あとがきたちよみ『判例講義民法Ⅰ 総則・物権 第3版 』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/5/29

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
佐久間毅・松岡久和 編
『判例講義民法Ⅰ 総則・物権 第3版』

「〔第3版〕発刊にあたって」「本書を利用した「マルチ判例学習法」」「12 権利能力のない社団の成立要件」(pdfファイルへのリンク)〉
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〔第3版〕発刊にあたって
 
 本書には、ユーザー・オリエンテッドな発想による、「新しい判例学習」の構築・提供という明確なコンセプトがある。
 本書の母体となったのは、奥田昌道=安永正昭=池田真朗編『判例講義 民法Ⅰ・Ⅱ』(悠々社、2002 年)である。その後両書は、民法現代語化(2004 年)を受けて2005 年に補訂版を出し、『民法Ⅰ・Ⅱ』は2014 年には判例を大きく入れ替えて第2 版を世に送った。そしてこれらは、大学法学部および法科大学院の学生諸君によって愛用されてきたのだが、出版元の悠々社が廃業となって、刊行が途絶えてしまった。このたびその『民法Ⅱ 債権』に続いて『民法Ⅰ 総則・物権』が、後続を引き受けられた勁草書房から、新たに佐久間毅=松岡久和の2 名を編著者として、収録判例も全体に見直して、第3 版として上梓することになった。
 ことに総則編および物権編は、2017 年の民法(債権関係)改正(平成29 年法律第44 号)、成年年齢の引下げ(平成30 年法律第59 号)および所有者不明土地等関連改正(令和3 年法律第24 号)によって、対象分野の大規模な改正があったため、これを機会に、収録判例の大幅な見直しや追加を行った。今回は177 判例を収録したが(第2 版は183 判例)、うち26 判例が新規収録判例である。教育現場を離れられた方を中心に執筆者の交代を行い、執筆者27 名(第2 版は30 名)中、新たなメンバーが13 名と、かなり若返ることになった。もっとも、民法総則編と物権編の全分野をブロックに分け、執筆者にそのブロックごとの複数の判例の解説を依頼し、解説に一貫性を持たせようとする方針(それが本書の『判例講義』という書名の由来にもなっている)は、初版以来のものを第3 版でも維持した。
 また、事実の要約→裁判の流れ→判旨→判例の法理→判例を読む、という、初版の出版当時斬新と評された構成はそのままにし、なるべく多くの項目に関係図をつけるやり方も踏襲したが、執筆者の大幅な交代もあり、判型も変更されたので、第2 版からの継続執筆者にも、主として記述の圧縮やアップデートなどの大幅な見直しをお願いした。民法改正により判例法理が意味を持たなくなった判例はほとんど差し替えた。また、収録した判例についても、解説中でできるだけその改正の影響等に触れることにしたが、もとより2024 年初頭の本書校了時においては、数次にわたる民法改正の評価はまだ定まっておらず、また今後、改正法に基づく新しい判例の登場も予想される。
 なお、本書を利用した新しいかつ多様な判例学習法の推奨については、後掲の「本書を利用した『マルチ判例学習法』」をお読みいただきたい。
 本書の出版にあたっては、勁草書房編集部の竹田康夫さんに大変にお世話になった。ここに記して感謝の意を表したい。また、私共2 名での後継書出版にご快諾をくださった、奥田昌道、安永正昭の両先生、ならびに先行する『民法Ⅱ 債権』において基本方針を示してくださった池田真朗先生、片山直也先生および北居功先生に、心より御礼を申し上げます。さらに、編者や編集部からの度重なる多様な要請にお応えくださった執筆者各位にも厚く御礼を申し上げる次第である。今後、民法改正後の判例の形成等があれば、さらにそれらを紹介して改訂をしていきたい。
 
