,2020 年から,政策研究大学院大学政策研究院にて行っている,安全保障と科学技術に関する研究会(座長:白石隆政策研究大学院大学名誉教授)での発表を基に各自が大幅に加筆したものである。文責はすべて執筆者たちが負うものである。またこのような政策研究活動に対する政策研究院の渡辺修院長,白石隆名誉教授をはじめとする政策研究大学院大学の関係者の方々のご理解に厚く御礼申し上げたい。
 最後に,本書の刊行を快諾し,辛抱強く,編集の労を執っていただいた勁草書房の宮本詳三氏に,執筆者一同心からお礼を申し上げたい。
 
2023 年5 月
編著者
 
 
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