あとがきたちよみ
『重点解説 不正競争防止法の実務』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/11/8

 
あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
 
 
岸 慶憲・小林正和・小松香織・相良由里子・佐竹勝一・外村玲子・西村英和・山本飛翔 著
『重点解説 不正競争防止法の実務』

「はしがき」「第1章第2節 商品のパッケージデザインに関する問題」より抜粋(pdfファイルへのリンク)〉
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はしがき
 
 不正競争防止法は、知的財産の分野の中でも、やや辺境に位置するイメージがあるのではないだろうか。中には不正競争防止法を知的財産法の一つとは認識されていない方もいるかもしれない。
 しかし、知的財産の実務に携わっていると、特許権侵害訴訟の際に相手方の信用毀損行為の差止めの反訴を検討することや、商標登録のないデザインや形態が類似する商品に対して差止請求できるか否かを検討することや、退職した元従業員による情報漏洩のリスクの相談等々、他の知的財産権ではカバーできない部分で、不正競争防止法に基づく権利行使の余地がある場合に多く遭遇する。また、新しい法律問題が生じたときに、その手当てをするための法改正が行われ、新しい条文が入るのも、しばしば不正競争防止法である。そういった意味で、不正競争防止法は、他の知的財産権の隙間を埋める「隙間産業」のような法律、その重要性をあまり知られていないが、人知れず活躍している法律であるように感じている。他の知的財産法だけでなく、不正競争防止法を知り、理解していないと、実務上、紛争が生じた場合の権利行使の可能性や、権利行使されるリスクを見逃してしまうこともあり得るのである。
 
 不正競争防止法に基づく権利行使の可能性を検討しようとする際、多くの人が最初に参照するのは、経済産業省が発行し、インターネット上でも閲覧できる『逐条解説 不正競争防止法』(最新版は、令和6 年4 月1 日施行版。以下「逐条解説」)ではないだろうか。逐条解説は、多くの裁判例もかなり網羅的に言及され、度重なる改正にも最も迅速に対応する、非常に有用かつ重要な解説書であり、必ず参照していただきたい資料でもある。
 しかし、「逐条解説」であるという性質上、予め一定の知識がないと、例えば適用除外条項など、本来参照すべき重要な条項を見逃してしまうリスクもある。
 そこで、普段、実務で不正競争防止法の案件を取り扱うことの多い若い弁護士を中心に、逐条解説とは異なる切り口で、実際に不正競争防止法が問題となる典型的な事例をベースに、そのような事案で実務上問題となること等を解説する実務書があれば、特に普段から不正競争防止法に触れているわけではない実務家や企業の方たちに、一定の有用性があるのではないか、という話が出て、これに賛同してくださったのが、勁草書房の編集者である中東小百合さんであった。
 そのような経緯で、8 名の弁護士で分担して執筆されたのが、この『重点解説 不正競争防止法の実務』である。
 
 本書は、各種不正競争行為を、第1 章「営業上の表示に関する諸問題」、第2 章「信用に関する諸問題」、第3 章「情報財に関する諸問題」、と分類したうえで、それぞれの救済手段について、第4 章「不正競争行為に対する民事的救済」、第5 章「不正競争行為に対する刑事的救済」に分類して解説することとした。
 不正競争防止法の性質上、様々な行為態様があるうえ、執筆担当者が各章で異なることから、読みにくい向きもあるかもしれないが、一応、大まかな構成は、

1 はじめに(導入・問題となる事例の典型例を紹介)
2 問題となり得る法令(不正競争防止法以外の法令の紹介)
3 不正競争防止法の要件等の解説
4 実務上の留意点

となっている。特に、「実務上の留意点」の項目で、執筆者である各弁護士が、実際の実務の際に気を付けていることなどを比較的自由に記載しており、この部分が他書にはない特徴になると同時に、実務的に有益な情報を提供できていれば幸いである。
 
 途中、原稿の完成まで大変難航し、何度も挫けそうになったこの書籍の刊行を、企画段階から諦めずに粘り強く取り組んでくださり、多大なるご尽力をいただいた中東さん、及び、刊行までの追い込み作業をご担当くださった鈴木クニエさんに、最大限の敬意と謝意を送りたい。本書が、既存の不正競争防止法関連の書籍の中で、少しでも新しい切り口を提供し、実務に携わる方々の助けとなる場面があれば、これ以上の喜びはない。
 