2024 年3 月
佐久間毅・松岡久和
 
 
本書を利用した「マルチ判例学習法」
 
Ⅰ 「判例の学び方」と「判例集の(マルチ)利用法」
 
 本書冒頭の「発刊にあたって」で、「本書には、ユーザー・オリエンテッドな発想による、「新しい判例学習」の構築・提供という明確なコンセプトがある」と書いた。もちろん、「判例の学び方」と言っても、目的に応じ、また学習者の学習段階ないし知識のレベルに応じて、さまざまな方法があってよいのだが、読者の皆さんには、本書が提供する、「(マルチ)利用法」をぜひ試してみていただきたい。
 本書のコンセプトの第1 のポイントは、判例学習が学説学習になってはいけない、ということである。類書によっては、事実関係や裁判の流れが圧縮ないし捨象されて、もっぱら学説の展開部分が詳細に書かれているものがある。このような判例解説書を読み込むことは、実は判例の学びではなく学説の学びになってしまう。第2 のポイントは、「紛争事実」から最後の判例の結論に至る「流れ」をつなげて解説することである。つまり、裁判は個々の紛争の解決なのであるから、結論の判例法理だけを覚えても正しい判例学習にはならない。第3 には、判例学習書は、単に個々の判例の知識・情報を提供するだけでなく、学習に資する「複数の利用法」を提供するものであるべき、ということである。これが本書のめざす「付加価値」である。「ひつまぶし」という、一つの料理を複数の食べ方で味わうものがあるが、判例学習書にもそういう利用が可能なものがあってもよいはずなのである。これらの点を順次記述していこう。
 
Ⅱ 本書を利用したマルチ判例学習法
 
 1 事実の確認と関係図の作成
 本書の推奨する判例学習の最初の手順は、事実の確認と関係図の作成である。判例は紛争の解決なのであるから、どういう紛争事実に端を発しているのか、から学ぶ必要がある。そしてそれを関係図にして理解するのである。実はこの作業は、期末試験から司法試験など各種の資格試験に至るまで、それらに対処するための学習に直結する。本書が、多くの判例に関係図を付したのはそのためである。紙幅の関係で省略したものについては、ご自分で作成してみていただきたいし、関係図が掲載されているものについても、(先に見ないで)ご自分で作成して、掲載されているものとの巧拙を比較してみていただきたい(より優れた図ができた場合には、ぜひ編集部にご教示をいただきたい)。まずこれが、本書を活用したアクティブ・ラーニングというわけである(関係図の書き方のノウハウは、債権債務関係を直線の→で表現するとか、→と⇒の使い分けなどのルールをご自分で決め、登場人物の関係をバラバラにせず、関係者が必ず一つの図の中につながるようにする、などということである。参考として、池田真朗『新標準講義 民法債権総論〔全訂3 版〕』(慶應義塾大学出版会、2019 年)244 ~245 頁、247 ~ 249 頁)。
 なお、ケースによっては、「当事者関係図」というより、「時系列」の直線を描くことが有効な場合もある(時効の問題の場合など。本書62・63・72・86 を参照)。
 
 2 事実評価と条文のあてはめの想定──判例法理の生まれる基礎の理解
 できればここで、先を読まずに考えていただきたい。事実を理解し関係図を描いた段階で、使える法律の条文はどれか、と考えるわけである(これは、「事実評価と法文のあてはめ」という、司法試本書を利用した「マルチ判例学習法」験などの答案作成に必須の作業の訓練にもなる)。つまり、そこで想定した法文の示すルールで足りないところがあるからこそ、判例法理ができるわけである。この予測が、最後まで読んだ時の納得につながる。それが判例学習の楽しみにつながるのである。
 
