あとがきたちよみ
『心理ネットワークアプローチ入門――行動科学者と社会科学者のためのガイド』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/7/30

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
アデラ=マリア・イスヴォラヌ、サシャ・エプスカンプ、ローレンス・J・ウォルドープ、デニー・ボースブーム 編著
樫原 潤・小杉考司 監訳
『心理ネットワークアプローチ入門 行動科学者と社会科学者のためのガイド』

「日本語版刊行によせて」「基本的な用語の解説と本書の活用法 監訳者まえがきにかえて」(pdfファイルへのリンク)〉
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日本語版刊行によせて
 
 いまから10 数年前,ネットワークというものの見方が心理学に導入され,本書で紹介しているような統計的手法やソフトウェア・パッケージの開発を巻き起こしました。当初は純粋に新しいものの見方,つまり新たな形でのデータの眺め方としてだけ提唱されたアプローチが,後に成熟し結晶のように整った方法論へと発展を遂げていき,心理学や関連諸学における幅広いデータセットに適用できるようになったわけです。このネットワークというアイデアが,こんなにも幅広く浸透するとはまったく予想していませんでした。当初,この領域における研究を実施しているのは,オランダのアムステルダムにある小さな研究室だけでした。ところがその後,このトピックに関する研究がワールドワイドに採り入れられるようになり,「ネットワーク心理統計学(network psychometrics)」という学問分野が育っていき,たくさんの独立したリサーチ・ラボや教育課程が世界中に出現するに至りました。それと同時に,ネットワーク心理統計学をもっと学びたいという人がこんなにも多くいるのだということに驚かされました。私たちは数々のワークショップやスクールを企画し,そこで用いられた教材が本書の基盤となっているわけですが,多くの回にたくさんの人々がつめかけてくれました。それどころか,日本など地球上のはるか遠くの場所からアムステルダムまで,ワークショップに参加するために駆けつけてくれる人々も現れたのです。いまから10 年前には,私たちの開発した手法がまさか教科書として出版されるとは予想だにしませんでした。ましてや,その教科書が他の言語に翻訳されるとは思ってもみなかったわけですが,その第1 号として,日本語版の教科書がこうして出版されることになりました。この日本語版をきっかけに,新世代の研究者たちが奮い立ち,自らのデータに対して様々なネットワークの手法を適用するのみならず,私たちのアイデアを土台に新しい概念的理論を作り出してくれることを願っています。
 本書は,大きく分けて4 つの部から構成されています。第I 部では,ネットワーク心理統計学の概念的バックグラウンドを理解するうえで役立つ,コアとなる基礎知識を提示するとともに,現実世界のネットワークを分析して視覚化するための実践的スキルを読者に授けることをねらっています。第II 部では,最も広く用いられている分析として,大規模サンプルの横断(かつ,多くの場合は観測)データセットに基づいてネットワークを推定して分析するための手法に焦点を当てています。第III 部と第IV 部は,ネットワーク心理統計学がもたらしうる可能性をさらに探求したい読者に向けて書かれたものです。第III 部では,高頻度の反復測定データからネットワークを推定するための主だった手法を紹介します。第IV 部では,実践的フレームワークとしてのネットワーク心理統計学から踏み出して,より発展的なレベルの理論的概念を紹介し,心理学におけるネットワークというものの見方をめぐるより理論的な研究に関心を抱く読者を後押ししていきます。私たちは,本書を通じて,ネットワーク心理統計学という分野の確立に携わった多くの研究者の間でコンセンサスの取れた見解を示したいと考えました。そのため,本書の各章の執筆には,私たち4 名の編著者以外にもたくさんの著者が参加することとなりました。さらに私たち編著者は,書籍全体の整合性を担保するために,章をまたいだ加筆修正を施していきました。
 本書の第I 部と第II 部を合わせた内容は,私たちが普段ネットワーク心理統計学の1~2 日間のワークショップで取り上げている内容に相当します。第III 部の内容は,3~4 日間のワークショップもしくは学部生レベルの半期の授業の場合に追加されているものです。第IV 部の内容は,1 週間のワークショップもしくは大学院生レベルの半期の授業の場合に取り上げられています。ワークショップと半期の授業いずれの場合も,本書の構成に従って進めていくというのが通例です。ただし,1 回のセッションのなかで第5 章と第12 章の内容をまとめて教え,そのうえで本書の第II 部と第III 部で扱っている心理統計学的ネットワークモデルについて引き続き教えていくという選択肢も考えられます。この翻訳書が,さまざまな手法を実証研究に適用しようとする日本の応用研究者だけでなく,新しい刺激的な教育課程を立ち上げようとする新世代の教育者にとっても役立つものとなることを願っています。
 また,日本語版の教科書の読者である皆様,特に,統計分析技術が専門というよりも実証研究への応用に関心がある皆様に向けて,激励の言葉をいくつか述べたいと思います。本書は,できるだけ自己充足的なものになるように執筆されており,ごくわずかな事前知識さえあれば読み進められるようになっています。さまざまな分析を実行する際に必須となるプログラミングスキルについては,第2 章をまるごと費やして紹介していますし,ネットワークモデルの基盤となる確率的概念のうちいくつかについては,第5 章で紹介しています。また,技術的なディテールについては,ほとんどの場合はテクニカルボックスとして本文から切り離して提示し,本文の読解の妨げにならないようにしています。それでも,新しい方法論的フレームワークの活用法を学ぶとなると,最初のうちは挫けてしまいそうになることもあるでしょう。しかし,この応用的フレームワークやソフトウェア・パッケージの使い方を長年にわたって応用研究者に教えてきた経験から,私たちは強く確信しています。これまでにわずかな技術的トレーニングしか受けてこなかった研究者であっても,最先端の分析を実行できるようになります。そして,何より大事なこととして,実データに裏打ちされた刺激的で新しい洞察を得られるようになります。皆様が,本書で学んだ手法を実践していかれることを応援しています。分析結果からどのような学びが得られるか,ぜひあなた自身の目で確かめてください。
 
