あとがきたちよみ
『ちょっと気になる「働き方」の話 第2版』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2024/12/20

 
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権丈英子 著
『ちょっと気になる「働き方」の話 第2版』

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第2版刊行にあたって
 
 2019 年12 月に『ちょっと気になる「働き方」の話』の初版を出してから5 年が経ちます.この間に,働き方改革推進関連法が順次施行されるとともに,公務員の定年延長や60 代後半の就業確保措置の努力義務化,女性活躍に関する事業主行動計画策定義務の拡大などの働き方に関する法改正が行われ,働く環境もずいぶんと変わってきました.また,こども未来戦略「加速化プラン」もスタートし,子ども・子育て支援もより充実することになりました.
 2020 年からの新型コロナウイルス感染拡大は,2008 年秋のリーマンショックが「男性不況」といわれたのに対して,「女性不況(シーセッション,She-Cession)」と呼ばれることもありました.コロナ禍は,女性は家計補助的であるから待遇が低くても構わないとみなされがちで社会的関心の薄かった女性の雇用や経済的自立が,実は社会の構造変化の中で真剣に取り組むべき問題であることを知らしめました.そしてコロナ禍が収束に向かい始めたころからは,春季労使交渉(春闘)などでも賃金が上がり始めてもいます.
 こうした状況変化の背景には,本書初版でも述べていた労働市場が弛緩から逼迫に転じ,労働力の希少性がいっそう高まってきていること,すなわち生産年齢人口のさらなる低下と,従来,追加的な労働供給源となってきた女性や高齢者の労働参加の今後の大幅な増加が難しくなってきているという事実があります.
 労働力希少社会,これからの急激な人口減少は,私たちがこれまで生きてきた時代とは異なる未知の世界です.本書第2 版では,そうした未知の世界への対応を考えるにあたって,これまでの変化をしっかりと捉えて共通の理解のうえに議論していくために,その土台となる材料を提供したいと考えています.
 本書初版は,「手早く知りたい人のために」(第1 章),「少し詳しく知りたい人のために」(第2 章~第5 章)という主に2 部構成でした.第2 版は3 部構成とし,「もう少し詳しく知りたい人のために」(第6 章,第7 章)において労働力希少社会における女性活躍と地方公務員の働き方に関する内容を追加しました.
 全体的に,初版の枠組み・内容は維持しつつ,図表データを更新し,情報のアップデートに努めました.知識補給については,労働力希少社会の到来と,子ども・子育て支援金制度創設に関する,2つの文章を新たに含めています.なお,追加した第6 章,第7 章の概要は次の通りです.
 第6 章は,女性が活躍する日本経済のために,ということで,日本の男女の役割分担に関する社会規範や社会通念と訳される,時代を覆うノルム(norm)が変わり,日本の女性は世代によってライフスタイルが大きく異なってきていること,そうした中で,少子化が進んでいる状況を描写し,ワーク・ライフ・バランス施策のアップデートが必要であることを述べます.
 第7 章は,2023 年12 月に総務省が公表した「人材育成・確保基本方針策定指針」をめぐって,労働力が希少になる中で地方公務員の労働市場もかなり変わってきており,働きやすさ,働きがいのある,魅力的な職場づくりが必要であること,特にデヴィッド・クレーバーがその著『ブルシット・ジョブ』で指摘した仕事をなくすことを強く意識し,テレワークの活用による「労働時間・就業場所の自由」にも目を向ける必要があることを述べています.
 第2 版の刊行にあたり関係の皆様に感謝申し上げます.特にこの度も編集の労をとってくださった勁草書房橋本晶子さんに心より御礼を申し上げます.
(2024 年10 月)
 