2024 年8 月
相良由里子
 
 
第1 章 営業上の表示に関する諸問題 1
第2 節 商品のパッケージデザインに関する問題

 
(略)
Ⅲ 不正競争防止法に基づく請求
(略)
2 不正競争防止法2 条1 項2 号
 商品のパッケージデザインが著名になれば、同条同項2 号の規定する「著名表示」に対する不正競争行為にも該当することなる。
 ただし、商品のパッケージデザインが著名性を備えることは、文字やロゴなど以上に容易ではない。
 これまでに、商品のパッケージデザインの著名性を原告が主張した事例は多くあるが、裁判所が著名性を認めた例21 は多くはない。
 
3 適用除外
 法2 条1 項1 号及び2 号に関連する適用除外条項については、前節において説明したとおりであるので、本節では割愛する。
 
4 効果
 民事上の請求権及び刑事罰についても、前節のとおりである。
 
Ⅳ 実務上の留意点
 
1 権利者側の留意点
 前節において言及した、商標の調査、被疑侵害者の特定、侵害態様の特定、使用証拠の保全、早期の警告状、周知性や混同のおそれの立証等、権利行使のためにすべき一般的な事項は、商品のパッケージデザインの場合と、文字やロゴ等の場合とで、大きく変わるものではない。
 ただし、パッケージデザインは、権利者側の権利範囲の外縁が、文字やロゴの場合以上に不明確であることから、権利行使に際しては、より慎重な検討と準備が必要となる。
 
(1)「商品等表示」該当性について
 前述のとおり、パッケージデザインが「商品等表示」に該当するためには、当該デザインがありふれておらず、識別力を有することを主張立証する必要がある。
 同種商品の市場において、しばしば採用される、「よくあるデザイン」では、他社商品と識別することができないことから、パッケージに大きく採用されていたとしても、「商品等表示」にはなり得ない。自社のパッケージデザインのうち、どの部分に「商品等表示」性が認められるのか、すなわち、どの部分に識別力があるのかを確認するためには、他社の同種商品のパッケージデザインと対比することが重要となる。
 なお、一つ一つの要素に分解すれば、当該要素がありふれていたとしても、それらを組み合わせたデザインはこの世に存在しない、というような場合には、全体として特徴的なデザインとなり識別力を有することもある。デザインの構成要素の全てが特徴的でなければならないわけではないという点にも留意しつつ、他のデザインと対比して、特徴的な点の抽出を行う必要がある。
 
(2)周知性の立証
 パッケージデザインの周知性を立証する際には、文字やロゴの場合と同様、①商品がよく売れていることを示す証拠、②宣伝広告を積極的に行っていることを示す証拠、③人気商品等として第三者に取り上げられたことを示す証拠、④実際の認知度を示す証拠、が考えられる。
 商品パッケージは、商品を購入した人であれば必ず目にしていることから、①販売数量は当該パッケージデザインを見た人の数であり、これが多ければ周知である、と主張しやすい。ただし、商品パッケージはしばしば細かいデザイン変更がなされることがあり、問題となっている現在のパッケージデザインでの売上データ等であることが必要となることには注意したい。
 他方、②宣伝広告や③第三者による記事等の関係では、単に商品の宣伝広告や、記事で取り上げられた事実では足りず、その中でパッケージデザインが表示されていることが必要となることに注意を要する。
 また、④認知度についても、商品名やロゴではなく、デザイン自体の認知度を立証する必要があるため、容易ではない。
 
(3)類似性及び混同のおそれの立証
 パッケージデザインに関する権利を行使するに際しては、抽出したデザインの特徴点に番号を付して列挙し、相手方のデザインが各特徴点を有していることを指摘することによって、類似性を示すことが多い。
 なお、各要素を対比して、それぞれが一致することを主張することは重要であるが、実際には、商品棚に陳列された状態で、離隔的観察によって対比するものであるから、そのような状態で見た場合の類似性についての言及も重要となる。
 パッケージデザインに関しては、商品名やロゴ等と異なり、権利の外縁がより不明確であり、混同のおそれの有無も当事者間で激しく争われる余地があるため、需要者が現実に混同したという事実があることは、権利者にとって非常に強力な証拠となる。
 また、混同のおそれの立証が難しいことから、混同を助長するような周辺の事情があれば、これらに言及することも有益である。
 
