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ダンカン・ベントレー 著
中村芳昭 監訳
『納税者の権利 理論・実務・モデル』
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日本語版への序文
日本は高度に発展した税制を有しており,この税制は他のOECD 法域の最良の特徴の多くを備えている.それゆえ,日本が立法的にも行政的にも実施可能な納税者の権利を未だに有していないことは興味深い.
税制とその過程を統合して「ソフト・ロー」によって具体化されていると伝統的に考えられていたのかもしれない.しかしながら,21世紀において納税者はますます高い教養を身につけている.納税者は税務当局に対し明確に説明責任を負ってもらいたいと望む.納税者は,自分たちが公正に取り扱われると確証されることを願う.税務当局が納税者とその租税問題を取り扱う方法においてできるだけ確実であることを願う.
したがって,税務当局が基本的な納税者の保護の基本的原則を維持しようとする方法を明瞭に示すことが重要である.その場合,社会は明確な基準を持ち,統治の手段としての税務当局の行為とその有効性をそれらの基準に照らして判断すべきである.いま1 つ別の利点として次の点がある.単に納税者の権利を明定しかつそれらを実施することに誠実性を示すことによってのみ,納税者の法令遵守が改善し始めることが研究と経験の双方によって明らかにされている.
納税者のほとんどは租税法を遵守したいと望んでいる.もし納税者の権利が承認されれば,納税者は通例進んで租税法を遵守しようとし,そして租税法の実施することの費用は減らすことができる.それゆえ,筆者としては,日本の税制を世界で最も洗練されたものの1 つとして維持するに当たって,私の著書が,この度,関心のある人々に入手できるようになることをうれしく思う.強制可能な納税者の権利を実施することに向かうときに,筆者としては,他の法域の経験が日本に役立つよう望む.
本書の翻訳に従事しすばらしい翻訳を成し遂げたことに対し,中村芳昭教授,望月爾教授,岡田俊明氏,岡幸男氏,中西良彦氏および背戸柳良辰氏に私からの感謝を申し上げる.また,この著作を日本の読者に確実に届けることができるようにしていただいた勁草書房の支援にも感謝する.
ダンカン・ベントレー
序文
人々のウエルビーイング(満ち足りた状態)や幸福は自分たちの社会の構造的特徴への信頼と信任,ならびに,自分たちの共同体との関わり合いの調和と関連している.それら自体,基本的に善であると特徴づけられるとしても,こうした枠組みは諸国家の中核であり,それらの枠組み自体,尊重されなければならない.
民主社会では,法の支配は,人々の権利,人々の努力および人々の慈善行為を保護する.もっとも,法の支配が差別または汚職を対象外として強制できないか強制しないならば,権利はほとんど意味をなさない.
課税は文明社会を維持するために用いられる手段である――すなわち,それは権利に意味を持たせる政府の財やサービスの資金を賄う.しかも,税務行政の方式や実効性は国民の税制における共同体の信任に対しておよび市民と国家との間の関係に対して影響を及ぼす.
税務行政におけるベスト・プラクティスは,次第に,〔税務行政を〕命令・統制への基本的依存を脱して「共同体における信頼,支援および尊厳を打ち立てることを意図する応答的でサービス志向へと」移行した.こうしたアプローチは,税制の適切な運営のための法的道徳的基礎として,納税者の権利を納税者の義務と同程度に強調する.
オーストラリア国税庁が世界のベスト・プラクティスを確立するさいに先導的役割を果たしてきたと述べることは喜ばしいことである.とりわけベントレー教授によって述べられた分野は次の通りである.
