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『知識コモンズとは何か――パブリックドメインからコミュニティ・ガバナンスへ』

 
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西川 開 著
『知識コモンズとは何か パブリックドメインからコミュニティ・ガバナンスへ』

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はしがき
 
 情報社会の発達によって人間や機械の生み出す知識や情報,データの量は飛躍的に増大しつつあり,これらを作成・管理・活用するための技術や制度も日々変遷を続けている。こうした状況のもと,社会や組織のなかで知識や情報,データをどのようにガバナンスするかという問題が重要となっている。本書であつかう知識コモンズ(knowledge commons)研究は,知識のガバナンスに関する制度のありようを分析する研究領域であり,その知見はガバナンスの制度設計をおこなう際の指針としても活用されている。
 知識コモンズ研究では,「知識」を「コモンズ」としてとらえて研究をおこなう。ここでいう知識とは,科学や芸術,社会活動の結果として生み出される多種多様な知識や情報,データの総称である。一方のコモンズはその時々で異なる定義が与えられてきた用語であるが,概していうと,人々により共有される資源やそうした資源を管理するための制度を意味する。コモンズに関する研究はもともと牧草地や漁場といった自然資源を対象として進められてきたが,1990 年代より上記の意味での知識とコモンズをむすびつける研究がみられるようになった。本書はこうした知識コモンズ研究について,その展開の経緯や基本的な考え方,社会に与えた影響などを明らかにしていく。
 本書は2 部構成である。第I 部では,知識コモンズ研究のルーツである自然資源を対象とするコモンズ研究からはじめて,1990 年代から現在に至るまでのおおよそ30 年間の知識コモンズ研究の展開の様子を概観する。第II 部では,知識コモンズ研究の知見がどのように応用あるいは実装されているのかを各論的に論じることで,知識コモンズ研究の意義をさぐる。知識コモンズ研究に関連する書籍はこれまで日本でもいくつか刊行されているが,それらは基本的に2000 年代までの比較的早期の研究動向に触れるにとどまっている。そのため本書は,知識コモンズ研究の現在までの発展を通時的に論じた,おそらく日本ではじめての書籍であると考えられる。
 本書は主に次のような人たちを読者として想定している。まず,情報法や情報政策,図書館情報学といった分野にかかわる研究者や実務者,学部生,大学院生があげられる。また,より一般的に,コモンズやデータガバナンス,知識共有,オープン化,知的財産権,パブリックドメインといったキーワードに関心のある人に手に取ってもらえればと考えている。最後に,本書第II 部では研究データリポジトリやデジタルアーカイブ,オープンアクセスに関する事例をとりあげることから,これらに携わる人にも関心をもってもらうことができるのではないだろうか。
 知識コモンズ研究には本書ではじめて触れることになる読者も多いと考えられることから,とくに前提知識を必要とせずに読み進めることができるよう,平易な記述を心がけたつもりである。一方で,こうした執筆方針との兼ね合いにより,理論や手法に関する詳細な説明を割愛した箇所もある。このことから,本書は知識コモンズに関する学習や研究を進めていく際の入り口として活用してもらえればと考えている。なお,本書は基本的に1 章から順に読んでいくことで内容を理解できるように書いているが,第II 部を構成する6 章から8 章までの3 章については,関心のあるところから読んでいただいてかまわない。
 
 本書の内容は,筆者が筑波大学大学院図書館情報メディア研究科に提出した博士論文『知識コモンズの観点による日本の研究データリポジトリにおける研究データガバナンスの分析』をもとにしている。この論文はタイトルの通り,日本の研究データリポジトリにおける研究データガバナンスの実態を明らかにすることを目的としており,そのための分析枠組みとして知識コモンズ研究の知見を応用している。いわば,研究データガバナンスの分析が主であり,知識コモンズ研究はそのための手段であった。それに対して本書は,知識コモンズ研究の概要を読者に伝えることを主な目的とする。本書の執筆に際しては,この目的の変更に合わせて博士論文の内容を大きく書き換えるとともに,構成を一から組み直し,新たに必要となった内容を適宜追加している。このとき,もともと博士論文の主目的であった研究データガバナンスの分析については,本書6 章においてその要点のみをまとめる形であつかうこととした。
 筆者が知識コモンズ研究に関心をもつようになったのは,デジタルアーカイブやオープンアクセス,オープンソースソフトウェアなど知識のオープン化を推進・保持しようという取り組みにおいて,「コモンズ」の名を冠するツールやプロジェクトが多数存在することに気がついたのがきっかけである。そこでいう「コモンズ」は単なるバズワードやキャッチコピーとして使われているに過ぎない場合もあるが,掘り下げて調べていくと学問的な裏付けのある概念でもあることがわかってきた。一見すると異なる方向を向いているようにもみえる上記の取り組みは,実は少なからず共通する問題に直面しており,その問題を乗り越えるために知識コモンズ研究の知見を取り入れつつある。裏を返すと,知識コモンズ研究の観点に立つことでこれらの取り組みを領域横断的にとらえることができるようになるのではないか――。本書はこうした関心にもとづく筆者の約7 年間の研究成果をまとめたものである。
 知識コモンズ研究は,知識を共有しつつ維持管理していくには多様なガバナンスの方法がありうることを教えてくれる。本書がこの研究領域を理解する一助となるとともに,知識のガバナンスに関する議論や実践にいくばくかでも貢献することができれば幸いである。
 
 
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