 3 1 審からの裁判の展開の理解
 いわゆる「判例」というのは、最高裁判所での、先例拘束性を持った判断である。これに対して、1 審、原審は事実審として、文字通り個別紛争の解決を図るのであるから、「裁判例」と呼んで区別する。そこでは、事実審から法律審に進んで判例となるそのプロセスが興味深く観察されなければならない。本書が「裁判の流れ」という項目を置いているのはそのためである。
 そこで注意すべきは、だれが何を訴えているのか、ということである。1 審で負けた側が原審(2審)で勝ち、さらに最高裁で逆転敗訴する、というケースもある。本書では、紙幅の関係で1 審・原審の結論とその理由の要点くらいしか書かれていないが、本来は、1 審・原審における原告・控訴人 (通常、1 審原告にXをあてる)の主張事実、請求内容と法的構成、それに対する被告・被控訴人(1 審被告にYをあてる)の主張、認否や抗弁などの反論を確認し、それを事実審裁判所がどのように整理し、事実認定を行い、どのような法的判断(法令の解釈・適用)を行って結論を下しているのか、を検討する必要がある。また、1 審と原審とで結論が異なっている場合には、 それが事実認定の違いに由来するのか、それとも当事者が原審において新たな事実を主張立証したことによるのか、あるいは1 審と原審とでは主張された事実関係は違わないのに証拠の評価やものの見方の相違から異なる認定がなされるに至ったのか、などが問題となりうる。もちろん、共通の事実を前提としながらも法令の解釈適用の点で 1 審と原審とが反対の結論を下すこともある。たとえば、91では、1 審・2 審・最高裁の論理も結論も異なり、差戻し後の解決はさらに異なる。
 法科大学院生などの場合は、以上の論点を想像して学習することも有益である。そして疑問点は判例のオリジナルにあたって確認すればベストといえる。
 
 4 最高裁の判旨
 ここまでの学習をして、初めて最高裁の判旨を読んでいただく(ここまでの手順を省いて判旨にショートカットすることはお勧めできない)。以下は、本書の前身である悠々社版第2 版において、編者の代表であった奥田昌道京都大学名誉教授(元最高裁判所判事)のお書きになった「判例の学び方」からそのまま引用させていただこう。
 「上告審(最高裁)では原審の適法に確定した事実を前提として法令の解釈適用という点にしぼって原判決の当否が検討されるとともに、当事者の論旨(上告理由、上告受理申立て理由)に応えるという形で判断が示されるために、それ以外の点に立ち入って判示することは原則として差し控えられることになる。一つの最高裁判例を検討対象とする場合には、最低限、以上のことを念頭においた上でさまざまな角度から判例の分析、検討がなされることになる。一つの判例は、具体的事件に対する裁判所の判断を示すにすぎないものという面では、その事件限り、その当事者間限りの一回的な判断でありながら、それにとどまらない普遍性をもつものとしてその後の法的解決、法的判断にとっての規準としての役割を担わせられるところに、いかなる法理によって当該事件の法的解決をはかるべきかについて最高裁の裁判官は頭を悩ますことになる。判例評釈や判例研究は、こうした背景を踏まえた上で個々の判例につき、先例や学説との関係、当該判例の提示した新たな視点や法解釈、その問題点、将来のあるべき方向などについて論評を行うものである。」
 
 5 判例の法理
 というわけで、繰り返すが、「判旨」と解説だけ読むというのは、正しい判例学習ではない。その解説も、本書では二段に分けた。まずは、「判例の法理」として、その判例の客観的な意味や、そこに示された論理、前後の判例との位置づけ等を学んでいただく。
 ただ、それらの判例の中には、単に条文の文言ではその含意が不明なところを明らかにした、という判例もあれば、なぜこういう判例法理を構築しなければならなかったのかという背景から理解するべきものもある。結論を暗記するのではなく、常に「なぜ」という問いを用意しながら読んでいただきたい。たとえば、79 と88 という115 年も前の同日の判決が現在でも基本的に維持されているのはなぜか、物権変動につき広く登記を要するとした79 の判断が、その後の80-87 において登記がなくても物権変動を対抗できるとする多くの例外を生じているのはどうしてか、第三者の客観的資格を限定した88 は第三者の主観的態様にどういう影響を与えたか、など多くの判決の相互関係が問題になる。多くの場合、それが次の「判例を読む」で解き明かされる。
 
 6 判例を読む
 多くの判例には物語がある。単なる条文解釈の問題に見えるものも、そこに関係する取引に対する評価(規制すべきか容認すべきか等)があり、また、社会状況の変遷など、その判例を生み出す理由や必然性があるものもある。それらがここで解き明かされる。たとえば、99-102 で取り上げる94 条2 項の類推適用の発展が177 条の判例の動きと関係していることが理解できよう(それゆえに94 条2 項の類推適用は物権編に配置している)。
 さらに、今回の本書の場合は、2017(平成29)年の民法債権法改正(2020 年4 月1 日施行)を初めとする近時の相次ぐ民法改正が、既存の判例法理にどう影響を与えたか、ということを示すのもこの「判例を読む」の項目の重要な役割である。もちろん、改正によっても何ら意義を失っていない判例もあれば、判例法理が全くその意義を失ったものもある。今後類似の事案が出ればおそらく結論が逆転するであろう判例もある。本書では、改正によって判例法理の意義を失った判決は差し替えた。もとより、民法改正の評価はなお定まっておらず、今後の判例法理がどう対応していくかも注視していく必要がある(たとえば、38 や64 事件)。
 
