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松田康博・福田 円・河上康博 編
『「台湾有事」は抑止できるか 日本がとるべき戦略とは』
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序章 なぜ中国は台湾を支配したいのか?
松田康博
中国はなぜ台湾を支配したいのであろうか。中国にこれを問えば、「中国は一つであり、台湾は中国の一部であるからだ」という禅問答のような返事が返ってくるであろう。「台湾有事論」がかまびすしいなか、そもそも、中国が台湾を支配したい理由が何なのかをまず検討しなければ、われわれは議論の本質を見失ってしまうかもしれない。
つぎに、中国にとって台湾を併合して国家統一を求める優先順位が高ければ高いほど、中国がそのためにかけるコストは高くなるはずである。他方で、もしも中国にとって統一よりも高い優先事項があれば、台湾は後回しにされるはずである。
本章では、そもそも中国が台湾を支配したい理由を探究し、それにどれほどのコストをかける意図があるかについて初歩的に考察する。そのことにより、中国による対台湾武力行使の蓋然性の本質を理解することができ、また、台湾、アメリカ、日本などがどれほどのコストを中国に強いる(costimposing)ことで、中国の武力行使を抑止することができるかに関する示唆を得られるはずである。
もちろん、中国が台湾武力統一にどれほどのコストをかけ、どれほどのリスクをとることができるかを正確に計算することはきわめて困難である。それでもなお、こうした考察を通じて、「台湾有事」をめぐる議論のあるべき方向性を明らかにできると考えられる。その上で、最後に本書の構成と着想についての概要を示すこととする。
1 台湾に対する主権の正統性の主張
まず、中国が台湾に対するクレーム(主権の主張)を続けるのは、台湾に対して絶対に正しい領有権があると信じているからである。
それは、第二次世界大戦中のカイロ宣言(一九四三年)で、連合国の戦争目的の一つとして台湾および澎湖諸島の中華民国への返還が挙げられたこと、一九四五年に戦勝国であった中華民国が台湾地域を接収し、その後統治を継続したこと、そして台湾島と澎湖諸島、福建省沿岸の金門島、馬祖島、そして南シナ海のプラタス諸島(東沙群島)とイトゥ・アバ(太平島)等が、一九五〇年代までの国共内戦で「解放し損ねた(人民と)領土」である、という三つの要素からなっている。
つまり、中国にとって、台湾を併合し、国家の完全な統一を実現することは、中国共産党が一九四九年に全国政権を樹立した時以来の国是である。中国人民解放軍が、「中国人民」を「解放」するための内戦用軍隊として始まり、いまだに「国防軍」等に改名していないことからもわかるように、「解放し損ねた(人民と)領土」を併合してこそ、初めて中華人民共和国は完全な統一国家となるのである。
つまり、中華民国政府を承継したという認識を持つ中華人民共和国政府は、当然の権利として台湾を支配することができなければならない。以下、中華人民共和国政府が発表した法律と白書から、台湾を位置づける文言を抜き出してみよう。
「反国家分裂法」
第一条 「台湾独立」の分裂勢力に反対し、これを抑止し、祖国の平和的統一を促進し、台湾海峡地域の平和と安定を維持し、国家の主権と領土の一体性を守り、中華民族の根本的利益を守ることを目的として、憲法に基づきこの法律を制定する。
第二条 世界に中国は一つしかなく、大陸と台湾は同じ中国に属し、中国の主権と領土の一体性は不可分である。 国家主権と領土の一体性を守ることは、台湾同胞を含む中華民族全体の共通の義務である。
台湾は中国の一部である。 国家は、いかなる名目であれ、いかなる手段であれ、「台湾独立」の分離主義勢力が台湾を中国から分裂させることを決して許さない。
第三条 台湾問題は中国の内戦が残した問題である。台湾問題を解決し、祖国の統一を実現することは、中国の内部事務であり、いかなる外国勢力の干渉も受けない。
「台湾問題與新時代中国統一事業(二〇二二年台湾白書)」
