あとがきたちよみ
『経営戦略論――戦略マネジメントの要諦』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/8/27

 
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雨宮寛二 著
『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』

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はじめに
 
戦略の本質を見極める
 外部環境が複雑化するにつれて,企業経営の舵取りは困難さを増すばかりです。企業経営を取り巻く環境は,インターネットやグローバリゼーション,異業種参入,最近では,生成AI の商用化などに見られるように,企業経営に多大な影響をもたらします。
 不確実性が増すこうした混沌とした状況において,自社を正しい方向に導いてスケールアウトを果たすことは容易ではありません。なぜなら,企業の行く手には多くの困難な課題や問題が立ちはだかるからです。
 こうした課題や問題を解決するためには,入念かつ緻密に設計された方針と行動が組み合わされた戦略が必要であり,企業には,難題を構成する要素のうち,成否を決する最も重要な要素を見極め,それを克服し解決するための方策や打ち手を生み出し完遂することが求められます。
 秀逸な戦略家というのは,直面する課題や問題がもたらす難しさや不確実性をしっかりと受け止め,忍耐強く解決の糸口を探りながら方策や打ち手を導き出し,組織を統率しそれを最大値に集約して急所を一気に突くことができ,しかも,その方針と行動の一貫性が担保されています。
 本書は,こうした秀逸な戦略家への手引き書に近づけるために,企業経営を社会科学としての視座だけではなく,実学としての視座からも捉え解明するようにしています。なぜなら,どちらの視座も,戦略の本質が何であるかを見極めるためには必要不可欠だからです。
 社会科学としての視座から,これまでに提唱されている経営戦略論,すなわち,「分析型戦略論」「プロセス型戦略論」「資源ベースの戦略論」「ハイパーコンペティション下の戦略論」「知識ベースの戦略論」「ダイナミック・ケイパビリティ論」に関する研究を時系列を追ってすべて網羅し,その一つひとつに詳細な論考を示すようにしています。
 一方の実学としての視座からは,たとえば,外部環境の国際情勢で,米中のデカップリングを取り上げているように,現実の事象から生まれる課題や問題について,経営分析と詳細な解説を論証として示しています。
 そのうえで,企業が採るべき戦略として,事業戦略と全社戦略を網羅的に解説していきますが,既存の経営戦略論の書籍との最大の違いは,「競争優位」を定性的にではなく定量的に分析できる方法論として示している点にあります。
 これまでの経営戦略論の書籍では,たとえば,「ある企業が差別化戦略やコスト主導戦略を採った結果,その企業が競争優位を獲得した」という表現に留まり,具体的に競争優位が定量的に示されることはありませんでした。
 しかし,本書では,「競争優位」を「企業が戦略的行動を取ることにより生み出される創造的価値が競合企業より多い状態」と定義し,創造的価値を定量的に示したうえで,この創造的価値の企業間の差こそが,競争優位を判断する尺度となることを論証しています。
 さらに,差別化戦略やコスト主導戦略,垂直統合,多角化,戦略的提携,合併・買収といったそれぞれの戦略において,この創造的価値をもとにした競争優位の検証を試みている点も従来の書籍に示されていない点です。
 