― わが国の納税者憲章のもとで設けられた紛争解決プロセスであるが,これは実効的な紛争解決制度を設計するために用いられるが,租税手続に採用されるより広い要件に従ったもの
― グッド・ガバナンスの原則と高度な信頼性の原則を採用したこと
― 広範な納税者の保護をもたらす行政上の権利の一般的枠組みであるが,これは内部管理によるとともに外部的にはオンブズマン事務所を経由する実効的な仕組みによって裏付けられていることが確認されているもの
税務行政の側における正当な法律とこれらの遵守,統合性,公開のグッドガバナンスおよび説明責任の重要性が過小評価されてはならない.優れた税務行政に焦点を当てることは,コンプライアンスの改善と共同体の信頼や信任との間,ならびに税務行政の価値観と納税者の経験との間における相関関係を基礎にしている―すなわち,かりに「公開性,透明性,効率性および実効性に風味を付けられるとすれば,この風味が総体として政府に対する(納税者の)見方を確実に形成する.」
ベントレー教授が推奨したことのいくつかは権利としての分類が適切であるのか否かまたは性質的により手続的なものであるのか否かについては議論があるだろうが,納税者の権利と社会の受容との間の適切な均衡を述べることを意図した包括的な分析には,評価に値する価値がある.納税者の権利に関してベスト・プラクティスのモデルがあまりに固定的にすぎると,そうした均衡関係を向上させる上で革新を抑えることになる.他方で,ベスト・プラクティスのモデルは,発展途上国が従うべき基準や先進国の評価基準をもたらすことになる.
ベントレー教授が納税者の権利の理論と実施措置を掘り下げ,私たちを探求の旅に連れ出してくれたことを祝福したい.
2007 年2 月
国税庁長官
マイケル・ダッセンゾ
はしがき
課税の舞台への納税者の権利の登場にはやや不確定なプロセスがあった.政治家や政策立案者は,市民が確実に保護されることに関心がある.彼らはまた,政府が依拠する税収を保護することの重要性も認識している.すなわち,納税者の権利の議論の場への彼らの積極的関与は一般に慎重なものであった.税務行政においてベスト・プラクティス(最良の行政実務)の方向に向かって業務を行おうと努める点では,歳入当局の方がより積極的であった.これらの歳入当局の努力には,行政上の権利憲章および紛争解決制度の拡張が含まれている.
したがって,納税者の権利に関する起源,理論および実施措置をより包括的に論ずることが適当である,本書は,執筆にやく10 年間を要した.本書の構想は,私が編集を行いかつ一定範囲の国々の法域の執筆者が寄稿した,納税者の権利に関する早い時期の比較研究書を出版する期間中になされた.そうした各国の執筆者が自分の法域に対してなした洞察眼あふれる分析は,広範な権利論とその実施措置に基づいた,国際的な納税者権利モデルを検討するための基礎をもたらした.
私は,数多くの友人や同僚,とくにヴィクトリア大学ウェリントン法学部のジョン・プレブル(John Prebble)教授,ワイカト大学マネッジメント・スクールのクリントン・アレイ(Clinton Alley)准教授およびエグゼッター大学スクール・オブ・ビジネス& エコノミックスの経済学准教授のシモン・ジェームズ(Simon James)から,執筆に当たって貴重な激励を受けた.香港大学のアンドリュー・ハルクヤード(Andrew Halkyard)教授,ウエスタン・オーストラリア大学のグレン・バートン(Glen Barton)准教授およびニュー・サウス・ウェールズ大学のマイケル・ワルポール (Michael Walpole)教授が,論文形態の完成原稿を通読し,非常に貴重な助言を与えてくれたことに対し,大いに感謝を申し上げる.オーストラリア国税庁長官のマイケル・ダッセンゾ(Michael DʼAscenzo)は,数年にわたる会議において,親切にも,初期の論考に対し質問やコメントを与えてくれた.また,オーストラリア国税庁不服申立者支援局長のキャロル・ピメンテル(Carol Pimentel)は,オーストラリア国税庁の紛争解決制度に関する現行の運用について事実に基づく詳述をする上で,大いに力になってくれた.本書の欠陥のすべては私に責任がある.
私がこの研究を完成させるために休暇を取ることを許してくれたことにつき,また本書の作成過程において私を励ましてくれたことにつき,ボンド大学の同僚には大きな恩義がある.とりわけ,マイケル・ワイアー(Michael Weir)教授は,私が数年間にわたり副学部長をつとめた際に確固とした支援と友情を与えてくれた.彼が進んで私の代りをすることを引き受けたことおよびその役を遂行する彼の手腕は,私に本書の完成のための時間と心の平穏を与えてくれた.
本書出版の長期にわたる作業を通して,私の家族は尽きることのない愛情と,気づかいと,創造的刺激を与えてくれた.
