本書『レイディ・ジャスティス』の著者ダリア・リスウィックは弁護士資格を持つジャーナリストである。「訳者あとがき」にも書いたとおり、リスウィックはスタンフォード・ロースクール修了後、連邦の控訴裁判所で裁判官の調査官を務めた。その後はしばらくローファームで働いたが、1999年にオンライン雑誌『スレート(Slate)』でマイクロソフト独占禁止法違反訴訟を取材する機会を得たのが転機となり、以後はローヤーとしての知識を活かし、同誌で連邦最高裁判所などの動向や法に関する記事を書いているほか、テレビのニュース番組にも解説者として出演している。
アメリカでは活字メディアがそれぞれ複数のポッドキャスト番組を配信していることが多い。リスウィックは『スレート』のポッドキャストの一つである「アミカス」の進行役を務める。通常は隔週で配信され(連邦最高裁が判決を出す期間は毎週になる)、最高裁がその週に出した判決を中心に、法に関するさまざまな問題をリスウィックがゲストとともに掘り下げる。そんな紹介だけ読むと硬い内容でつまらなそうと思われるかもしれないが、リスウィックらが格式ばらず、いち市民の観点から判決を分析し問題点を指摘するので人気がある。
「アミカス」でのリスウィックはただわかりやすいだけではない。たとえばある判決について、日々の報道では見落とされがちな背景や文脈を浮かび上がらせるのが巧みである。以下は、アラバマ州の最高裁判所が今年2月に出した、体外受精による受精卵を凍結保存した凍結胚を子供とみなすとした判決についての、リスウィックとゲストのミシェル・グッドウィン(ジョージタウン大学ローセンター教授)とのやりとりである*1。ほとんどの報道は、この判決によって同州で不妊治療ができなくなる可能性があることを中心に伝えていた。
リスウィック この判決は、以前から行われてきた、胎児の人格性の正式な認定をめざす運動の一環で出たものです。胎児や胚が子供と同じ権利を持つべきであるという考えがそこにはあります。この判決が出てから、ヘテロセクシュアルで裕福な親たちが体外受精ができなくなるのではないかと懸念していることばかりが大きく取り上げられています。グッドウィンさんが、判決内容をそんな騒ぎから切り離して考えているのはとても重要なことだと思います。私たちは権力と資本と富が白人男性から白人男性へと引き継がれていく父系制のただ中にいる。他方で抑圧や監視[の対象であること]は母から娘へと引き継がれていく、とおっしゃいます。
グッドウィン 監視と取り締まりがあるなかでアラバマのように胚に人格が認められるとどうなるか?ということです。監視が過剰になっていけば、月経も政治的な問題になります。法的な問題にもなります。月経が犯罪現場そのものにもなります。「何が起きたのか? その月にセックスはなかったのか? 複数回セックスがあったはずではないのか? 彼氏や夫が、その月に何度もセックスしたと認めているのに、なぜかこの女は出血していて妊娠していない。妊娠しないために何をしたのか?」という具合です。ドブス事件判決*2が出る前なら、まさかそんなことにはならないだろうと言われていたでしょう。でもこうした取り締まりがあり、科学や女性の健康が尊重されない状況では、セックスがあったかもしれないだけで犯罪につながる可能性があるのです。胚に人格があるということになれば、アラバマでは流産が過剰に監視され、取り締まられることになります。
胎児や胚を子供と見なすなら、人間を殺してはいけないのと同じように胎児や胚も殺してはいけないことになる。この考え方を突き詰めると、胎児や胚の存在を脅かすものや妊娠の可能性を妨げるものがすべて監視されることになるので、究極には流産や、月経さえもが詮索と管理の対象になる。つまりアラバマ州最高裁の判決は高額な不妊治療を受けることのできる人たちだけにとっての問題なのではなく、昔からもっとずっと深いところにある、女性についての偏った考え方を反映しているのだとリスウィックとグッドウィンは指摘する。アメリカで人工妊娠中絶をしにくくしようとする動きや、経口避妊薬を入手しにくくしようとする動きの裏にあるのと同じものである。