 
はじめに
 
 今では,多くの人たちが,労働者であり消費者でもあり,さらには生活者でもあるという多面性が強く意識されるようになってきました.ミクロ経済学が大前提とする安価で便利さを求める消費者主権の側に立つばかりでは,労働者・生活者としての不都合が生まれ,マクロ経済にも必ずしも望ましくないことが徐々に理解されるようになってきています.仕事と生活のバランスをとろうという,ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)が,次第に時代に受け入れられてきたのも,そういう環境があったからだと思われます.「24 時間タタカエマスカ」のCM は1988 年のものですが,今ではとてもそうしたCM は流せないと思います.長時間労働を強いる企業はブラック企業と評され,そうしたレッテルを貼られた企業は経営が難しくなる状況にもなってきています.
 日本の労働時間が長いことは世界的にも有名です.労働時間が一人ひとり短くなるとすると,働く人が増えない限り総労働供給は減少します.ところが,日本は,人口減少社会に入っていて,特に生産年齢人口の減少は著しく,これまでの,比較的安価な労働力を企業が手軽に利用できた時代から,労働力不足の時代,別の観点から見れば労働力が希少になる時代に入ってきています.そして労働力希少社会では,早晩,資本に対する労働の相対価格が上昇していきます.生産要素間の相対価格の変化は,長期的には市場メカニズムによる調整を通じて,歴史を変える力をもっています.
 そうした価格メカニズムの調整過程のただ中に立つ日本の労働市場にあって,日本の高齢者は若返っているということが,2017 年1月に,日本老年学会・日本老年医学会から示されました.両学会は,「身体的老化などの経時的データ」を分析し,日本の高齢者は,10〜 20 年前に比べて5 ~ 10 歳は若返っているエビデンスがあるから,高齢者を科学的に定義するとすれば,それは75 歳からが妥当ではないかと論じています.この主張には多くの人たちが頷けるところがあると思いますし,2018 年2 月にまとめられた『高齢社会対策大綱』でも,両学会からの提言が紹介され,「65 歳以上を一律に“高齢者”と見る一般的な傾向は,現状に照らせばもはや,現実的なものではなくなりつつある」として,「70 歳やそれ以降でも,個々人の意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しており,“高齢者を支える”発想とともに,意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境を整えることが必要である」と記されています.たしかに,私たちが子どもの頃と比べると,60 代後半,そして70代の人たちが,随分と元気そうにされていることがわかります.そうした世の中では,彼らの社会参加は,彼らが日々生き生きと過ごしていくためにも,そして,社会全体のためにも望ましいという状況が自然と生まれます.
 さらには,女性の高学歴化も相当に進んできました.苦汗労働が主流で,まさに「力」がものをいう時代は遠い過去の話になり,女性も自然に活躍できるサービス産業が産業の中心となる中,働き続け,社会に参加していたいと思う女性たちも増えてきました.
 そうした今,できるだけ多くの人たちが,ワーク・ライフ・バランスをとりながら,できるだけ長い期間,働きがい,生きがいをもって,就労やボランティアという形で社会に参加できている社会を,どのようにして構築するかということが社会・経済政策の課題として意識されるようになっているとも言えます.多くの人にとって働くことをはじめとした社会参加をしやすい環境づくりを進め,若者も高齢者も,男性も女性も働きたい時期に,無理なく働くことのできる社会にするにはどうすればよいのか.そうした社会を築いていくためには,どのような政策を行っていくべきか.このような問いにヒントを得るために,近年の働き方改革の動きと,これに関わる社会保障の動きとを,歴史的にみたり,国際比較の観点から眺めたりすることで考えてみたいと思います.
 この本は,大きく2 部構成になっています.前半は「手早く知りたい人のために」として,働き方の改革の全体像を講演ベースにまとめています.働き方改革の大きな枠組みとして,労働力活用の2つの類型──働く人とそれ以外の人とに分かれた「分業型社会」とそうではない「参加型社会」──を紹介し,今は「分業型社会」から,ワーク・ライフ・バランスの取りやすい「参加型社会」へと向かっているところであることを示します.その上で,日本の働き方の特徴でもあり働き方改革の主要課題ともいえる,長時間労働の状況を確認します.また,女性活躍推進,高齢期雇用,そして非正規雇用のそれぞれについて,論じていきます.この章を読むことで,働き方改革の中心的な議論について,これまでの政策的な背景も含めて理解できると思います.
 第2 章以下は,もう少し詳しく知りたい人のためのものです.第2 章では,日本の高齢期雇用政策の当面のターゲットであった60代前半の雇用に注目しています.はじめに,欧米諸国における高齢期雇用に関わる政策展開を概観した上で,高年齢者雇用安定法に伴う民間企業における定年年齢や再雇用制度の状況,そして公務員における高齢期雇用についても少し詳しくみていきます.
 第3 章は,女性活躍推進法を取り上げます.1985 年の男女雇用機会均等法や1991 年の育児休業法の成立とその後の改正などにより,制度的には雇用分野における男女平等が進み,また,仕事と育児や介護の両立支援の仕組みも整備されてきました.ところが,実質的な男女平等にはまだまだ遠いようです.例えば,世界経済フォーラムによる2018 年のジェンダー・ギャップ指数(Gender Gap Index: GGI)は,調査対象149 か国中110 位(前年は144 か国中114位)ですし,女性の労働市場への参加は進んできているのに,管理職に占める女性の割合は諸外国に比べて極めて低いなど,女性労働には質的に大きな課題が残っています.女性活躍推進法は,そうした課題について,特に政府が求める経済効果への期待を受けて2015 年に成立し,2019 年には法改正が行われました.この章では,同法の内容を紹介するとともに,女性労働の現状と課題を考えたいと思います.
 第4 章は,非正規労働者の中で最も大きなグループであるパートタイム労働を取り上げます.特に,2018 年に成立した働き方改革関連法の非正規労働者の待遇改善については,パートタイム労働法を,パートタイム・有期雇用労働法に改正し,パートタイム労働法の均等・均衡待遇アプローチを,有期雇用にも拡張する形で進めることになりました.日本において労働市場における女性の活躍があまり進んでこなかった背景には,短い労働時間しか働けない場合,正社員と待遇の大きく異なる非正規雇用としての雇用機会しかなかったことがあります.パートタイム労働の待遇改善を進めることは,正社員に柔軟な働き方を導入することとともに,人々の働き方の選択肢を広げ,ライフ・ステージにおいて働き方の重点を変えてもあまり不利にならない,「労働時間選択の自由」が認められた社会,そしてワーク・ライフ・バランス社会の構築に役立つ,という視点からも考えてみます.
 第5 章は,世界に先駆けて柔軟な働き方を活用して経済を回復させることができたために,「オランダの奇跡(Dutch Miracle)」とも評されたオランダの政策展開を概観します.オランダは,女性が働くことについては伝統的に極めて保守的な思想をもっていたため,アメリカや北欧諸国に比べると,女性労働の活用が遅く始まりました.そして,1960 年代,1970 年代には充実した福祉国家の建設が進められていたのですが,1980 年代初頭の財政危機以降は,絶えず,強い財政圧力の下で社会保障の改革が展開されていくことになります.その中で,パートタイム労働や非正規雇用(オランダではフレックス雇用という)を大胆に活用しながら,労働市場の柔軟性と保障を両立しつつ,財政,経済との整合性を確保しようとしてきました.そうした姿を眺めることにより,日本の働き方を考える一つのヒントになればと思います.
 本書では,各章に関連しているものの,少し横道にそれる話を「知識補給」としています.また,各章末には,練習問題をつけています.その章の知識補給も含めた問題となってますので,各章の内容を立ち止まって整理したり,各章を読む前に,みなさんが日頃抱かれている関心とどのように関係する話が書いてあるのかの参考にしていただけたら幸いです.
 
 
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