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酒井 朗 編著
『「小一の壁」を検証する 就学の社会学』
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あとがき
本書は、「小一の壁」の社会問題化を手がかりに、今の日本社会において学校と家庭はどのような関係にあるのかを究明しようとしたものである。高度経済成長期、学校は自明の存在であり、学校に通うのは当たり前であったが、一九七〇年代末から不登校が増え始め、今日では三四万人に達している。ただし、もう少し過去にさかのぼってみると、学校に通うことは全く自明のことではなく、多くの子どもは就学を求められても学校に行かない、あるいは長期にわたり欠席していた。そのように見れば、学校制度は高度経済成長期の一時期安定を見せたものの、再び揺らぎを見せ始めているように見える。
これまでは不登校現象の理解や支援に関心が持たれてきたが、現在はすでにそうした個別の問題を越えて、就学することで教育を保障しようとしてきた日本の公教育の在り方そのものが問われている。そして、このような状況認識に立てば、我々は改めて家庭と学校との関係をつぶさに見ていく必要があるのではないか。今日の社会で生活する各家庭にとって、学校とはどのようなものとして映っているのか、彼らは学校のどのようなところに不満や困難を抱いているのかを丹念に明らかにするところから、そうした家庭で暮らす子どもの教育保障の在り方を再編成していく必要がある。
このような問題意識に基づいて、我々は二〇一八年度からプロジェクトをスタートさせた。しかし、各家庭にアクセスして話を聞くことはかなり難しい。最初は比較的アクセスしやすい共働き世帯の保護者がどのような困難を抱えているのかを描こうと試みた。
しかし、二〇二〇年になると新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、保護者に会って話を聞くという調査そのものが困難になった。このため、二〇二〇年は、我々はWEBアンケートを用いて、コロナ禍による一斉休業における就学の経験を記録しようと試みた。そのねらいの一つは、この特異な状況下で苦労された各家庭の状況を克明に記録にとどめたいということであったが、それとともに、こうした特異な状況下だからこそ浮かび上がる学校の特性を捉えたいというねらいもあった。
そして、コロナ禍が収束を見せはじめたころから我々はようやくインタビュー調査を再開した。この時に我々が目指したのは、さまざまな困難な状況にある世帯の保護者に話を聞くことであった。具体的には障害のある子どもを育てている世帯、ひとり親世帯の保護者である。その後、外国で生活する保護者はどのような困難を抱えているのかという点についても触れようということとなり、イギリスに出向いて調査を敢行した。
我々が採った方法は、支援者を介してインタビュー協力者を募ることであった。障害のある子どもを持つ保護者については、小学校の特別支援学級で教えていらっしゃる複数の先生から、我々の調査に協力してくださる保護者を紹介していただいた。また、ひとり親世帯の保護者調査では、母子生活支援施設の施設長に協力いただいた。さらに、イギリスでの調査では本学の大学院生の親族でイギリス在住の方に協力を得ることができた。なお、このほか外国から来日し両親とも就労している世帯にも支援者を介して二世帯の保護者に調査したが、その後調査が進んでいないため、今回はこの点についての分析は割愛した。
本書は当初、もう少し概括的に家庭と学校の今日的関係を描こうとして企画された。しかし、勁草書房に本書の企画書を提出したところ、編集部の方から「小一の壁」をメイントピックにしてまとめてはどうかとのアドバイスをいただき、問題設定や叙述を大幅に見直した。「小一の壁」を中核に据えたことで見えてきたのは、この言葉が政府の家庭支援のキーワードになっていることであった。我々は当初、家庭と学校との軋轢を保護者自身の生活の実態から読み解こうとしたが、「小一の壁」の社会問題化は女性の労働力活用を求める首相サイドからの問題提起という面があることが分かると、見え方が大きく変わってきた。
今日の社会において、家庭は文部科学省からは教育の第一義的責任を求められるが、他方で一般行政からは労働力の提供が求められている。保護者は二重の期待を課せられ、相互の調整はない。それゆえ、就労しながら子育てをするということは非常に負担感の多い営みとなっている。この点は、「小一の壁」というお題をいただいてから気づかされた点であり、編集担当の方々の世相をキャッチする鋭敏さには本当に感謝している。
また、「小一の壁」をメイントピックに据えるという方針になったことで、既出の論文をもとにしながらも、まったく新たに書き起こした。本書の四章、六章、七章は、以下の既出論文を基にしているが、本書では、各章を新たに書き起こした者を各章の著者としている。もちろん、いずれの章も研究グループのメンバーによる様々な示唆を得て書いたものである。
(以下、本文つづく)