2007 年1 月
ダンカン・ベントレー
訳者あとがき
急激な経済社会の変化にともなって税制が徐々に複雑化するなかで,納税者自身が各自の税金を自発的申告・自発的納付によって納税する申告納税制度の採用が世界各国でかなりひろく進んでいる.このような背景の中で,納税者が,その自主申告・納付において,租税法の不十分な理解,誤解,間違い等によって不適正な納税を行えば,行政制裁,ときには刑罰まで科される.一方,申告納税制度の採用によって税務行政は格段に効率化される.それにもかかわらず,税務当局の役割は伝統的な命令・統制に基づく対応でよいのか.両者の関係は,果たして法的に租税正義に適っているといえるのか.こうした疑問はだれしもが抱く素朴な疑問である.
租税手続法について,広範な範囲と膨大な資料に基づく研究に基づいて,こうした疑問に真摯に回答しようとしたのがDuncan Bentley, Taxpayers’ Rights: Theory, Origin and Implementation, Kluwer Law International BV, the Netherlands, (2007)である.本書はその原著の翻訳である.ベントレー教授は,租税手続の各分野における納税者の権利保障を理論と実際の両面から論じ,最終的に標準的な納税者の権利モデルを提案している.また,これに合わせて,税務行政も伝統的な命令・統制のアプローチから支援・サービスのアプローチに転換すべきことも述べ,こうした変化に応じた権利保障にも言及している.
1.本書の成り立ちと著者
本書はオランダのKluwer Law International 出版社からそのInternational Taxation シリーズの1 冊として出版されている.本書の理解のうえで,本書の成り立ちについて簡潔に触れておくことが便宜であろう.本書が成るにあたって約10 年を要したことが述べられているが(著者によるはしがき),その間における次のような経緯が基礎とされている.
第一次的には,著者がボンド大学法学部へ博士号学位請求のために2006 年に提出したPhD 論文,A Model of Taxpayers’ Rights as a Guide to Best Practice in Tax Administration が基礎とされている.この論文によって2007 年にPhD 学位が授与されている.この学位請求論文の章立てを見ると,本書の章立ての論点の多くがすでに含まれている.
もう1 つは,より早い段階で,納税者の権利の国際的な検討のために,かなりひろく各法域の祖税法研究者に寄稿論文を依頼して編集・出版したDuncan Bentley ed., Taxpayers’ Rights: An International Perspective, Revenue Law Journal, Queensland(1998)がある.この編著書の作成中に本書の着想を得たことが,著者自身によって明らかにされている(著者によるはしがき).
ベントレー教授は,本書の執筆当時,ボンド大学法学部の租税法の教授であったが,その後いくつかの大学を経て,現在はフェデレーション大学の副学長である.その租税法の論文は多数に登るが,その何点かの編著書も含め,その大半は納税者の権利に関係するといえるほどである.その関心は,本拠地のオーストラリアや同様のコモンロー系の諸国はもとより,主要な大陸法系の諸国をも対象にし,さらにはこれらの先進国のみならず発展途上国の納税者の権利にまで及んでいる.このことからすれば,ベントレー教授はまさに納税者の権利に関する専門家と呼ぶに相応しい.本書は,納税者の権利に関して,このような広範な関心をもって研究を行ったベントレー教授の研究の成果として位置づけられるものである.
2.本書の特徴といくつかの批判
本書は,主として租税手続法における主要な領域である税務調査手続,課税処分等手続および徴収手続における納税者の権利を論じる.さらに,これら権利保護の強制について触れるとともに,権利の実効性の観点から権利救済も取り上げ,不服申立手続における納税者の権利を論じ,関連して守秘義務や税務代理人選任等やその他権利も述べている.要するに,租税手続的な納税者の権利をほぼ網羅的に論じている.しかも,それらの権利の主要なものを国際人権法や憲法の普遍的な人権および法理論に基づいて基礎づけるとともに,上述のように,最終的に標準的な納税者の権利モデルとして提案している.
その特徴として,第一に,国際人権法や憲法の普遍的な人権保障によって納税者の権利を基礎づけ,これ前提にしてそうした納税者の権利の議論を行っていることがあげられる.