Ⅲ 本書を利用したマルチ学習法上級者編
 
 以上、本書を利用したマルチ学習法を説いてきたが、最後にその上級者編を紹介しておきたい。それは、本書に収録された判例を単に学習対象として固定して学ぶのではなく、別の解決の論理(別の争い方)がなかったかとか、登場する利害関係者の中の別の人物が訴えたらどうなるか、など、収録判例を学習素材として、シチュエーションを変化させたりしながら活用する、という演習教材的な利用法である。判例学習に限らず、法律学の勉強は、一人で学習するのではなく、ゼミの仲間など複数で議論を重ねて学習するのが良いのだが、この利用法の場合はとくにそうである。高度ではあるが、司法試験受験希望者などに推奨したい学習法である。
 また、一般に法律学の学生は、学んだことを解答に再現することには長けていても、想像力と創造力に欠ける人が比較的多い。しかしそれらの能力は、紛争解決にたずさわる法曹に一番必要なものなのである。そのような能力を開発するためにも、本書を様々な角度から活用する方法をぜひ考究していただきたいと思う次第である。
 なお、最後に注意しておきたいのは、判例は決して「説を立てている」のではない、ということである。A説、B説などと学説を紹介する中で、判例はC 説であるなどと解説するものがあれば、それは正しくない。判例は、あくまでも現実の紛争の解決のために最も適切な解決方法とその論理を案出しているだけなのである。裁判官は決して、「どの説を取る」というスタンスで判断を下しているわけではない。そのことを正しく理解して、本書での学びを深めていただきたい。
 
池田真朗・佐久間毅・松岡久和
 
 
12 権利能力のない社団の成立要件
最高裁昭和39 年10 月15 日判決 民集18 巻8 号1671 頁、判時393 号28 頁、判タ169 号117 頁【33 条】
 
論点 権利能力のない社団の成立要件は何か
 
事実の要約 Aは、昭和21 年7 月頃、社団法人B(外地引揚者の相互協力により、生活の維持安定および更生を図ることを目的として設立されたもの)の支部名義で、特に引揚者の更生に必要な各種の経済的行為をする目的のもとに、杉並区内に居住する引揚者によって結成された団体である。Aは、マーケットの設置と運営を主な事業とし、同マーケットに店舗を有する者はBと関係なくAの構成員であり、構成員の異動があったときはその承認をし、構成員の変更にかかわらず同一性を維持して存続していた。Aは、事務所を杉並区におき、正会員と特別会員をもって組織され、意思決定は総会の決議による、代表者として総会が過半数の議決をもって選任する支部長1 名を置き、その他の役員として副支部長、理事等を置く旨の定めをしていた。これら会員、役員、内部における意思決定、外部に対する代表、その他の業務執行等に関する定めは、Bの定款と全く同じであった。
 Aは、昭和21 年9 月、本件土地をその所有者Cから賃借した。Aは、本件土地に南北3 列の店舗を建築して会員にその店舗の小間を分与し、その敷地の使用を認め、会員から徴収した会費をもってCへの賃料の支払をして
いた。
 Aは、マーケットの営業不振を打開するため改装計画を立て、昭和25 年3 月、総会の決議により、上記店舗の中間列の建物を撤去して通路を拡張し、東西両側の店舗のためその通路を使用すること、中間列の店舗所有者は店舗を収去して敷地を明け渡すこと、その店舗の時価相当額の補償を東西両側の店舗所有者の負担ですることを決定した。中間列建物の小間の分与を受け営業をしていたYは、当初これに協力的であったが、撤去する建物の評価額をめぐって対立が生じ、昭和28 年3 月、以後地代分担金をCに直接支払う、Aとは関係がない旨をAの代表者に通告した。
 昭和29 年1 月、Aは株式会社Xに改組し、Xが本件土地の賃借権を含むAの権利義務一切を承継した。Xは、この賃借権の譲渡につき、Cの相続人Dから承諾を得た。Xが、Dに代位して、Yに対し、その所有する建物を収去し、同建物の敷地を明け渡すことを請求した。
 
