あとがきたちよみ
『図書館情報学概論 第2版――記録された情報の力』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/8/7

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
デビッド・ボーデン、リン・ロビンソン 著
田村俊作 監訳
塩崎 亮 訳
『図書館情報学概論 第2版 記録された情報の力』

「日本語版(初版)への序文」「日本語版第2 版への序文」(pdfファイルへのリンク)〉
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日本語版(初版)への序文
 
 わが国の図書館情報学は、公共図書館の専門職員である司書と、学校図書館の専門職員である司書教諭という二つの国家資格取得をめざす学生への教育を軸に展開してきた。そのため、研究よりも教育が重視され、研究にしても、公共図書館や学校図書館の歴史、サービス、運営、利用といったテーマに関心が集中し、他のテーマといってもせいぜいのところ大学図書館や情報組織法関連で、図書館「情報」学とは言っても、非常に狭い範囲での研究と教育に終始しているとの印象がある。
 本書第1 章で簡単に触れられているが、図書館情報学はもともと欧米由来の研究・実践領域で、図書館の管理運営法に起源を持つものの、対象領域はもっと広い。情報を中心に置く図書館「情報」学のはじまりは19 世紀の末で、「ドキュメンテーション」と呼ばれる、組織を超えた文献情報活用の可能性を探る分野が発展し、化学や医学といった専門領域での技術開発や制度整備が行われた。特に、第二次世界大戦後は、コンピュータを中心とする技術の急速な発展と科学技術政策の推進などにより、科学技術分野の文献情報流通をデジタル情報にまで広げ、多様な情報の活用法とそれに伴う諸問題を、より広い社会的文脈の中でとらえ直そうとする研究・実践がさかんになった。そうして、文献情報を扱うという点で図書館学と親和性の高い分野、本書で言うところの情報学が誕生した。
 図書館情報学は、こうしたドキュメンテーション由来の情報学が、図書館学と本質的には同じ対象と課題を扱っている、との認識から、両者を統一的にとらえることばとして1960 年代に登場した。図書館学はもっぱら図書館を扱うという点で異なる面があるが、本書で扱う情報学は、図書館に関わる研究・実践を含んでいるという点で、図書館情報学と実質的に同じものであると考えてよい。
 わが国の場合、図書館学がもっぱら公共図書館や学校図書館と強く結びついていて、情報学に展開する契機を十分に持たなかった上に、コンピュータ科学由来の「情報科学」やマスコミュニケーション研究由来の「社会情報学」などの他分野の語の方が一般に知られているため、原語のinformation science を直訳して「情報学」と言っても、それが図書館情報学由来の語だということを理解できる人は少ないであろう。本書でも「情報学」と「図書館情報学」の語が混在しているが、両者は実質的に同じことであると思っていただいてよい。
 21 世紀に入り、欧米の情報学は一段の飛躍を遂げ、新たな段階に入ったように見える。インターネットが世界のインフラとなり、誰もがインターネット上で情報を発信し、収集できる環境が登場したことによって、組織を超えた情報流通の問題を扱ってきた図書館情報学は、その対象範囲を拡張し、インターネット上の情報の発信、蓄積、検索、利用等に関わる技術、制度、倫理、情報リテラシー等の問題も、新たに対象範囲に含めるようになった。それによって、図書館情報学の新たな可能性が拓けてきたのと同時に、本書第1 章で述べられているように、他領域と重なる部分が大きくなったため、領域の輪郭を描くのが難しくなっている。
 インターネット上のサービスが次々に現れては消えてゆくように、欧米の図書館情報学は急激に姿を変えてきているように見える。図書館情報学を基盤に据えつつ、コンピュータ科学や経営学等と融合することにより、新領域の開拓をめざすi スクールと呼ばれる大学院も登場した。
 伝統的な司書・司書教諭養成に力点を置くわが国の図書館情報学は、こうした欧米の動向と断片的につながっているだけで、対応しようとしているようには見えない。自国の課題に対処するのを基本とすることに異論はないが、世界のあらゆる地域と瞬時につながることができるような世界の中で、国際的な図書館情報学の動向をきちんと理解・把握しておくことは、わが国図書館情報学の今後の展開を考える上で重要であろう。
 そのような問題意識の下で、欧米図書館情報学の動向を概観するよい本はないかと探していたときに出会ったのが本書である。本書の著者ボーデン・ロビンソンの両教授は、英国において(図書館)情報学研究をリードしてきたシティ大学ロンドンの所属であり、同大学での教育の実績を踏まえて、欧米で展開されている情報学の輪郭、歴史、基礎概念、諸領域を、手際よく、わかりやすく概観しており、正に欧米図書館情報学の最良の概説書である。
 シティ大学情報学大学院出身の塩崎亮君という最適の訳者を得て、本書がわが国図書館情報学分野の研究者、学生、大学院生だけでなく、図書館で働く人々、他分野の方や市民にも、欧米図書館情報学を紹介する本として、広く読まれることを期待する。
 