2024 年3 月
アデラ= マリア・イスヴォラヌ,サシャ・エプスカンプ,
ローレンス・J・ウォルドープ,デニー・ボースブーム
 
 
基本的な用語の解説と本書の活用法 監訳者まえがきにかえて
 
 このたびは,『心理ネットワークアプローチ入門行動科学者と社会科学者のためのガイド』をお手に取っていただき,本当にありがとうございます。私(樫原)は,2015 年にアムステルダムで開催された国際学会で心理ネットワークアプローチに出会い,そこから同アプローチについての学習や研究にのめり込んできました。本書の原版であるNetwork Psychometrics with R: A Guide for Behavioral and Social Scientists が出版されたときも飛び上がるぐらいに嬉しくなり,ゴールデンウィークの休暇先で夢中になって一気読みしたことを昨日のことのように覚えています。そうした熱心な心理ネットワークオタクであった私が,小杉考司先生という心理統計学と社会ネットワーク分析に精通した強力な研究者とタッグを組める機会に恵まれ,共同監訳者としてNetwork Psychometrics with R の翻訳に取り組めるようになったのは,文字通り「有り難いこと」だと振り返っています。このような貴重な機会を運んでくれたご縁の連鎖に感謝するとともに,この日本語版を介して心理ネットワークアプローチの魅力が読者の皆様に伝播していくことを願っています。
 私たちは,本書を通読し,いくつかの章を自分で翻訳し,翻訳者の先生方からいただいた下訳を監訳し,本文やオンラインの練習問題に記載されたR のコードを自分でも動かしていくなかで,本書がもつ底知れない魅力に何度も驚かされてきました。それと同時に,ある程度の前提知識がないと読解につまずきかねない記述が一部の章に含まれていたり,練習問題を含めると情報量が膨大になっていたりと,読者によっては面食らってしまいかねない要素も多々あることに気づきました。せっかく本書を手に取っていただいたのであれば,途中で詰まってしまうことなく,心行くまで本書を楽しみ尽くしてほしいそういった考えのもと,この場をお借りして基本的な用語の解説をあらかじめ示すとともに,監訳者なりに整理した本書の活用法を皆様と共有させていただくことにしました。もちろん,書籍をどのように活用しようが読者の皆様の自由ですし,読書のスタイルは多様であるべきです。ここに記された「基本的な用語の解説と本書の活用法」をひとつの参考として,ご自身にとって一番しっくりくるスタイルで本書との旅を楽しんでいただければ幸いです。Bon voyage!
 
