法+女性=変革! 『レイディ・ジャスティス』の舞台裏
第1回 アメリカの弁護士たちは「海の底」?

About the Author: 秋元由紀

翻訳家、米国弁護士。著書に、Opportunities and Pitfalls: Preparing for Burma’s Economic Transition(Open Society Institute, 2006)、訳書に、イザベル・ウィルカーソン『カースト』(岩波書店)、エディ・S・グロード・ジュニア『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ』、イアン・ジョンソン『信仰の現代中国』、アリ・バーマン『投票権をわれらに』、マニング・マラブル『マルコムX(上下)』、コーネル・ウェストほか『コーネル・ウェストが語る ブラック・アメリカ』、ウェイド・デイヴィス『沈黙の山嶺(上下)』、タンミンウー『ビルマ・ハイウェイ』(第26回アジア・太平洋賞特別賞受賞)、ベネディクト・ロジャーズ『ビルマの独裁者 タンシュエ』(以上、白水社)がある。
Published On: 2024/7/16By

 

ダリア・リスウィック 著、秋元由紀 訳『レイディ・ジャスティス――自由と平等のために闘うアメリカの女性法律家たち』が2024年8月1日に刊行されます。トランプ政権時代の暴政に抗して立ち上がった女性ローヤーたちの活躍を描く、感動のノンフィクションです。刊行を記念して、本書の訳者で米国弁護士資格をお持ちの秋元由紀さんに、本書の舞台裏を明かしていただきます。アメリカにおける弁護士の社会的地位、アメリカ司法の特徴や論争が続いている判例の解説、著者や登場人物たちの紹介など、訳書をより深く理解するためのトピックを集めました。【編集部】

 
 

第1回 アメリカの弁護士たちは「海の底」?

 
日本では、弁護士となれば誰でも「先生」と呼ばれ、弁護士専用のバッジまであったりして、弁護士というものは特別な存在であるという印象をもたせる環境がある。それに比べると、アメリカ合衆国の弁護士の扱いは概して雑である。それには様々な要因があるのだろうが、弁護士の人数の多さも少しは関係しているかもしれない。
 
アメリカにはとにかくたくさん弁護士がいる。日弁連によれば、2022年に日本には約4万人の弁護士がいたのに対し、アメリカは約133万人だった*1。アメリカのほうが日本よりも人口が多いので弁護士数も上回るのは当然と思われるかもしれないが、弁護士一人あたりの国民数を見てみると、2019年の数字だが、日本は3075人だったのに対し、アメリカは260人だった*2
 
そんなアメリカでは弁護士になっても日常生活での呼称は変わらないし、バッジもなく、「先生」扱いされるどころか、典型的な弁護士というのはお金を儲けることだけを考えている欲張り者、というイメージを持たれている。「アンビュランス・チェイサー(救急車を追いかける人)」という言葉は日本語にもなっているので聞いたことのある方もいらっしゃるのではないだろうか。これは、救急車が通るのを見れば追いかけて、けがをした人に「弁護士はいりませんか? あなたにけがをさせた側を訴えて賠償金をとりませんか?」と勧誘する弁護士のことで、金目当ての弁護士を揶揄する表現である。
 
多くの人が弁護士についてそんなイメージを持っていることを前提にしたジョークがアメリカには数多くあり、もはや一つのジャンルと化している。インターネットで検索してもいくらでも出てくるし、そんなジョークを集めた本まで出ているほどである。たいていは、要は弁護士なんてろくでもない、いないほうがいいというオチがついている。本書『レイディ・ジャスティス』で言及される「海の底という言葉が入る」ジョーク(第三章「空港の革命」)は次のようなものである。

Q: 海の底に死んだ弁護士が5000人いる。いったいどういうこと?
A: 幸先がいい!

このジョークにはいくつもバージョンがあって、弁護士の人数が違ったり、互いに鎖でつながれていたりするが、基本形は上記のとおりである。これに似ているのが次のジョーク。

Q: 弁護士が20人、首まで砂に埋まっている。いったいどういうこと?
A: 砂が足りない!