「アミカス」のほかにもう一つ、女性のローヤーたちによるポッドキャストを紹介したい。リア・リットマン(ミシガン大学ロースクール教授。『レイディ・ジャスティス』の第七章に重要人物として登場する)、ケイト・ショー(ペンシルヴェニア大学ロースクール教授)、メリッサ・マリー(ニューヨーク大学ロースクール教授)の三人が進行する「ストリクト・スクルーティニー(Strict Scrutiny)」というもので、こちらも連邦最高裁の判決などを取り上げる。法学教授が判例について語るポッドキャストなんていかにもつまらなそうだと思われるかもしれないが、実は「アミカス」よりもさらにくだけた会話が繰り広げられることも多く、聴いていて痛快である。
その「ストリクト・スクルーティニー」でも最近、胎児の人格性が話題にのぼっていた。以下、ショーとマリーとのやりとりの一部を紹介する*3。
ショー 少し説明すると、胎児の人格性というのは中絶反対派が何十年も前から推進してきた概念です。胎児は人間であり、ほかの人間が持つ権利の多くを胎児も持っている、だから政府はほかの人間の権利を尊重しなければならないのと同じように胎児の権利も尊重しなければならない、という考えです。
マリー ほかの人間の権利といっても、男性の権利のことでしょう。胎児と男性が平等ということか。
ショー ピラミッド構造で考えると、一番上に胎児と男性がいて、その下に女性がいる。
マリー 胎児はまだ生まれていない、つまり男性になる可能性があるから。女性として生まれて初めて、権利を与えないということになる。胎児である間は男性になる可能性があるので、権利を与える。
ショー 男性と、性別のまだわからない胎児が特権階級で、その下にその他大勢がいるというわけ。
『レイディ・ジャスティス』には「司法女子パワーの爆発」という表現が出てくる(「はじめに」)。連邦最高裁の女性裁判官たちの活躍ぶりを言い表した言葉である。女性やマイノリティの権利を縮小したり法の支配を弱めたりする判決が出て気が滅入っても、こうしてポッドキャストで話すことで互いの存在を確かめ、元からある力を出していく、そして聴いているこちらも自分に力があることを思い出す。これも司法女子パワーではないかと思う。
注
*1 2024年3月2日配信の「アミカス」。音声とトランスクリプトは以下。
https://slate.com/podcasts/amicus/2024/03/alabamas-ivf-decision-was-inevitable-after-overturning-roe
*2 2022年に連邦最高裁が出したドブス対ジャクソン女性健康機構事件判決のこと。人工妊娠中絶の権利を憲法上に認めたロー対ウェイド判決(1973)を覆した。
*3 2024年4月29日配信の「ストリクト・スクルーティニー」。音声とトランスクリプトは以下。
https://crooked.com/podcast/scotus-seems-to-normalize-authoritarianism/
女性+法=変革! 法を公平、平等、尊厳を得るための力に変えてきた女性法律家たちの闘いを描くエンパワリング・ノンフィクション。
『レイディ・ジャスティス
――自由と平等のために闘うアメリカの女性法律家たち』
ダリア・リスウィック 著、秋元由紀 訳
3,850円(税込) A5判 336ページ 2024年8月1日発売
ISBN 978-4-326-60372-5
https://www.keisoshobo.co.jp/book/b647474.html
【内容紹介】 人種差別、人工妊娠中絶の阻害、投票権の制限、性暴力……トランプ政権時代の暴政に抗して自由と平等を守るべく即座に立ち上がったのは、多くの女性法律家たちだった。女性やマイノリティができることや望めることを常に規定してきた法。その法を権利獲得のための武器に変えてきたアメリカの女性法律家たちの歴史と現在の闘いを描く。
本書の第1章の一部と訳者あとがきはこちらからお読みいただけます。→《第1章/訳者あとがき》
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第1回 アメリカの弁護士たちは「海の底」?
第2回 憧れのローヤーたち