法+女性=変革! 『レイディ・ジャスティス』の舞台裏
第4回 指名承認公聴会とは

About the Author: 秋元由紀

翻訳家、米国弁護士。著書に、Opportunities and Pitfalls: Preparing for Burma’s Economic Transition(Open Society Institute, 2006)、訳書に、イザベル・ウィルカーソン『カースト』(岩波書店)、エディ・S・グロード・ジュニア『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ』、イアン・ジョンソン『信仰の現代中国』、アリ・バーマン『投票権をわれらに』、マニング・マラブル『マルコムX(上下)』、コーネル・ウェストほか『コーネル・ウェストが語る ブラック・アメリカ』、ウェイド・デイヴィス『沈黙の山嶺(上下)』、タンミンウー『ビルマ・ハイウェイ』(第26回アジア・太平洋賞特別賞受賞)、ベネディクト・ロジャーズ『ビルマの独裁者 タンシュエ』(以上、白水社)がある。
Published On: 2024/9/10By

 

ダリア・リスウィック 著、秋元由紀 訳『レイディ・ジャスティス――自由と平等のために闘うアメリカの女性法律家たち』が2024年8月1日に刊行されました。トランプ政権時代の暴政に抗して立ち上がった女性ローヤーたちの活躍を描く、感動のノンフィクションです。刊行を記念して、本書の訳者で米国弁護士資格をお持ちの秋元由紀さんに、本書の舞台裏を明かしていただきます。アメリカにおける弁護士の社会的地位、アメリカ司法の特徴や論争が続いている判例の解説、著者や登場人物たちの紹介など、訳書をより深く理解するためのトピックを集めました。【編集部】

 
 

第4回 指名承認公聴会とは

 

イェイツはまた、自分の指名承認公聴会で、もしも大統領に違法または違憲であることをするよう求められたらどうするかと上院議員たちに問われたことを思い出した。イェイツ*1の答えは、断る、だった。(第2章 最初のノー)
 
カヴァノー*2がバインダーをたたきつけ、この公聴会は民主党による「クリントン夫妻のための復讐」の試みにほかならないのだと怒鳴り、民主党の上院議員たちに向かって「あなた方は……数十年先に報いを受けるでしょう」と言うと、私の息子の一人が高校の教室から[心配して]ショートメッセージを送ってき……た。私は、カヴァノーはよく怒鳴る大統領[トランプのこと]に好印象を与えるためにわざと怒鳴っているのだと返信した。(第8章 #HerToo)

『レイディ・ジャスティス』もそうだが、アメリカの政治や社会を扱う本には指名承認公聴会の話がよく出てくる。指名承認公聴会は、後述のとおり手続きとしてももちろん重要なのだが、のちに繰り返し引用されるような重大な発言がされたり、それまで知られていなかった事実が明らかにされたり、ドラマのような展開があったりして、情報源としても歴史上の出来事としてもなかなかおもしろい。
 
アメリカでは、大統領は連邦最高裁を含む連邦裁判所の裁判官や各省の高官(例:司法省トップの司法長官)、外国に駐在する大使などの役職に好きな人を指名することができる。ただし、その指名を連邦議会上院が承認しなければ、その人は就任することができない。これは立法府が行政府を監視するための仕組みのひとつである。
 
現在は大統領による指名に上院議員(100人)の過半数が賛成すれば承認される。そして承認するかどうかの投票が行われる前に、指名された本人を呼び出して上院議員たちがいろいろと質問するのが指名承認公聴会である。就職活動の際の面接のようなものともいえるが、候補者は真実を述べると宣誓しなければならない(虚偽証言をしたことがわかれば罪に問われる場合がある)うえ、連邦最高裁裁判官など重大なポストの場合は公聴会の模様がテレビで放送され、議員からの質問にどう答えたかなどが詳しくニュースで取り上げられる。
 
指名承認公聴会での発言の内容もさることながら、話し方や立ち居振る舞いからも候補者の人柄がよくわかるものである。冒頭で紹介したサリー・イェイツとブレット・カヴァノーの指名承認公聴会の映像は YouTube にもあるので、ぜひ見ていただきたい。

サリー・イェイツの指名承認公聴会でのイェイツとセッションズ上院議員とのやりとり
CNN: Jeff Sessions grills Sally Yates on saying no to president (2015)

 
 
ブレット・カヴァノーが指名承認公聴会でビル・クリントンとヒラリー・クリントンに言及した部分(2分58秒から)
NYT News: The Key Moments: The Blasey-Kavanaugh Hearing