2019 年8 月
田村 俊作
 
 
日本語版第2 版への序文
 
 2012 年刊行の本書初版では、邦訳の出版は2019 年で、原著が出版されてから7 年を経た後だった。翻訳がかなり遅かったこともあり、翻訳交渉の折に著者からすでに、改訂作業に取りかかっているとのお話をいただいていた。改訂理由として、図書館情報学をめぐる状況が、初版刊行当時から相当に変わってきていることがあげられていた。
 それから3 年あまり、2022 年に刊行された第2 版は、著者の言葉どおり時代の要請に合わせて大幅に改訂された、初版とは大きく異なる斬新な内容のものだった。主要な改訂点は「はしがき」に書かれているが、章を分けたり新たな章を設けたりした部分以外で、一見初版を踏襲しているように見える章でも、一文一文にきめ細かく手が加えられ、修正され、また、参照文献も変えられていて、著者の丁寧な仕事ぶりがうかがわれた。
 加筆・修正点は多岐にわたるが、とりわけ目を引くのがデジタル技術の進展に伴う図書館情報学と関連領域の変容である。その影響は、単にデジタル技術を応用した新たなシステムやサービスの登場に留まらず、もはや「出版」という用語が適切とは言えなくなるような(実際本書でも訳語に迷った)学術情報伝達の変容、デジタルヒューマニティーズやデータサイエンスといったデジタル技術を前提とする新たな関連分野の出現など、図書館情報学の全般に及んでいる。そのため、初版はまだ筆者になじみのある、ドキュメンテーション由来の図書館情報学の概説書といった趣があったが、本書は、筆者がきれぎれに持っていた最近の動向に関する知識を結び合わせて、想像もしなかった新たな図書館情報学の世界へと読者を導く手引書・ガイドブックとなっているような印象を受けている。それはわが国図書館情報学の主流となっている司書課程や司書教諭課程の関係者にとってはまだ遠い世界のように見えるのかもしれないが、大学図書館や学術情報、デジタルアーカイブ、データマネジメント、デジタルヒューマニティーズ等に関わる人たちにとっては、現状の良い見取り図となり、明日の世界を考えるきっかけを与えてくれるものになっているように思われる。図書館情報学の関係者に留まらず、紙であれデジタルであれ、記録された情報に限定されはするものの、その収集・保存・検索・利活用に関心を持つ人に広く読んでいただきたい。なお、いま一つ余計なことを付け加えるならば、このような大きな変更のゆえに、これまでの図書館情報学を振り返る上で初版もいまだに有用である。
 急激な変容を遂げつつある図書館情報学の全体を俯瞰する方法として著者が採用しているのが、基軸となる概念を据えて、それをもとに図書館情報学の世界を整理し概観する、というやり方である。基軸は二つある。一つは図書館情報学を広く情報の世界に定位するためのもので、情報圏やオンライフといったフロリディの情報哲学に依拠する一連の情報関連概念である。いま一つは図書館情報学の内的な諸課題を基礎づけるもので、ヤアラン(ヨーランド)のドメイン分析がその役を担っている。
 ドメイン分析は初版でも扱っていた。フロリディの情報哲学も初版ですでに重視されていたものの、他の哲学と並列に扱われていて、図書館情報学を特徴づけるための操作概念としては特に用いられていなかった。フロリディに依拠したことによって、本書は初版より難しく、読みにくくなったと感ずる向きがあるかもしれない。特に、フロリディの序文を読まれた方の中には、早くも本書を読み続ける気力を失って放り出そうとする人もいるかもしれない。
 しかし、待ってほしい。本文は、フロリディの情報哲学に関する予備知識がなくとも、十分に読み通せるくらいにかみ砕いて書かれている。
 フロリディの序文にしたところで、哲学者らしい言い回しで書かれているものの、言っていることはそう難しいことではない。私たちが生きているのは、単に情報があふれているだけでなく、オンラインで結ばれた情報が自己増殖するような世界である。生成AI は私たちの代わりに文章を作り、IoT 洗濯機は洗濯物を入れるだけで洗剤の量や時間を調整して乾燥まで行い、ロボット掃除機は時間に合わせて家の隅まで掃除してくれる。私たちはアナログとデジタルが混合した世界に生きている。情報が瞬時に国境を超えるような世界では、従来の国民国家だけで政治、経済、社会的な課題を解決することはできないが、だからといって私たちの社会を支える基盤としての国家が不要になったわけではなく、むしろ必要性は増している。図書館情報学が関わる記録された情報の世界も同様である。デジタル情報の氾濫に対して、もはや従来の組織や制度だけで対処することはできない。しかし、氾濫する情報を私たちの日々の生活にとって意味のあるものとして収集・保存・組織化し、活用の機会を作り出していくという役割が不要になったわけでなく、むしろ必要性は増している。
 とはいえ、本書は決してすらすら読めるような本ではない。フロリディにしても多少の予備知識があった方が理解は深まるだろう。他の部分も同様である。また、本書を手掛かりに関連文献を読み進めていけば、図書館情報学の豊かな蓄積と最新の動向を知ることができるだろう。初版同様、本書が図書館情報学の世界への新しい道案内として役に立つことを願っている。
 
2024 年7 月
田村 俊作
 
 
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