裁判の流れ 1 審(東京地判昭31・4・9 民集18 巻8 号1685 頁):請求棄却 2 審(東京高判昭35・6・21 民集18 巻8 号1694 頁):請求認容
 1 審は、AはBと異なる独自の定款その他の根本規則を備えていたといえないため、権利帰属の主体たりえないとして、Xの請求を棄却した。これに対し2 審は、「Aは、社団法人たるBとは別に、法人格こそ有しないが、社会生活上独立せる組織体として、その名で法律行為をし、かつ権利を取得し、義務を負担することができる」、その規約としてBの定款を準用していることも、AがBとその支部という名称を使用する関係にあったことを考慮すればこの認定を妨げるものではないとした上で、AC間で本件土地の賃貸借契約が締結されたこと、XはAからその賃借権を譲り受けたこと、YはAから脱退したと認められるため本件土地の使用権原を失ったことを認定し、Xの請求を認めた。
 
判旨 〈上告棄却〉「法人格を有しない社団すなわち権利能力のない社団については、民訴46 条〔現29 条〕がこれについて規定するほか実定法上何ら明文がないけれども、権利能力のない社団といいうるためには、団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行なわれ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものでなければならないのである。しかして、このような権利能力のない社団の資産は構成員に総有的に帰属する。そして権利能力のない社団は『権利能力のない』社団でありながら、その代表者によってその社団の名において構成員全体のため権利を取得し、義務を負担するのであるが、社団の名において行なわれるのは、一々すべての構成員の氏名を列挙することの煩を避けるために外ならない(従って登記の場合、権利者自体の名を登記することを要し、権利能力なき社団においては、その実質的権利者たる構成員全部の名を登記できない結果として、その代表者名義をもつて不動産登記簿に登記するよりほかに方法がないのである。)。」本件の「事実関係によれば、いわゆるAは、支部という名称を有し、その規約はBの定款と全く同旨のものであったが、しかし、それ自体の組織を有し、そこには多数決の原則が行なわれ構成員の変更に拘らず存続をつづけ、Bとは異なる独立の存在を有する権利能力のない社団としての実体をそなえていたものと認められるのである。従って、Cと右権利能力のない社団であるAの代表者との間で締結された本件土地賃貸借契約により、いわゆるAの構成員全体はAの名の下に本件土地の賃借権を取得したものというべ」きである。
 
判例の法理 本判決より前に、ある団体を権利能力のない社団と認めた大審院判決(大判昭10・7・31 法学5 巻347 頁)、最高裁判決(最判昭32・11・14 民集11 巻12 号1943 頁。→ 13事件)が存在した。もっとも、それらにおいては、どのような団体が権利能力のない社団と認められるかが明確には示されていなかった。この点、本判決は、団体が権利能力のない社団と認められるためには、①団体としての組織を備えていること、②多数決の原則が行われていること、③構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続すること、④その組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることが必要であるとした。
 本判決は、権利能力のない社団における権利帰属の在り方、構成員の権利、不動産登記名義についても述べているが、これらについては、次の13 事件で取り上げる。
 