基本的な用語の解説
 
『心理ネットワークアプローチ入門』という邦題に込めた意図
 本書の原版のメインタイトルはNetwork Psychometrics with R となっています。これを忠実に訳したとすれば,日本語版には『R で実践するネットワーク心理統計学(ないし,心理測定学)』といったメインタイトルが付いたことでしょう。しかし,実際に読み進めていただければお気づきになると思いますが,本書は統計分析の手続きやR というソフトウェアの活用法のみを解説した書籍とはなっていません。むしろ,心にまつわる様々な現象を「ネットワーク」や「システム」と捉える心理ネットワークアプローチを導入することの意義が強調され,具体的な統計分析(ネットワーク分析)は,ネットワーク理論とともに心理ネットワークアプローチの下位分類として位置づけられています。こうした位置づけを反映してか,本書では具体的な統計モデルに焦点化した第II 部・第III 部においてもなお背景の文脈や問題意識の解説に多くのページが割かれ,特定の統計モデルがもつ限界や解釈上の留意点が事細かに議論されています。
 つまり本書は,理論と分析の両輪で成り立つ総体としての「心理ネットワークアプローチ」を伝えることに主眼を置いた入門書であると考えられます。このことを踏まえ,日本語版では『心理ネットワークアプローチ入門』というメインタイトルを付すことにしました。海外の研究者の間では,そもそもpsychometrics というものは理論と分析の両輪で進むものだという認識があるのでしょうし,「総体としてのアプローチを理解するために,自分でR を動かしてみる」といったことを気軽に実践できる土壌もあるのかもしれません。一方,日本では「R で実践する」「心理統計学」といった言葉を書籍のメインタイトルに含めてしまうと,どうしても「R ユーザーのみを対象とした,統計分析に特化した書籍」という雰囲気が漂ってしまいます。こうした誤解を排し,幅広い層の方々に本書を届け,心理ネットワークアプローチ総体の魅力を広めていきたいという監訳者の思いが,上記の日本語版メインタイトルには反映されています。
 なお,上述したnetwork psychometrics という用語そのものは本文にも頻出します。本文を翻訳する際には,原文を最大限尊重するという意図のもとnetwork psychometrics を「ネットワーク心理統計学」と訳出しましたが,語義としては上記と同様に「統計分析だけではなく,理論も含めたアプローチ総体」を指しているとお考えください。また,「心理ネットワークアプローチ」というのは監訳者らの造語ではなく,network psychometrics とほぼ同義でpsychological network approach と記した研究論文が多々あることを踏まえての表現ですので,その点ご承知おきください。
 
