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谷口忠大・河島茂生・井上明人 編著
『未来社会と「意味」の境界 記号創発システム論/ネオ・サイバネティクス/プラグマティズム』
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第11 章 ロボットと人との共存:あとがきに代えて
(11-1)谷口忠大(創発システム、人工知能、ロボティクス)
(11-2)井上明人(ゲーム研究)
11-1 「 基礎情報学」と「記号創発システム」の相互浸透
人間にとっての言葉の意味はどこからくるのだろうか。僕らはそれとどう付き合っていけばいいのだろうか。それは普遍的な問いで、20 代前半の僕を強く捉えた哲学的な問いだ。その問いの深遠さは言語やコミュニケーションにとどまらない。言葉を用いて思考することは、自分自身をも形作る。大学院生だった僕は、そんな「問い」に向き合う、工学研究科機械系の学生だった。
2000 年代前半、自らの研究テーマや思想を形作る時期。SONY のAIBO が大ヒットを起こし、世の中は何度目かのロボットブームに湧いていた。指導教員だった椹木哲夫先生から「「人間と機械の関係性」をテーマにしてはどうか」と振られた僕は、そこから深入りを始めた。コミュニケーションにおける記号性。そして記号的コミュニケーションを支える自律性。やがて人工知能の基本問題である記号接地問題を相手取り、記号は接地するものではなく、創発するものでなければならないと喝破するに至る。ピアジェの構成主義やパースの記号論、マトゥラーナとヴァレラのオートポイエーシス論などに影響を受けながら、博士課程の研究は「記号創発システム論」へと到達した。
一方、僕が博士課程の学生だった時期、京都大学の大学生協で一冊の書籍と出会った。西垣通『基礎情報学』である。それを開いて僕は強いシンパシーを覚えた。全く独立した研究の流れにありながら、オートポイエーシスや環世界論、ピアジェの発生的認識論、パースの記号論などの理論構成の骨組みに驚くべき共通項があった。ただ僕が取っていた「構成論的アプローチ」の要素や身体を持つ「ロボット」を用いることで、実世界情報を学術的議論に直接的に組み込む方法論はなかった。一方で、『基礎情報学』は社会学的な議論をカバーしていた。
2006 年に僕が上梓した学位論文『環境との相互作用に基づく自律適応系の構成論的研究』は工学の学位論文でありながら、哲学的な含意も有するものだ。また、西垣通先生に読んでいただくことを意識していた。後に東京大学の西垣ゼミを訪問し、僕は自らの研究を発表する機会を得た。大いに評価いただき、激励の言葉を頂いたと記憶している。
それから一年が過ぎ、京都に訪れられた西垣先生から「一冊書いてみないか」と言っていただいた。それが僕の処女作『コミュニケーションするロボットは創れるか──記号創発システムへの構成論的アプローチ』(NTT 出版)である。この出版がきっかけの一つとなり、2010 年代を通して様々な交流が生まれ、国内における「記号創発ロボティクス」のコミュニティが立ち上がっていくことになる。その成果は『記号創発ロボティクス 知能のメカニズム入門』(講談社)、『心を知るための人工知能──認知科学としての記号創発ロボティクス』(共立出版)などで報告している。記号創発システムへの構成論的アプローチとしての記号創発ロボティクスは、国内にとどまらず、海外のコミュニティへと徐々に広がってもいる。
しかしそんな中、僕の中で忸怩たる思いもあった。それは「記号創発システム」というそもそも「人間にとっての意味」を理解するために生んだ理論が、「人工知能やロボットのための理論」のように捉えられてきたことだ。それは僕が学術活動において自らの身を人工知能やロボティクスという分野に置いてきたから仕方ないことかもしれない。その一方で、認知科学や言語学といった近しい領域のみならず、哲学や社会学といった分野の研究者からも「記号創発システム」や「記号創発ロボティクス」に共感や評価の声を頂いてきたのも事実だった。
もう一つある。それは「基礎情報学」とそれを包含するネオ・サイバネティクスとの近接性にもかかわらず、シナジーを持った相互作用を生み出せていないことだった。そのキー概念であるHACS と、記号創発システムのシステム描像の親和性はあるものの、その類似と差異すら明らかになってこなかった(本書第3 章ではじめて議論された)。
このような問題意識の下、記号創発システム論とネオ・サイバネティクスの相互浸透を図る本書を企画することができたのは、意義深いことだと思う。それにとどまらずさらに、プラグマティズム、言語発達、言語習得、ゲームAI などといった「意味」に関わるトピックを盛り込み、有機的な議論を行うことができた。
「文理融合」という言葉はしばしば口にされる言葉だ。しかし実際に「文理融合」という現象が、実質的な意味を持って顕現することは稀である。そこに至るには、学際的な問題意識の維持、時間を掛けたコミュニティ間の越境、異なる学問習慣についての相互理解、そして偶然か運命が導く「縁」のようなものさえ必要になる。
日本は、技術は一流だが、思想は「舶来主義に囚われがち」だともいわれる。しかし、本書に二本の支柱を通す「記号創発システム論」と「基礎情報学」は日本において生まれた思想群である。もちろんそれらは海外の思想の影響を受けている。しかし、それは確かに日本において生まれた思想群なのだ。本書のそういった側面もメタに感じ取っていただければ幸いである。
その意味において、初の「相互浸透」となった本書は、一方で、各章の著者の議論が、同じ哲学の下に統一されたものとはなっていない。異なる文脈から漕ぎ出しつつ「相互浸透」領域に足を踏み入れた各論者の視点は、むしろそれぞれの理論の類似と差異を前景化させていった。本書を通して浮かび上がるのは、各種学理の間で行き来する「類似」と「差異」の生々しい往復運動である。