第二に,納税者の権利を立法によるものはもちろん,これらに関連する周辺的な権利である行政的な権利も含めて納税者の権利を4 分類している.①第1次的法的権利,②第2 次的な法的権利,③第1 次的な行政上の権利および④第2 次的な行政上の権利がこれである.①の権利は通常の租税立法上のものである.これに対し,②の権利は強制可能な納税者の権利として,一般的段階では租税法の執行,徴収,強制の過程の作用に基準を提供するとともに,個別的段階では税務当局による決定の理由付記やアドバンスルーリングの適用の規準などで認められるものとされている.
この②の権利は,行政上保護することも可能であり,この場合は③の権利とされる.その例として,一定の状況で弁護士と顧客の間でやりとりされる文書が多くの法域では専門家特権として保障されることをあげ,この特権は,オーストラリアでは弁護士には法的な特権として保障されるのに対し,職業会計士と顧客との間の一定の文書には国税庁長官によって裁量的に同様の特権が認められていることを紹介したうえで,これら両権利は,保護が同一であるとしても,②の権利と③の権利とは性質的には異なるものとしている.さらに,立法化されることがないが,税務行政におけるグッド・プラクティスの原則,グッド・ガヴァナンスの原則の要請に基づき,具体的手続として,たとえば税務当局による納税者の支援・サービスの提供のさいに,納税者が支援・サービスを受ける権利や職員による礼儀正しい対応を求める権利などが社会的規範として問題となり,こうした権利を④の権利として区分する.
第三に,納税者の権利と納税者の権利モデルは一般に承認された租税原則の一定のものによって基礎づけられる必要があることが述べられている.これらの原則も前述のグッド・プラクティスの原則,グッド・ガヴァナンスの原則の要請と同様に,納税者の権利の一定のもの(主としては行政上の権利)についてこれら権利の適用基準を設定するさいに有益であるとされる.
その他,これらの特徴以外にも租税手続上の納税者の権利保障に関連して多くの論点が盛り込まれている.わが国の同様の問題を考えるうえで本書の議論は大いに参考になる.
本書の研究範囲が広範であり包括的であることも特徴の1 つである.著者の研究の本拠はオーストラリアであるが,この法域を中心としながら,他の主要なコモンロー系の法域はもとより,大陸法系の法域の主要国もとりあげている.また,先進国を中心としながらも一定の発展途上国の制度にも言及している.さらに,本書が検討対象とする学問領域は租税法を中心とすることはもちろんであるが,これに留まらず租税法以外の法学領域はもとより法学以外の多くの学問領域の議論に及ぶことも少なくない.その調査検討はこれまた膨大な資料や文献等によって行われている.
こうした本書の内容にはもちろん批判もある.Andrew Halkyard 教授によって,すでにいくつかの批判的なコメントが寄せられている.これらのコメントを簡単に触れておくことが,納税者の権利の今後の研究の発展のうえで有益であると考えられる.コメントの主なものは次の通りである.
第一に,本書の納税者の権利の議論が,税制の中心が直接税と間接税の区分からすると,印象によることを断りながら,何れを中心とする体系かを明確にしないでなされているのではないかという指摘である.すなわち,間接税体系の税制をとる国が多くなっているのに,本書の中で引かれている事例,事件およびコメントの多数が直接税を背景にして焦点が当てられるべきものであるのではないかという批判である.
第二に,納税者権利モデル自体の条文のいくつか,例えば裁量の行使,不服申立段階での納税者による主張の認容の場合の費用支払いおよび法定の専門家特権を定める条文の内容は過剰に納税者に好意的に過ぎ,おそらく多くの法域で受け入れられず,主流のコモンローの標準を上回るので,納税者の権利法モデルの「普遍性」や「実用性」を減ずるかもしれないというものである.
第三に 強制可能な権利の多くが明確に一般的な行政法典と関係があるときに,納税者の権利モデルにおいて,別個に取り扱われる理由が明らかではないという批判もなされている.