心理ネットワークアプローチの基盤を成すアイデア・用語についての補足説明
 本書の第1 章は,「心理統計学においてネットワーク思考の応用が始まったことをきっかけに,心理学のいくつかの領域で,ネットワークアプローチが爆発的な発展を遂げた」という一文から始まり,ネットワークアプローチ,モデル,理論の3 者の区別を明確化していくという展開をたどっています。その一方で,「そもそもネットワークとはどのような形をしたものであり,どのような要素によって構成されるのか」という前提はさほど詳しく解説されていません。つまり第1 章の文章は,心理ネットワークアプローチに多少なりとも接したことがある人向けのものとなっており,ネットワークというものの見方に初めて触れる人にとっては敷居が高く感じられてしまう可能性があります。そういった事情を考慮し,心理ネットワークアプローチの基盤を成すアイデアや用語について,こちらで補足説明を示しておきます。まず,本書冒頭をご覧いただくと,「たくさんの小さな円がたくさんの線分で接続され,ひとつの網の目構造を形作っている」というカラー図版の数々が確認できるかと思います。これらの図版にあるような網の目構造のことを「ネットワーク(network)」と呼びます。そして,心理ネットワークアプローチにおいては,ネットワークを構成する小さな円のことを「ノード(node)」と呼び,ノード同士を接続する線分のことを「エッジ(edge)」と呼ぶことが通例となっています。ただし,本書のなかには,こうした通例から外れた呼称を用いている箇所も存在します。たとえば第1 章では,エッジのことを指して「リンク(link)」と記述している箇所が複数見受けられます。また,イジングモデルという統計物理学由来のモデルに着目した第13 章では,ノードのことを「スピン(spin)」と呼び,エッジのことを「カップリング(coupling)」と呼んでいます。さらに,ネットワーク科学においてはノードのことを「頂点(vertex)」と呼び,エッジのことを「ちゅう紐たい帯(tie)」と呼ぶ場合もあります。このように,ネットワークを構成する小さな円と線分には様々な呼び名がありますが,そうした呼称の違いにあまり惑わされずに本書を読み進めていただければ幸いです。
 なお,上記のように様々な呼称が存在するのはなぜかというと,ネットワーク科学が様々な学問分野を巻き込んで学際的に発展してきたからだといえます。第1 章で解説されているように,「ものごとをネットワークとして捉える」という観点は非常に汎用性が高く,社会学・物理学・生物学・コンピュータ科学……など多彩な学問分野でネットワーク思考が活用され,それぞれの文脈に合わせて用語が定着してきたという歴史があります。たとえばコンピュータ科学であれば,「ノード」と「リンク」という用語でネットワークを記述するというやり方が自然といえるでしょう(日常用語でも,「We b ページのリンクをたどる」という言い方をよくするように)。本書の各章の著者は,こうした呼称の微細なニュアンスの違いまで把握したうえで用語を使い分けている可能性があります。こうした可能性を踏まえ,本書を訳出する際には「ノード」と「エッジ」という呼称ですべての章を統一してしまうのではなく,著者らが述べている用語を尊重しそのまま訳出しました。
 心理ネットワークアプローチは,ネットワーク科学という学際科学を心理学の分野に応用したものと位置づけられます。第1 章で述べられているように,ネットワーク科学では「個々のコンポーネントの相互作用によって,総体としてのシステム(system)がどのように維持され,そこから複雑な現象がどのように創発されるか」ということを検討していきます。ただし,心理学で扱う現象には,他の学問分野で扱う現象とは異なる厄介な性質も多々ありますし,データ分析も一筋縄ではいかないところがあります。そうした障壁を乗り越えるために,著者らはどのような工夫を重ね,心理ネットワークアプローチという一大分野を切り拓くに至ったのか。本書に登場する一つひとつの心理ネットワークはどのようなシステムを記述したものであり,複雑な心理現象の理解にどこまで役立ちそうか。そういったことを思い浮かべながら読み進めていただければ,本書をより一層お楽しみいただけることでしょう。
 
本書の活用法
 
順番通りに読み進めることのすすめ
 統計分析の実践方法についての解説を含んだ書籍では,まえがきで「個々のニーズに応じて,関心のある章から読み進めてほしい」とか「R の実践経験が豊富な読者は,R の導入の章は読み飛ばして構わない」といったことを述べている場合が多いように思います。しかし,本書に限っては,「第1 章から順番通りに読み進めていく」ということを強くお勧めします。上述したように,本書が一番強調しているのは心理ネットワークアプローチというものの見方を導入することの重要性であり,具体的な統計分析はそのアプローチの下位分類として位置づけられています。そうした全体像を理解しないまま,統計分析の実践方法の部分だけを切り取って読み進めていたのでは,「ネットワーク分析を実施するためのコードの書き方はわかったが,分析結果から有益な考察をうまく導けない」という事態にも陥ってしまいかねません。
 もちろん,第1 章から順番に読み進めていただく際に,個々のニーズや好みに応じたペース配分はどんどんやっていただきたいです。たとえば第1 章では,章の筆頭著者であるデニー・ボースブーム特有の哲学的な言い回しが存分に発揮されており,好みの分かれる文章になっているかと思います。私個人としては,いまやすっかり「デニー節」のとりこなのですが,「観念的な話が続いて,読んでいて疲れる」とお感じになる方がいても不思議ではないです。そうした方は,ぜひ積極的にななめ読みを行い,「詳しくはわからないが,大体こういうことが言いたいのだろう」ということだけを受け取って次の章に進んでください。内容を大まかに理解しておくだけでも,その後の章の深い理解に確実につながってくるはずです。また,第2 章の「R の導入」は一見すると初学者だけを想定した章に思えてしまいますが,R を活用する際の細かな工夫や意外な落とし穴など,R を使い慣れている人にこそ知っておいてほしい内容がそこここに盛り込まれています。こういった調子で,どの章もすべての読者にとって有益な内容を含んでいます。ときにななめ読みも織り交ぜつつ,第1 章から順番に読み進め,心理ネットワークアプローチ総体の理解につなげていただければ幸いです。
 