台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を達成することは、中華の子女たち全員の共通の願いであり、中華民族の偉大な復興のための必然的な要求であり、中国共産党の揺るぎない歴史的任務である。
これは、台湾は中国の一部であるから統一を目指すのであるという一種のトートロジーであり、統一は歴史的な趨勢であり、疑問を挟むことをいっさい許さないと言うに等しい。中国は、台湾問題が中国の内政であり、いかなる外国勢力の干渉も受けないという原則的な立場を堅持しているがゆえに、たとえ現状維持すべきだ、平和的解決をすべきだという国際社会の声も正面から拒絶するのが当然の対応となる。中国では台湾問題で「妥協」してしまうとその政権は正統性を失ってしまうからである。
中国はまた、台湾について一般的な意味と異なる「現状」の認識を持っている。それは、「一つの中国」という現状認識である。日本やアメリカでは、台湾海峡をめぐる現状とは、中国大陸に中華人民共和国政府があり、台湾には中華民国政府があり、分裂国家である両政府が、それぞれの領域や人民を統治しているというイメージである。
しかし、中国では、中国は一つ、すなわち中国は分裂していないというのが台湾海峡の現状認識である。つまり、現状では台湾海峡の両側はいまだに統一していないだけの状態にすぎず、さらに言うと、統一に向けて歴史的な歩みを続けている。したがって、台湾が独立を宣言するどころか、現状の分裂状態を維持すること、たとえば統一交渉を拒絶することさえもが、「現状変更」行為となる。
中国において、台湾との統一プロセスを引き延ばすことができる論理とは、中国自身の平和と発展、最近の言い方で言うと、中華民族の偉大な復興が妨げられる場合のみであり、そのような場合には統一の歩みを一時的に緩めることが可能となる。つまり、中国のすべての個人にとって、台湾との統一を進めるのは義務であり、これを怠るのは、個々人の栄達のみならず安全にさえ関わる。これは体制内エリートにとってとくに重要である。
しかしながら、正統性は大きなコストをかけて現状を変更する要因になるとは必ずしも限らない。現状を維持し、自国の立場を主張し続けるだけであっても政治的に致命的な過ちになるとは限らない。中国が台湾問題について、高いコストをかけてでも現状変更を試みるには、それ相応の理由が必要となる。
2 安全保障戦略上の利益計算
その説明として最も有力なのは、中国にとっての安全保障戦略上の利益である。ただし、台湾に関して安全保障上の利益といっても、必ずしも併合に直結するとは限らない。たとえば、安全保障戦略上、ある係争地域が完全な自国領土ではなく、単なる緩衝地帯であればそれでよいという場合も、安全保障上の利益を意味する。他方で、係争地域を完全な自国領土として支配権を確保し、そこを橋頭堡として、さらに対外拡張をするために利用するという場合も、安全保障上の利益を意味する。
中国がなぜ台湾を支配したいのかを研究したアラン・ワックマンによると、中国大陸の政権として初めて台湾を併合した清朝の康煕帝(こうきてい)でさえ、当初台湾の戦略的重要性に気づかなかった。
(以下、本文つづく。注番号は割愛しました)
第13章 中国・台湾問題の本質と台湾海峡の未来――「考えられないことを考える」
兼原信克
はじめに
冷戦初期、中国は分断国家となった。「一つの中国」という法的な擬制のもとに、事実上中華人民共和国と中華民国という「二つの中国」が生まれ、両者が中国を代表する合法政府の座を争っていた。西側諸国の多くは、もともと中華民国を、中国を代表する合法政府として承認していた。ところが、一九七〇年代の国連での中国代表権喪失、日中・米中国交正常化(=日華・米華断交)およびそれに続く多くの国の対中国交正常化によって、中華民国政府は国際社会において中国代表としての立場を失い、中華人民共和国政府が中国を代表するという状況が急速に固定化していった。
あれから約半世紀が経つ。その間に台湾は、李登輝総統のもとで血を流すことなく民主化を達成して自由の島となり、現在に至る。国民党独裁のもとで押さえつけられていた台湾人(本省人)のアイデンティティが政治の表面に流れ出始めた。他方で中国は、一九八九年の天安門事件を経て民主化運動が弾圧された後、今や習近平主席のもとで統制色、イデオロギー色の強いデジタル監視国家となった。その中国が今やアメリカの背中を追いかける超大国となっているのである。