これらのうち,第一と第三の点は本書の議論を受けて,今後,さらに研究されなければならない論点であるといえよう.これに対して第二点は,納税者の権利モデルに含まれている各条文およびその各内容については,著者自身も述べているように,各法域がその文脈に合わせて採否を行い,採用条文の内容も調整のうえ規定されるべきものとされるのであるから,その調整に委ねられるべきものといえる.
3.本書の意義
本書の意義は,手続的な納税者の権利の詳細な検討に基づいて標準的な納税者の権利モデルの提案を行っているところにあるといえる.他方で,とくにわが国の文脈では,租税手続における納税者の権利保障を国際人権法や憲法上の普遍的な人権保障によって基礎づけていることも加えられるべきである.後者の点についていえば,このような本書の議論は租税手続法の領域で体系的に論じたものとして先駆け的なものといえる.ちなみに,その後,こうした手続的権利のみならず,租税実体的な権利も含めて,より広く課税における人権保障の問題を論じた著書として,Miguel Poiares Maduro, Pasquale Pistone et al, Human Rights and Taxation in Europe and the World, IBFD, electric 2011 や,Philip Alston and Nikki Reisch eds., Tax, Inequality and Human Rights, Oxford University Press, 2019 などが著されている.
すくなくとも納税者の権利憲章や納税者権利立法の制定が始まった1980 年代以前は,こうした議論が人権を基に本格的になされることは,伝統的な命令・統制アプローチの考え方が強く支配していることもあって,法理論的に困難な状況にあった.これに対し,人権に基づく納税者の権利保障が主張されるようになった重要な要因の1 つに,1950 年欧州人権条約の制定とその実効性の確保のための欧州人権裁判所(フランスのストラスブール)の設置(1959 年),その後の条約改正による常設化(1998 年)を指摘することができる.とくに欧州人権裁判所は,加盟国の公権力行使による事件を受理して判断できることとされ,この事件には租税訴訟も含まれたからである.欧州人権条約が保障する人権違反の税務事件に対する欧州人権裁判所による判決が,本書の刊行時よりかなり前にすでにかなり多く蓄積されていた.
ベントレー教授による納税者の権利を論じた本書の内容について,上述のような特徴を一見すると,著者による納税者の権利の主張はリベラルあるいはラジカルにすぎると受け取られるかもしれない.これについては,著者自身が,基本的には,税務行政当局による税制の執行と納税者の権利保障とは均衡されなければならないという観点を本書のいくつかの箇所で強調していることを述べれば足りる.また,納税者の権利保障と税制の執行に当たる税務当局によるこれに対する対応については,とくに先進諸国を中心に立法や憲章による納税者の権利保障が導入されていた事実と,これに伴ってアメリカに代表される税務行政組織の転換があったという事実を基礎に述べられていることが指摘できる.
いずれにせよ,租税手続における納税者の権利を網羅的に検討し,標準的な納税者の権利モデルを提唱している本書のような類書は,わが国にはない.また,わが国にはまとまった形の納税者の権利保障法または権利憲章もまだ制定されていないことからすれば,本書が,これを検討する切っ掛けとなることを望む.
最後に本書の翻訳作業には,時間的にも労力的にも非常に多大な努力を要した.これは,上述したように,本書が,内容的にオーストラリアを中心としながらもコモンロー系と大陸法系の双方にわたり先進国のみならず発展途上国の法制度にまで及び,さらには租税法を中心に他法学分野,時には法学以外の社会科学の領域にも及んでいたためである.本書で使用・引用されている各種の関係原則,法制度,判決,事例,提言などの主要なものについて可能な限りインターネットその他の資料によって確認し,必要ならば翻訳の訂正や修正等を担当者に何度もお願いした.また,本書の翻訳の,原著の英文との照合・修正作業は岡幸男税理士に,脚注の翻訳と引用の簡略表記は岡田俊明税理士にそれぞれ引き受けていただいた.もちろん,各担当部分は,最終的には当該担当者の責任によるものであることはいうまでもない.
今日の出版事情が大変に厳しい時期に,本書の翻訳の完成を粘り強く待っていただいた勁草書房に対し深く感謝を申し上げたい.また,本書の翻訳を推進し粘り強く督励し続けてくださった竹田康夫氏に対しても,改めて厚くお礼を申し上げる.
訳者を代表して
中村芳昭
(注は割愛しました)