チュートリアルボックスとオンラインの実践問題の使い分け
 ――R を用いた実践スキルの向上のために

 
 本書で紹介されている統計分析は,すべてオープンソースの統計分析ソフトウェアであるR で実装されており,本書に掲載されている図版も大半がR で描画されたものとなっています(より正確に説明しておくと,日本語版に掲載された図版は「原著者たちがR で出力したとおぼしきPDF 形式の図版に,日本語のラベルを適宜上書きしていったもの」となります)。また,序文で示されている通り,本文には数式や統計学的に高度なトピックを解説した「テクニカルボックス」と,R でのコードの書き方や統計分析の活用法について解説した「チュートリアルボックス」の2 種類が埋め込まれています。
 こうした情報に接すると,読者の皆様のなかには「チュートリアルボックスをたどっていけば,自分でR のコードを動かして本文中の図版を再現できるに違いない」という期待を抱く方もいらっしゃるかもしれません。しかし,各章を実際に読み進めてみると,チュートリアルボックスは「本文で解説されている分析の,あくまで要点といえる部分のコードだけ抜き出した」というものがほとんどであり,「これこれの形式のデータセットがあったとしよう。その場合は,以下のコードを書けばこの分析を実施できる」といった形の解説が大半であるということがわかります。本文中の図版のなかにはオープンデータを二次解析して作図されたものも多いですが,チュートリアルボックスで示された「要点部分のコード」に行き着くまでには,オープンデータを成形・加工するためのコードを四苦八苦しながら書き進めることが必須となります。
 近年の学術論文で「オープンデータ,オープンコード」の慣習が広まっていることを踏まえると,読者の皆様のなかには,上記のような「本文中の図版を再現するには,情報が圧倒的に不足しているチュートリアルボックス」に不満を覚える方もいらっしゃるかもしれません。しかし,私自身は,すべてのチュートリアルボックスと向き合ってR を実際に動かしてみた感想として,R コードの要点と分析の主旨のみがボックス内に厳選されているという点に大きな価値を見出すようになりました。一般的に,学術論文に付随したオープンコードには,その論文の著者らがこらした分析上の工夫がすべて刻み込まれており,「目当ての分析を実施する際に必要十分なコードは,どこからどこまでなのか」ということが読み取りづらくなっています。そのため,「どこからどこまでが必須のコードかはよくわからないが,とにかく全体をコピー&ペーストして分析を再現してみよう」という活用に陥ってしまう場合が多々あります。それと比べて,チュートリアルボックスを通してコードの要点のみを押さえていけば,「現実の分析ではデータの整形など四苦八苦することになるが,そこさえ乗り越えれば,シンプルなコードを書くだけでネットワーク分析を実行できるのだ」という見通しをもてるようになります。ぜひ,チュートリアルボックスがもつこのような特徴に着目し,お手元のデータを整形するなり,サンプルデータや簡単なシミュレーションデータを活用するなりして(ボックス内で紹介されているパッケージのヘルプを参照すれば,簡単に活用できる場合が多いです),チュートリアルボックス内のコードを実際に動かしてみてください。そうすれば,ネットワーク分析におけるコードの書き方の要点を確実に習得していけることでしょう。
 
 
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