台湾海峡の現状維持を担保してきたアメリカの国力、なかんずく軍事力は、中国の大軍拡の前に、絶対的な優位を失いつつある。戦後初めて、われわれは「台湾有事のリアル」を考える時代を迎えている。台湾有事をどのように抑止すべきか。万が一起きた場合にどのように対処すべきか。さらには、有事が起きたらどのように終わらせるのか、その後の西太平洋の地域安全保障の体制はどのようにあるべきかまで、想定しなければならない段階に至っている。本章は、序章で示された「考えられないことを考える」という趣旨のもと、中国・台湾問題の本質と、台湾有事が起きた場合の未来を検討する。
1 「分断国家」中国の誕生
(1)中国の分裂から米中国交正常化へ
第二次世界大戦後、ワシントンDCとモスクワを二つの磁極として世界中に東西冷戦の強い磁場がかかった。その結果、第二次世界大戦後に力の真空となったいくつかの国々が、無残にも二つに割れた。同一民族でありながら、分断された国家が次々と生まれた。その代表例が、東西冷戦の最前線に位置した中国、朝鮮、ヴェトナム、ドイツである。このように分断国家が世界規模で陸続として生まれる現象は、世界史的にとても珍しい現象である。
朝鮮では、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)の二つのコリアが生まれた。ヴェトナムは南北に分裂したが、北ヴェトナムが統一を果たした。ナチス・ドイツは、国家としていったん完全に消滅し、そのままドイツは東西に分裂したが、冷戦の崩壊とともに再統一を果たした。
これらの国々と同じように、中国もまた、分断国家(divided nation)となった。第二次大戦後、蔣介石は、中華民国政府が日本から接収した台湾に撤退し、その一方で中国大陸では、一九四九年一〇月、マルクス・レーニン主義を掲げる毛沢東の中華人民共和国が成立した。台湾に陣取った中華民国と、大陸を制覇した中華人民共和国という分断中国が成立したのである。
ところが、毛沢東も蔣介石も、中国はあくまで一つであり、我こそが(すなわち、中華人民共和国こそが、あるいは中華民国こそが)中国の代表であるとの立場を崩さず、両者とも「二つの中国」という分断国家とみなされることを拒否した。それ以降、分断中国に関する限り、中国という国家は一つであり、中華人民共和国政府(北京)と、中華民国政府(台北)のいずれを合法政府として承認するかという理論的な整理がなされることになった。
しかし、筆者は、中国の分断国家化という客観的現実を見れば、この段階の中華人民共和国は、国際法上、正確に言えば、未承認政府ではなく、未承認国家と位置づけることが正しいと考える。分断国家となった中国の説明には、国際法上の政府承認の論理が借用されることが多いが、政府承認の法理は、一つの国家内で起きたクーデターや反乱に際して、内政干渉を試みる第三国の過早(かそう)な新政府承認が、国際の平和と安定を乱すことを排除するためにしばしば使われる法理である。「一つの中国」の主張は、中国の正統政府を主張する毛沢東と蔣介石による政治的な主張であり、分断が固定された国家の客観的な姿を法的に評価するには十分とは言えない。典型的な分断国家となった中国に政府承認の法理を借用することは、とりうる唯一の選択肢ではなく、むしろ他の選択肢も開かれている。台湾の独立国家性について肯定的な学説もあれば、台湾を準国家として扱う学説もある。
台湾が、国家としての実体を備えているのであればそれを未承認国家として扱うことも可能となる。未承認国家という点では、対中国交正常化前の中国の地位に関しても同様である。日本政府は、「二つの中国」という立場をとったことはないし、アメリカは、そのような立場をとらないと明言している。しかし、台湾を国家として承認しないからといって、台湾が中国の領土の一部であり、中国が武力併合する権利を認めるということにはならない。それは論理の飛躍である。台湾は、一九四九年以来七五年もの間事実上独立しており、中華人民共和国の統治を一度も受けたことがないからである。台湾は、国家承認が欠けているだけで、①永久的住民、②明確な領域、③政府、④他国と関係を取り結ぶ能力(独立)等国家として持ちうる基本的な国際法上の要件を満たしていると考えるべきである。
