あとがき、はしがき、はじめに、おわりに、解説などのページをご紹介します。気軽にページをめくる感覚で、ぜひ本の雰囲気を感じてください。目次などの概要は「書誌情報」からもご覧いただけます。
濱中淳子・葛城浩一 編著
『〈学ぶ学生〉の実像 大学教育の条件は何か』
→〈「序章 大学生の学びを問い直す」「第1章 余白を埋める─ノンエリート大学における学び」抜粋(pdfファイルへのリンク)〉
→〈目次・書誌情報・オンライン書店へのリンクはこちら〉
*サンプル画像はクリックで拡大します。「序章」ほか本文はサンプル画像の下に続いています。
序章 大学生の学びを問い直す
濱中淳子
日本の大学は教育改革の渦中にある。いや、長らく渦中に滞留しているといったほうが良いだろう。いまに続く改革はすでに三十数年も前、一九九〇年代初頭にはじまった。多方面からのアプローチが試みられたが、振り返れば、大きな穴があるものだったように思われてならない。すなわち、学生の学びや成長の理解が不十分であり、大事な観点が抜け落ちている。改革の方向性に問題がありながら、「なしくずしの政策追随に陥る大学」(広田 2019)と揶揄される状況に入り込み、手応えを感じることもできない。渦のなかからどのように出ればいいのか見通しをたてることができずに現在に至っているように見受けられる。
では、抜け落ちている点とは何か。現代の学生の学びや成長のどのような側面に留意すべきなのか。本書の目的は、これらの問いを中心に据えながら、大学教育改革のありようについて新しい切り口から考察を加えるところにある。
以下、これまでの大学教育改革の特徴を振り返り、現在地を確かめるところから議論をはじめたいと思う。
(中略)
3.本書の分析視角とデータ
① 高校までの学びは、知識量に制限があるうえ、正解があるものを扱う。教えられたものを習得する。これを〈学校教育の枠組みでの学び〉と呼べば、この〈学校教育の枠組みでの学び〉は、大学に入学してからも続く。
② 他方で大学では、それを超える学びを経験する機会が増える。すなわち、正解がない課題についての学びである。
③ ただその学びも、「正解がない課題を扱おうとする」のと、「その課題に対し、いくつかの根拠をもって、自分なりの答えを出せるようになる」とのあいだには距離がある。たとえば、正解がない問いに対し、誰かがすでに抽出している見解をみつけ、それを吟味することなく自分の答えとして提示することもできる。これはいわば「社会科学領域の調べ学習」であり、根拠の重層性は明らかに低い。
④ 溝上がいう「いくつかの根拠をもって「こういうふうに見える」「こういうふうに考えられる」となってくる」という学びは、その先を行く営みだと捉えられる。正解のない課題について、根拠の重層性を担保しながら自分なりの答えを導き出す。これを〈大学固有の学び〉と呼べば、大学教育で展開される学びは、〈学校教育の枠組みでの学び〉と〈学校教育の枠組みを超えた学び〉、そして〈大学固有の学び〉の三層構造(ステージ1・ステージ2・ステージ3)で捉えられる。
以上の枠組みを用意したうえで、 私たちは本書の直接的な分析対象として、全対象者八六名から、正課に多くのエネルギーを注いでいる学生=〈学ぶ学生〉を抽出した。三〇年あまりの改革を経たキャンパスにおいて、〈学ぶ学生〉がどのような学習経験を積んでいるのか。機関タイプそれぞれについて特徴的な三名を選び、行ったのは以下の二つの問いをめぐる分析である。
⃝ 正課に多くのエネルギーを注いでいる学生=〈学ぶ学生〉は、三層構造のどの学びをどのように展開しているのか。
⃝ 〈大学固有の学び〉まで経験したとすれば、それを可能にした条件は何か。
これら二つの問いが、先行研究で扱われてこなかった新規のものであることは改めて強調しておきたい。
(以下、本文つづく。図表は割愛しました。pdfでご覧ください)
第1章 余白を埋める─ノンエリート大学における学び
葛城浩一
ノンエリート大学とは何か
本章では、ノンエリート大学に所属する学生(以下、ノンエリート大学生)の学びの実態についてみていきたい。はじめに、ノンエリート大学の定義をしておこう。ここでいうノンエリート大学とは、「エリート大学ではない大学」という意味合いではなく、「エリート大学とは極めて対照的な大学」という意味合いで用いるものである。端的にいえば、入学難易度が(極めて)高いエリート大学とは対照的に、入学難易度が(極めて)低いのがノンエリート大学ということである。その典型が、「ボーダーフリー大学」とも呼ばれる、受験すれば必ず合格するような大学、すなわち、事実上の全入状態にある大学である。ノンエリート大学(ボーダーフリー大学を含む)におおむね相当する定員割れを抱えた大学は、二〇二四年時点で、私立大学全体の六割近くに及んでおり(五九・二%)、経営上の採算ラインの目安とされている定員充足率八〇%を下回る大学は三割を越えている(三〇・四%)。