(4)自社のパッケージデザインの管理
 他社のパッケージデザインを調査することと同様に、あるいは、それ以上に、自社のパッケージデザインの管理を継続的に行い、デザインの識別力、言い換えれば「ブランド力」を維持することも重要である。
 パッケージデザインが「商品等表示」として、不正競争防止法により保護され得る価値を持つためには、識別力を獲得し、周知になることが必要であることから、特徴的なデザインが変更されず、継続的に使用されていることが望ましい。
 しかし、現実には、パッケージデザインは需要者のニーズや嗜好の変化に応じて変化するものであり、大幅にイメージを刷新してリニューアルする場合もあるが、細かい修正を重ねることにより、デザインが徐々に変遷することも多い。大幅なデザイン変更は社内で情報共有され、意思決定される場合も多いと思われるが、細かい修正は事業部の判断で行われることも多く、知的財産部門がそれまで自社のパッケージデザインの特徴点である、と主張していた点が、いつの間にか変更されてしまう場合もある。変遷が多すぎて、継続的に採用しているデザインが少なく、「自社商品のパッケージデザインの特徴」と言える点を主張しにくい場合すらある。
 また、被疑侵害者が、権利者側のデザイン変更後に、その一代前のデザインに似せてくる事例もある。権利者自身が自社のデザインの価値を正しく認識しておかないと、被疑侵害者にフリーライドされても、権利行使ができないという事態を招きかねない。
 デザインを全く変更しないということは考えにくい以上、変更は前提としながらも、権利者としては、パッケージデザインの特徴点、言い換えれば、自社のデザインが「ブランド力」を有している特徴点を社内で共有し、その点を可能な限り維持し、保護していくことを全社的に意識し、管理していくことが重要である。
 
2 被疑侵害者側の留意点
 不正競争防止法を根拠とする警告状を送られた被疑侵害者側の留意点についても、前節において言及した、権利行使の対象の特定、周知・著名性の調査・検討、回答方針の決定、債務不存在確認訴訟の検討等、一般的な留意点は特に変わるものではない。
 パッケージデザインをめぐる争いは、よほど酷似している場合でない限り、被疑侵害者側でも権利侵害を容易に認めることはできない場合も多い。
 
(1)パッケージデザイン選択の経緯
 デザインを決定する際には、通常は、他社のデザインを見た上で、それに類似しないようにデザインを選択するはずであるが、そのデザイン決定の際の様々な過程で、類似するデザインを選択してしまう場合もある。
 いずれにしても、被疑侵害者としては、どのようなコンセプトをもって、どのような経緯でデザインが決定されたのかを確認することは重要である。他社のデザインを参考に、これに類似するような方向で変遷している場合もあり、そのような場合には、反論の仕方も慎重に検討する必要がある。
 
(2)「商品等表示」該当性に関する反論
 権利者側は、パッケージデザインが類似している点を、権利者側のデザインの特徴的な点であると主張することが多い。そこで、被疑侵害者側としては、権利者が特徴的であると主張する点を一つでも多く否定することが重要となる。
 すなわち、同種商品において、当該デザインがありふれていることを、根拠を示して立証することが重要となる。同種商品の範囲の設定によって、似たようなデザインが多く見つかる場合もある。
 なお、各要素を一つずつ観察して、それぞれの要素がありふれていることを指摘するだけでなく、それらを組み合わせた全体のデザインについても、何ら特徴的ではない、ということを主張することも重要である。
 
(3)周知性に関する反論
 周知でないことを立証するのは容易ではないが、パッケージデザインの場合には、商品そのものが周知であっても、現在のパッケージデザインが周知とは言えないという場合もある。宣伝広告においてパッケージデザインが目立つように表示されていたか、パッケージデザインが実際には時期によって変遷しており、特徴点と言われる点が、ごく最近採用されたデザインであるといった事情はないか等を検証する必要があるであろう。
 
3 紛争を予防するための留意点
 パッケージデザインの検討に際しては、既存のデザインから離れた斬新なデザインを採用することで、強い識別力を獲得し、市場において独自の地位を獲得することが可能になることから、既存のデザインに類似しないデザインを採用することが大原則である。
 しかし、商品によっては、斬新なデザインを採用するより、既存のものに類似したデザインにする方が、需要者に受け入れられやすい場合もあるため、相互にパッケージデザインが類似していく市場もあるようである。類似させる意図がなくても、類似してしまう場合も考えられる。
 権利者側の留意点の項目でも言及したとおり、いずれにしても、どのような点がありふれたデザインで、どのような点が他社の特徴的な点であるかを見極め、市場において、各当事者がブランド戦略をもってデザイン開発を行い、相互に特徴的な点を持つよう工夫することが、紛争を予防する上で最も重要な点であるように思われる。
〔相良由里子〕
 
 
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