一九七〇年代に実現した米中接近と、その後の国交正常化は、六〇年から続く中ソ対立に苦しむ中国と、ヴェトナム戦争で国力を消耗していたアメリカのいわば「手打ち」であった。冷酷な国際政治の場では、敵の敵は往々にして味方となる。イデオロギー的対立も国家の生存本能の前には色褪せる。ヘンリー・キッシンジャー国家安全保障担当大統領補佐官の演出した米中接近は、まさにソ連の脅威への対応という米中の共通利益に着目した没価値的な権力政治の産物であった。日本では、田中角栄首相が後を追い、本格的な交渉開始からわずか二か月で国交正常化を果たした。
中国は対米・対日国交正常化を焦っていた。一九七二年の周恩来首相と田中首相の会談記録は、日本側から全文が公表されている。周恩来首相は、首脳会談の初日から、日中国交正常化は「一気呵成にやりたい」と述べていた。中国側の焦りが伝わってくる。一九六九年、毛沢東は、中ソ国境のウスリー川の中州であるダマンスキー島(珍宝島)上のソ連側実効支配地域を攻撃した。毛沢東は、モンゴルで増強されていくソ連陸軍の機械化師団に恐怖したはずである。中国・モンゴル国境から北京は数百キロ離れているが、天然の障害が少なく、首都を防衛するのは困難を極める。中国側の対日、対米国交正常化の動機は、北京を蹂躙しかねないソ連軍に対する恐怖であった。
それでは、米中国交正常化における台湾の地位はどうなったのであろうか。一九七二年二月、米中国交正常化の地ならしとなったリチャード・ニクソン大統領訪中時の周恩来首相との上海コミュニケにおいて、アメリカは、「台湾海峡の両側のすべての中国人が、中国はただ一つであり、台湾は中国の一部分であると主張していることを認識している。米国政府は、この立場に異論をとなえない。米国政府は、中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する」と述べている。
この文章は、北京政府と台北政府という二つの政府が存在しており、その両方が中国は一つであって、その中国とは自分のことだと主張しており、かつ、台湾は自分のものと主張しているという事実を、アメリカ政府は承知している(acknowledge)と述べているだけであって、台湾が中華人民共和国の領土であり、北京政府が台湾を併合するために武力行使をしてもいいとは決して認めていない。アメリカは、あくまでも台湾海峡の現状維持を前提にして、北京政府を中国の唯一の合法政府として承認しただけなのである。そして米華同盟は終了し、米軍は台湾から撤収した。この上海コミュニケからほぼ半年後、周恩来首相は、田中角栄首相との首脳会談において、この玉虫色の文章は「キッシンジャーの傑作だ」と讃えている。
日本もまた、国交正常化の際の日中共同声明において、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府であることを承認した。しかし、「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部である」という中国の主張に対しては、「中華人民共和国政府の立場を十分に理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と記すにとどめている。
ポツダム宣言第八項には、「カイロ宣言の条項は履行せらる」べしと記されており、カイロ宣言には、米英中の連合国の目的が「満洲、台湾及び澎湖諸島の如き日本国が清国人より盗取したるいっさいの地域を中華民国に返還することに在り」と記されている。この文章は、戦時中の連合国間の仮合意であるカイロ宣言、ポツダム宣言の経緯を述べている。しかし、実は、日本はサンフランシスコ平和条約によって「台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄」しており、これが最終的な領土処理であるので、その後になってその帰属先について「何ら物を申すべき立場にない」というのが日本政府の法的な立場である。
(以下、本文つづく。注番号は割愛しました)