このような(深刻な)定員割れを抱えた大学の現状に鑑みれば、多くのノンエリート大学では、入試の選抜機能がほとんど働いていないであろうことは容易に推察されよう。そのため、ノンエリート大学には基礎学力や学習習慣、学びの動機づけといった、学習面での問題を(程度差はあれ)抱える学生ばかりが集まっているようなイメージをもちがちであるが、現実はそうではない。ノンエリート大学にそうした学生が多く集まっていることは確かであるが、そこには学習面で比較的優秀な学生も少なからず存在している。このように、とくに学習面での問題の多寡という点での分散が極めて大きいのがノンエリート大学の主たる特徴のひとつである。すなわち、ここにほかのタイプの大学に所属する学生の学びとの違いが如実に表れている可能性は高いと考えられる。そこで本章では、本書共通の切り口である「正課に対して落とすエネルギーがどの程度であったのか」に加え、「学習面での問題をどの程度抱えた状態で大学に入学したのか」を本章独自の切り口として、そこに生きる学生の学びの実態を描写していきたい。
インタビューの概要
インタビューを行ったのは、ノンエリート大学に位置づけられる私立N大学に所属する学生である。N大学は、社会科学系の経済学部を擁する複合大学である。一学年約四〇〇名程度であり、いわゆる小規模大学に該当する。調査時点では定員充足していることからいえば、ボーダーフリー大学に位置づく大学というわけでは必ずしもなさそうである。ただし、インタビューの際に複数のN大学生が自大学を「ボーダーフリー(大学)」と語っていたことから、N大学をボーダーフリー大学として認識している学生は少なくないと考えられる。
N大学の経済学部は一学年三〇〇名程度であり、α学科とβ学科の二学科を有する。ディシプリンとの関連性が強い(すなわち、「ディシプリンそのものを学ぶ」という特徴が色濃い)のが前者であり、それが弱い一方で、特定の職業キャリアとの関連性が強い(すなわち、「ディシプリンにおける概念等を用いながら特定の職業キャリアについて学ぶ」という特徴が色濃い)のが後者であると整理できよう。なお、いずれの学科においても教職課程(社会)を履修することが可能である。
インタビューは二〇二一年度及び二〇二二年度の卒業が迫る時期(一一月から二月)に、一八名(うち四年生一七名)に対して行った。一七名の内訳はα学科が一二名、β学科が五名である。なお、調査対象学生の選定は、まずN大学の教員に調査対象学生を数名紹介いただき、その後、彼らから次の調査対象学生を紹介してもらうという手続きを繰り返すスノーボール・サンプリングにて行った。
図表1-1は、本書共通の切り口である「正課に対して落とすエネルギーがどの程度であったのか」を縦軸に、本章独自の切り口である「学習面での問題をどの程度抱えた状態で大学に入学したのか」を横軸にとったものである。各象限には、序章で述べたアンケート調査に基づき、ノンエリート大学において当該象限に位置づく学生の規模を楕円の大きさで示している。具体的には、縦軸については、大学三年生以降の授業外学修時間で四時間を、また、横軸については、高校レベルの学習内容について理解していたか否かを基準としている。この結果からいえば、ノンエリート大学生は、学習面で問題を抱える程度が大きいがゆえか正課に落とすエネルギーが小さい学生の占める割合が相対的に大きく、N大学生も同様の傾向にある可能性がある。そうした学生が支配的とも考えられるN大学にあって、正課に落とすエネルギーが大きな学生とはいかなる存在なのだろうか。以下では、正課に落とすエネルギーがとくに大きかったミスズ、タカオ、アカリの「学びの物語」をみていくことにしたい。
1.「三重苦」のなかで──ミスズの場合
まず、ノンエリート大学では多数派を占めている、学習面で問題を抱える程度の大きな学生のケースとして、ミスズを取り上げよう。
1.1 高校を中退して
ミスズは、実学系のβ学科に所属しながら、教職課程も履修している学生である。進路多様校を中退した経験をもち、通信制高校からβ学科に進学した。N大学では通信制高校から進学する学生は決して珍しくはないが、そこに至る経緯は人それぞれである。まずはその経緯を把握するところからミスズの「学びの物語」をみていくことにしたい。
ミスズ:中学校のときもあんまり学校に行ってなかったんですよ、私。その流れで来て、だるいなとか、しんどいなとか、そういうのがあって。で、高校でもそのままずるずるそれが続いて、あんまり高校も行けてなくて。それで、一回辞めたんですよ。
聞き手:それは何年生の頃?
ミスズ:一年生です。
聞き手:一年生の頃の何月ぐらい?
ミスズ:辞めたのが六月とか。
聞き手:結構早いね。
ミスズ:そうなんですよ。あまり行ってなかったので。
聞き手:辞めたあとに何をしてたの?
ミスズ:辞めたあとも一年ぐらいぷらぷら遊んでたんですよ、私。ちょっと仕事っていうか、先輩の紹介で仕事しながらやってて。「あ、このままじゃやばいな」と思って、で、通信制高校に入るようになった。
ミスズは、友達の巡り合わせが災いして中学二年時の途中あたりから生活態度を大きく崩していく。中学三年時にはほとんど学校に行かなくなり、「マンションの横にたまったりとか、ゲームセンター行ったりとか、プリクラ撮ったりとか」、そんな怠惰な日常を過ごしていたという。親が家庭教師をつけてくれたことでなんとか「偏差値三五」の進路多様校に滑り込むことができたものの、怠惰な生活態度を改めることができず、あまり高校にも行かないまま、一年時の六月には退学に至っている。
(以下、本文つづく。注と図表は割愛しました。pdfでご覧ください)