さらに、弁護士の口からは嘘しか出てこない、というのがこちら。

Q: 弁護士が嘘をついているとなぜわかる?
A: 唇が動いているから。

ひどい言われようだが、本書の上述の箇所にもあるとおり、アメリカの弁護士はこういうジョークを聞き慣れている。だからこそ、トランプ政権のムスリム入国禁止令のせいで不当に拘束された渡航者を(もちろん無償で)助けに各地の空港に駆けつけた弁護士たちは「英雄のように称えられるのを大いに喜んだ」のである。

弁護士数に話を戻すと、アメリカでは弁護士の数がただ多いだけでなく、弁護士試験に合格した人が仕事としてする内容も実に多様である。これは弁護士資格を取得してもそれとは関係のない仕事に就く人が多いという意味ではなく、それぞれ様々な職場で弁護士としての技能を生かした仕事をしているという意味である。
 
ロースクール修了後はローファームに入っていわゆる弁護士業に従事する人が割合としては多い*3が、司法省をはじめとする政府機関や企業はもちろん、大学や、新聞社などの報道機関や非営利団体やロビー団体にも弁護士資格を持った人がいるのは珍しくない。大学やロースクールで法学を教える人は通常、弁護士資格を持っているし、本書の著者もそうだが、報道機関で裁判や法律に関する取材を担当するのは弁護士資格を持った記者である。州や連邦の法案の作成に関わるロビイストにも法律の知識が必要だし、たとえば人権侵害の被害者を擁護するNGOなども関連する法を駆使して活動する。
 
本書のあとがきにも書いたとおり、私は本書の登場人物で言えばベッカ・ヘラー(第三章)やブリジット・アミリ(第四章)のような、弱い立場に置かれた人に力を添えることを日々の仕事とする弁護士に憧れ、ロースクール修了後はしばらくそんな活動をする非営利団体で働いた。次回はそのときのことを振り返ってみようと思う。
 
 

*1 日弁連『弁護士白書 2023年版』 p.49.
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/statistics/2023/1-3-6.pdf
*2 日弁連『弁護士白書 2019年版』 p.65.
https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/statistics/2019/1-3-6_2019.pdf 
*3 American Bar Association Section on Legal Education and Admissions to the Bar, “Employment Outcomes as of March 15, 2023”. https://www.americanbar.org/content/dam/aba/administrative/legal_education_and_admissions_to_the_bar/statistics/2023/class-2022-online-table.pdf

 
 
女性+法=変革! 法を公平、平等、尊厳を得るための力に変えてきた女性法律家たちの闘いを描くエンパワリング・ノンフィクション。
 
『レイディ・ジャスティス 
――自由と平等のために闘うアメリカの女性法律家たち』
ダリア・リスウィック 著、秋元由紀 訳

3,850円(税込) A5判 336ページ 2024年8月1日発売
ISBN 978-4-326-60372-5

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b647474.html
 
【内容紹介】 人種差別、人工妊娠中絶の阻害、投票権の制限、性暴力……トランプ政権時代の暴政に抗して自由と平等を守るべく即座に立ち上がったのは、多くの女性法律家たちだった。女性やマイノリティができることや望めることを常に規定してきた法。その法を権利獲得のための武器に変えてきたアメリカの女性法律家たちの歴史と現在の闘いを描く。
 
本書の第1章の一部と訳者あとがきはこちらからお読みいただけます。→《第1章/訳者あとがき》

About the Author: 秋元由紀

翻訳家、米国弁護士。著書に、Opportunities and Pitfalls: Preparing for Burma’s Economic Transition(Open Society Institute, 2006)、訳書に、イザベル・ウィルカーソン『カースト』(岩波書店)、エディ・S・グロード・ジュニア『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ』、イアン・ジョンソン『信仰の現代中国』、アリ・バーマン『投票権をわれらに』、マニング・マラブル『マルコムX(上下)』、コーネル・ウェストほか『コーネル・ウェストが語る ブラック・アメリカ』、ウェイド・デイヴィス『沈黙の山嶺(上下)』、タンミンウー『ビルマ・ハイウェイ』(第26回アジア・太平洋賞特別賞受賞)、ベネディクト・ロジャーズ『ビルマの独裁者 タンシュエ』(以上、白水社)がある。
Go to Top