著者間での一年間を超える議論を経て本書は生まれた。それぞれがそれぞれの視点を理解し、一つの書籍としてまとまるべく努力をしてきた。しかし、やはりでき上がった原稿を読むと、そこに「一筋縄ではいかない何か」を感じるのだ。
でもそれでよいのだと、あとがきに代えて、思う。それこそが僕たちが始めたチャレンジの象徴(symbol)であり、未来へ向けた確かな一歩だと思うのだ。「ロボットと人との共存」はいかにして可能なのか。社会の中でロボットは「意味」を僕らと共有するプレイヤーになりえるのか。各章の著者により、その立場は微妙に異なる。その議論が理工系のみでも、人文社会系のみでも収まらないものであることは明らかだろう。だからこそこのメルクマールに、僕は強い意義を覚えるのだ。
本書がまた一つの礎石となり、実りある学術的議論が展開されていくことを期待したい。(谷口忠大)
11-2 「意味」をめぐる概念たち
2021 年度より開催されてきた記号創発に係る学際的な研究会の議論を元して、本書は構成されたものである。
多様な分野の専門家が、記号、情報、システムなどの近い現象を異なる観点から論じている点は本書の魅力であるが、一方で、この特徴は読者にとってやや概念系が複雑に感じられかねないところがある。そのため、本書で用いられている概念を、読み進めるための整理をしておきたい。
特に注意を要するであろう点としては、第一に、記号概念のような、文脈によって意味が全く異なる形で使われやすいものについて確認をしておいた方がよいだろう。第二に谷口の唱える記号創発システムに係わる概念、第三にシステムと情報の概念などの一般的ではあるが基礎情報学の文脈において様々な議論のある概念である。
まず、記号概念については、第4 章2 節の加藤による解説が詳しい。数学的・記号論理学をベースにしている記号と、パース記号論が対象とするような人間社会における記号の概念が別のものである、ということが強調されている。この区分は、他の章でも重要な区分としてたびたび強調されている点だが、文脈によって記号概念の使われ方の意味を取り違えると、端的に文章として何が書かれているのかが読めないものになるだろう。
そして、谷口の記号創発システム(図2.3 参照)については、本書のほとんどの章で検討されているものになる。「記号創発○○」についての議論が分かりにくければ、まず第2 章を読んでもらいたい。記号創発システムは、谷口によって整理された記号的コミュニケーションを可能にする過程を全体として捉えた図式的モデルである。また、それと似た用語として、創発的記号システムと、記号創発ロボティクスも区別されて使われている。
創発的記号システムは、創発した記号の体系であり、ソシュールの記号学におけるラングや、基礎情報学における意味ベースの議論に近いものとされている。
一方、「記号創発ロボティクス」は、記号創発システムへの構成論的アプローチとして区別されている。なお、記号創発ロボティクスについては、長井によって、第5章でより詳しく論じられている。
システムの概念については、第3 章で西田によって細かく検討がなされている。オートポイエティックなシステムと、階層的自律コミュニケーション・システム(Hierarchical Autonomous Communication System: HACS)についての関係を整理した上で、谷口の唱える記号創発システムモデルを、どのような意味でシステムとして考えることができるかが論じられており、社会システム、心的システム、自律性、他律性など様々なサブ概念も提示されている。
情報の概念については、第6 章2 節の原島による議論で詳説されている。「生命情報」「社会情報」「機械情報」という三つの情報概念が区別されており、情報の概念については第7 章の佐治による議論と併せて読んでもらえればと思う。
最後に、研究会および本書の編集会議の場では、著者らは多くのバックグラウンドとなる知見を共有しながらも、同時に、システム、環世界、身体性といった概念について、どのように解釈するかの議論がたびたび戦わされてきた。第1 章でも述べられている通り、本書公刊時点で、それぞれの論点について、著者間での最終的な合意がなされているわけではない。哲学、心理学、ロボット工学、AI、言語学などの多様な分野の専門家による「意味」についての議論は、毎回、熱を帯びたものであり、こうした論者による見解の違いこそ、学際的議論を続けるところの面白さだろうと編者としては捉えている。本書によって、その熱気の一端でも感じ取ってもらえれば、と思う。 (井上明人)
謝辞
本書のできあがる前提となった、全体の研究会は、立命館大学の第3 期拠点形成型R-GIRO 研究プログラム「次世代人工知能と記号学の国際融合研究拠点」および、第4 期拠点形成型R-GIRO 研究プログラム「記号創発システム科学創成:実世界人工知能と次世代共生社会の学術融合研究拠点」の支援を受けたものである。
また、各章の議論は次の研究資金の助成を受けている。
第1 章・第3 章・第6 章・第9 章:科学研究費補助金基盤研究(C)「機械と人間との感性および創造性の異同をめぐるネオ・サイバネティクス的研究」(研究課題番号:JPN20K12553)
第2 章・第5 章:JST CREST 研究「記号創発ロボティクスによる人間機械コラボレーション基盤創成」(研究課題番号:JPMJCR15E3)
第2 章:科学研究費補助金基盤研究(A)「記号創発システム論に基づく共創的学習の基盤創成」(研究課題番号:JP21H04904)、科学研究費補助金基盤研究(B)「確率的生成モデルと深層学習の双対的関係を活用した自己組織型認知アーキテクチャ創成」(研究課題番号:JP18H03308)
最後に、本書の編集を務めていただいた勁草書房の山田政弘氏に感謝を申し上げたい。