判例を読む 本判決は、権利能力のない社団の成立要件を明示した最初の最高裁判決である。その要件は、後の最高裁判決においても一貫して維持されている。すなわち、最判昭42・10・19 民集21 巻8 号2078 頁、最判平14・6・7 民集56 巻5 号899 頁は、本判決を引用して上記①~④を権利能力のない社団の成立要件とし、当該事案で問題となった団体が権利能力のない社団に当たるか否かを判断している(いずれも肯定)。最判平6・5・31 民集48 巻4号1065 頁は、本判決を引用こそしていないが、ある入会団体について、上記①~④を充たす事実を挙げ、権利能力のない社団に当たるとしている。また、最判昭55・2・8 民集34 巻2 号138 頁は、沖縄独特の血縁団体である門中の1 つについて、原審確定の事実に基づき、不文の規約として確立した慣行による代表機関と日常業務の執行機関が存在すること、構成員が毎年定期に集まり総意によって業務執行をする当番員を定めている点で多数決原則に従ったともみうる組織運営がされていること、構成員の範囲の確定が可能であること、祭祀およびこれに附随する事業を上記組織の下で継続していることなどを認定し、権利能力のない社団に該当すると認めている。その認定には微妙な点もあるが、むしろそのような認定をして当該門中が権利能力のない社団と認められたことにおいて、上記①~④が権利能力のない社団の成立要件とされていることが現れているということができる。
 もっとも、判断の実質をみれば、これと異なる評価も可能である。
 まず、上記①~④が充たされているともみうるのに、権利能力のない社団であることを否定し、民法上の組合とされた例がある。すなわち、最判昭36・7・31 民集15 巻7 号1982 頁、最判昭38・5・31 民集17 巻4 号600頁および最判昭50・7・14 金判472 号2 頁は、いずれも事業者の協同組合を、上記①~④は充たされていると十分評価しうるにもかかわらず民法上の組合であるとし、代表者名義でされた取引につき構成員の個人責任(675条2 項参照)を認めている。民法上の組合についても上記①~④が充たされることは珍しくないところ、上記諸判決で問題となった事業者団体では、構成員に対する剰余金の配当や脱退時の持分払戻しがされており、活動の実体は構成員の共同事業の域を出ないと考えられるものであった。そこで、上記諸判決は、上記①~④の要件について逐一判断することなく、当該団体を民法上の組合であるとして構成員の個人責任を認めたとみることができる。
 次に、前掲昭和55 年最高裁判決は、ある門中を権利能力のない社団であると認めたが、上述のとおり、その認定には微妙な点が少なからずある。同判決の調査官解説においても、同判決は(権利能力のない社団の成立要件である上記①~④を不十分な点はあるが充たすものと判断したとしつつ)、当該門中における資産の保有・管理処分の状況と過去および現在の活動の実質を考慮して、当該門中を権利能力のない社団に当たると認めたと評されている(岨野悌介・最判解民昭和55 年度106 頁)。これと同じように、ある団体を権利能力のない社団と認めるにあたって、上記①~④の要件以外の事情を考慮したとみられる最高裁判決はほかにもある。たとえば、前掲最判平6・5・31 は入会団体について、前掲最判平14・6・7 は預託金会員制ゴルフクラブについて、権利能力のない社団に当たるとし、訴訟の当事者適格を有するとしている。ただ、訴訟における当事者適格は、最大判昭45・11・11 民集24 巻12 号1854 頁を踏襲して、「特定の訴訟物について、誰が当事者として訴訟を追行し、また、誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄である」(前掲最判平6・5・31、最判平26・2・27民集68 巻2 号192 頁)とされており、民法上の組合であっても、代表者が存在すれば当事者適格が認められることがある(大判昭和10・5・28 民集14 巻1191 頁、最判昭37・12・18 民集16 巻12 号2422、前掲最大判昭45・11・11等)。また、前掲最判平14・6・7 では、上記①~④の権利能力のない社団の成立要件の充足を示したうえで、さらに、諸々の事情から当該ゴルフクラブがゴルフ場運営会社や会員個人とは「別個の独立した存在としての社会的実体を有している」と認定し、当事者適格が肯定されている。
 以上によると、判例は、一貫して、上記①~④を充たす団体を権利能力のない社団とし、その団体について組合と異なる効果を認めて法律関係を処理するという体裁をとっているものの、それは、争われている事項について権利能力のない社団に認められる効果を団体の実体からして肯定すべきか否定すべきかを判断した結果を正当化するためのものとみることが適当ではないかと思われる(河内・後掲27 頁が述べる「判例を整理する2 つの方法」中の第2 の方法を参照)。
【参考文献】 本判決の解説として、宮田信夫・最判解民昭和39 年度408 頁、河内宏・判例講義民法Ⅰ 25 頁、山口敬介・百選Ⅰ 16 頁。
佐久間毅
(図は割愛しました。pdfでご覧ください)
 
 
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