あとがきたちよみ
『ハンナ・アレントの教育理論――「保守」と「革命」をめぐって』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2025/1/8

 
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樋口大夢 著
『ハンナ・アレントの教育理論 「保守」と「革命」をめぐって』

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はしがき
 
 本書は、第二次大戦後のアメリカで活躍したハンナ・アレントの教育理論についての研究書である。
 アレントの名前はどのくらいの人が知っているだろうか。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の映画「ハンナ・アーレント」が二〇一三年に日本で公開されたこともあって、アレントの名前を知っている人はそれなりに多いかもしれない。学問領域での話にはなるが、アレントの名前は、政治学・哲学・倫理学などではよく知られている。しかし、教育学という視点に立つとき、ジャン=ジャック・ルソーやジョン・デューイ―もちろん、もっと挙げなければならない人物は大勢いる―らと比較すると、アレントの名前が十分に知れ渡っているとは言い難い状況にあるように思われる。こうした状況の中でなぜ本書はアレントの教育理論を主題にするのか。その理由は、次に示す政治教育の充実という差し迫った課題に由来する。
 教育基本法の第一四条(政治教育)では、「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」こと、および、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」ことが定められている。これを受けて、「教育においては、これからの社会を担う子供たちに、主体的に国家及び社会の形成に参画するために必要な資質・能力の育成に向けて、政治的教養に関する教育の充実を含めた取組を推進することが一層重要」であると指摘され、今日では政策・実践・研究のさまざまな観点から政治教育の充実が模索されている。
 本書が着目するアレントは、教育の専門家ではない。アレントは、多くの人々から哲学を生業とする人物としてみられるきらいがあるが、自らの職業を「政治理論」と称する。そのため、アレントは、先述したような学問領域で着目されてきたのである。しかし、アレントには別の顔があることも忘れてはならない。それは、大学の教師という顔である。アレントは、ニューヨークのマンハッタンにあるニュースクール・フォー・ソーシャル・リサーチで知られる私立の総合大学で学生の教育に携わっていた。こうしたニュースクールでのアレントの取り組みは、人々に政治を理解させる準備として適した教育と評されることもある。詳細は、本書全体を通じて取り上げることになるが、アレントは、自らが研究する「政治理論」をベースにしつつ、自らの学生相手に「政治」教育を展開していたと言うことができるだろう。
 筆者は、こうしたアレントの「政治理論」が今日の日本における政治教育を批判的に問い直すポテンシャルを有していると考える。というのも、アレントは、長年、政治学や哲学をはじめとした領域で研究されてきた「主権」概念を批判的に検討し、それに依拠しない形で自らの「政治理論」を構成していたからである。昨今の日本の政治教育は、シティズンシップ教育や主権者教育といった観点から充実が図られている。これらの取り組みは、「主権」概念をはじめとした政治学や哲学、教育学といった領域で蓄積されてきた学問的な議論を土台にして展開されている。このことを踏まえたとき、「主権」概念批判を土台にして「政治理論」を構成するアレントの教育理論は、シティズンシップ教育や主権者教育といった政治教育を批判的に再考していく際の前哨としての役割を担うことが期待できるのである。
 以上からも明らかなように、政治教育の充実が喫緊の課題としてある今日の日本において、私たちがアレントから学ぶことは多いように思われる。それゆえに、本書は、アレントの教育理論を主題とするのである。
 本書は、アレントの教育理論とそれから導かれる「政治」教育の構想を明らかにすることを目指す。したがって、本書では、アレントの「政治理論」の検討に力点が置かれることになる。その意味では、アレント研究としての一面も兼ね備えている。しかし、主眼に置かれるのは、アレントの「政治理論」がいかにして教育理論として再解釈できるのか、という点にある。したがって、本書の読者としては、(広義の)アレント研究に関わる人はもちろんであるが、教育について、とりわけ、政治教育について考えようとする読者の方が第一に想定される。教育について、あるいは、政治教育について考えようとする人であれば、研究者、学校の教員を含めた実践者、そうでない者―広義の意味で子どもの教育に関わる存在―の誰もが読者になりうる。
 本書の取り組みが、政治教育の充実という今日的な状況に対する応答となること、そして、本書をきっかけとした更なる議論が展開されることを願っている。
(注は割愛しました。PDFをご覧ください)
 
 
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