本書の構成と特徴
 本書は,4 つの章で構成されています。
 第1 章では,「戦略と経営」をテーマにして,まず,従来研究で示された戦略論を中心に詳細な文献レビューを行うことで,経営における戦略の意義を解明していきます。そのうえで,企業が競争優位を獲得するために必要となる「経営戦略プロセス」を提言します。
 経営戦略プロセスとは,一定の順序のもとに,パーパスを構築し,それをもとにあるべき姿を設定し,環境分析と戦略の選択と実行により競争優位を獲得するためのプロセスを意味します。このプロセスにおける新規性は,競争優位を,「企業が戦略的行動を取ることにより生み出される創造的価値が競合企業より多い状態」と捉え,“戦略的行動”と“創造的価値”を新たに定義している点にあります。
 つまり,競争優位の獲得には,戦略的行動を取ることが必要とされ,それは,企業が“事業競争力”を最大限に発揮することで創造的価値を生み出し,自社を完全独占にできるだけ近づけようとする行動です。その原動力となる事業競争力を,「戦略」「組織」「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の3 つの複合体として捉え,企業は,戦略をもとに,「ビッグデータ」「プラットフォーム」「ケイパビリティ」を原動力としたDX を組織的に構築して全体最適化を図ることで事業競争力を高め,自社を完全独占に近づけることが可能となることを論証していきます。
 創造的価値は,顧客が企業の製品やサービスに対して支払ってもよいと考える上限額,すなわち,「WTP(Willingness To Pay:支払意思額)」から,供給業者が部材やサービスを供給することのできる下限額である「WTS(Willingness To Sell:売却意思額)」に加え,技術革新や技術進歩によって達成可能な人件費の下限値であるALL(Achievable Labor cost saving Level:達成可能な人件費削減レベル),さらには,戦略によって達成可能なコストの下限値であるACL(Achievable Cost saving Level:達成可能なコスト削減レベル)との差を意味します。
 創造的価値の最大化を図る企業行動の選択肢は,WTP を高めるか,WTS,ALL,ACL を低下させるか,あるいはその両方を行うという3 つに集約されることになり,この創造的価値の企業間の差こそが,競争優位を判断する尺度となります。それゆえ,第3 章の事業戦略と第4 章の全社戦略で論じるすべての戦略について,創造的価値にもとづく競争優位の検証を行っていきます。
 第2 章では,「経営環境分析」をテーマにして,外部環境と内部環境の分析を行います。外部環境では,マクロの視点から,近年最も注目されている事象を取り上げ,「国際」「政治」「経済」「社会」「科学」の5 つの情勢について分析し解説していきます。
 国際情勢では,米国と中国の双方が,デカップリングを経済安全保障上の最優先課題として位置付け,包括的な対策を講じたため,多くの企業が戦略の見直しを迫られることになりました。戦略転換を強いられることになった企業は,どのような戦略的行動を取るべきかを示唆していきます。
 政治情勢では,働き方改革関連法の改正により物流などの問題が発生したことから,企業の多くはその対策を迫られることになりました。複雑化し解決の糸口が見えない社会問題に対峙した時,企業はいかなる戦略的アプローチで打ち手を導き出し,最適なソリューションを見つけ出していくべきかを事例をもとに示していきます。
 経済情勢では,新しい小額投資非課税制度(新NISA)の導入により,株式や投資信託の購入需要が見込まれることから,金融機関は競合他社に先駆け,そうした需要を取り込むための戦略構築を迫られることになりました。すでに米国では,長期・積立・分散の資産運用を全自動化したサービスであるロボアドバイザーが普及しつつありますが,個人の投資需要に合わせた精度の高い資産運用アドバイスをどのようにして行っていくべきか,その方向性を検証していきます。
 社会情勢では,日本における消費価値観が,これまで時代とともにさまざまに変化し消費行動に影響を与えてきたことから,企業はマーケティング行動を中心に戦略的アプローチの見直しを図ってきました。消費価値観の変化から生まれる新たな消費行動に対して,企業はいかなる戦略で潜在需要を顕在化し顧客を囲い込むべきか提言していきます。
 科学情勢では,近年技術革新として注目される生成AI に代表されるように,AI の技術が指数関数的に進化しており,すでに生活に組み込まれ社会に実装されるなどして,医療や農業などさまざまな分野で実用化が進んでいます。現在AI の実用化が進んでいる機能領域を検証しながら,今後,企業がAI を自社のバリューチェーンやビジネスモデルに組み込んで,効率性や生産性をどのようにして追求していくべきかを考察していきます。
 外部環境のミクロの視点では,SCP(Structure-Conduct-Performance:産業構造- 企業行動- 企業業績)モデルが源流となって生まれたフレームワークである5 フォース分析において,5 つのフォースの脅威に関する精査項目を検証していきます。また,SCP モデルは,外部環境における機会を分析するツールとしても有効に機能することから,4 つの基本類型である「新興業界」「成熟業界」「衰退業界」「市場分散型業界」の機会についても分析していきます。
 内部分析では,企業が保有する経営資源や組織能力における強みや弱みを明確にするためにRBV(Resource-Based View:資源ベースの戦略論)に焦点を当てます。RBV は,企業の内部環境に着目して,企業間の資源の相違がパフォーマンスの違いを引き起こし,企業が独自の資源を構築したり獲得したりすることで高いパフォーマンスを得られるとの戦略マネジメントの立場を取ることから,事例分析により経済的価値を持つ経営資源を検証していきます。
 第3 章では,「事業戦略」をテーマにして,ジェネリック戦略である「コスト主導戦略」と「差別化戦略」に焦点を当てます。
 コスト主導戦略では,「規模の経済性」「習熟度から生まれる経済性」「範囲の経済性」「バリューチェーンの諸活動との連結関係」「事業単位間の相互関係」「川上統合と川下統合」について論じたうえで,コスト主導戦略が,企業の戦略的行動として事業競争力を高めることで,創造的価値をWTS,ALL,ACL のいかなる面から生み出しているか,その優位性を検証します。
 差別化戦略については,まず,製品の特徴について俯瞰し,市場導入時期としてダブルジョパディの法則にもとづき,浸透率と購入頻度について考察します。そのうえで,創出的価値にもとづく競争優位の検証を試みます。
 第4 章では,「全社戦略」をテーマにして,バリューチェーンの構造を明確にしたうえで,「垂直統合」「多角化」「戦略的提携」「合併・買収」の4 つの戦略について,それぞれの戦略的意義を追求していきます。
 垂直統合では,不確実性が高い状況と低い状況とではどちらが有効なのか,また,垂直統合の経済的価値から生まれる問題として,関係特殊投資について考察していきます。これらを踏まえたうえで,競争優位の検証を行います。
 多角化では,多角化によるリスク分散を検証したうえで,関連多角化と非関連多角化から経済的価値の獲得について論じます。また,多角化から生まれる利益として,「活動共有」「コア・コンピタンスの多重利用と蓄積」「市場支配力」の3 つについて論証していきます。これらを踏まえたうえで,競争優位の検証を行います。
 戦略的提携では,戦略的提携の動機を確認したうえで,「契約による戦略的提携」と「協力による戦略的提携」の2 つの分類により戦略的提携を体系的に捉えます。また,提携プロセスが,「提携形態と提携企業の選択の段階」「提携の統制および構想の段階」「提携マネジメントの形成の段階」の3 つのプロセスで進められることを検証していきます。これらを踏まえたうえで,競争優位の検証を行います。
 合併・買収では,M&A の動機と類型を確認したうえで,M&A のプロセスが,「戦略の立案」「買収対象の選定と評価」「買収先との交渉から取引の実行」「経営統合」の4 つで構成され,契約締結前のフェーズと契約締結後のフェーズのそれぞれで重要となる要因を考察していきます。また,友好的買収と敵対的買収では,特に敵対的買収における買収防衛策の導入について,企業価値に対して“正の影響”と“負の影響”の両面から論証を試みます。これらを踏まえたうえで,競争優位の検証を行います。
 
2024 年6 月
雨宮寛二
 
 
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