候補者にとっては一大事で、広く注目される指名承認公聴会だが、肝心の上院議員たちは結局、指名承認公聴会での候補者の「でき」よりも、自身の所属政党の方針に沿って投票することが多いようである。もちろん例外もあるが、大まかな傾向として、共和党の議員なら、共和党の大統領が指名した人の承認には賛成し、民主党の大統領が指名した人の承認には反対する、ということである。
 
性暴力疑惑があり、それについて大声で反論し、上院議員に口答えまでしたカヴァノーは、それだけを見れば連邦最高裁裁判官にふさわしい人物ではない気もするが、共和党の大統領によって指名されていたため、共和党の上院議員のほぼ全員が承認に賛成した。そして当時は共和党が上院の議席の過半数を持っていたので、カヴァノーの指名は承認された(賛成50、反対48)。
 
このように、大統領の所属政党と、上院議席の過半数を占める政党とが同じかどうかが、その大統領による指名が承認されるかを左右するのが現状である。トランプ政権時代は4年間ずっと共和党が上院の多数派だったため、トランプは連邦最高裁に保守派の裁判官を3人も送り込むことができた(ゴーサッチ、カヴァノー、バレット)。結果、最高裁は大きく右傾化し、合衆国憲法が人工妊娠中絶の権利を保障しているとしたロー対ウェイド判決が無効化されることにつながった。
 
今年11月には大統領選挙と同時に上院議員選挙も行われる(100議席中の33席)。大統領選でどの候補が勝っても、新大統領が政策や人事を思うとおりに実行できるかは上院がその大統領に協力的であるかどうかに大きく影響されるので、上院の選挙にも注目が集まる。そして来年1月に新大統領が就任するとまもなく、各省の高官などの指名承認公聴会が開かれることになる。新政権が始まったことが実感される時期である。
 
 

*1 サリー・イェイツは元司法副長官。冒頭の引用はイェイツが自身の指名承認公聴会を思い出す場面。本書第2章でイェイツは、トランプ大統領が就任直後に出したムスリム入国禁止措置(大統領令)について、「賢明でも公平でも」なく、「合法であるとの確信も持てない」と表明し、トランプに解任された。自身の指名承認公聴会で約束したとおり、合憲であると確信が持てなかった大統領からの要求を断ったのである。その後の裁判でこの入国禁止措置は無効と判断され、イェイツが正しかったことが証明された。
*2 ブレット・カヴァノーは現連邦裁判所裁判官。トランプ大統領によって指名された。冒頭の引用は、性暴力加害疑惑が持ち上がって論議を巻き起こしたカヴァノーの指名承認公聴会について『レイディ・ジャスティス』の著者、リスウィックが回想する場面。

 


 
女性+法=変革! 法を公平、平等、尊厳を得るための力に変えてきた女性法律家たちの闘いを描くエンパワリング・ノンフィクション。
 
『レイディ・ジャスティス 
――自由と平等のために闘うアメリカの女性法律家たち』
ダリア・リスウィック 著、秋元由紀 訳

3,850円(税込) A5判 336ページ 2024年8月1日発売
ISBN 978-4-326-60372-5

https://www.keisoshobo.co.jp/book/b647474.html
 
【内容紹介】 人種差別、人工妊娠中絶の阻害、投票権の制限、性暴力……トランプ政権時代の暴政に抗して自由と平等を守るべく即座に立ち上がったのは、多くの女性法律家たちだった。女性やマイノリティができることや望めることを常に規定してきた法。その法を権利獲得のための武器に変えてきたアメリカの女性法律家たちの歴史と現在の闘いを描く。
 
本書の第1章の一部と訳者あとがきはこちらからお読みいただけます。→《第1章/訳者あとがき》
 
 
》》》連載バックナンバー 《一覧》
第1回 アメリカの弁護士たちは「海の底」?
第2回 憧れのローヤーたち
第3回 司法女子パワーのポッドキャスト

About the Author: 秋元由紀

翻訳家、米国弁護士。著書に、Opportunities and Pitfalls: Preparing for Burma’s Economic Transition(Open Society Institute, 2006)、訳書に、イザベル・ウィルカーソン『カースト』(岩波書店)、エディ・S・グロード・ジュニア『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ』、イアン・ジョンソン『信仰の現代中国』、アリ・バーマン『投票権をわれらに』、マニング・マラブル『マルコムX(上下)』、コーネル・ウェストほか『コーネル・ウェストが語る ブラック・アメリカ』、ウェイド・デイヴィス『沈黙の山嶺(上下)』、タンミンウー『ビルマ・ハイウェイ』(第26回アジア・太平洋賞特別賞受賞)、ベネディクト・ロジャーズ『ビルマの独裁者 タンシュエ』(以上、白水社)がある。
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