あとがきたちよみ
『一〇〇年前の「入試改革」――一九二〇年代中等学校入学難問題にみる教育と選抜』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2025/7/14

 
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石岡 学 著
『一〇〇年前の「入試改革」 一九二〇年代中等学校入学難問題にみる教育と選抜』

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はしがき
 
 この本は、今から百年前、一九二〇年代の日本社会において繰り広げられた「入試改革論争」をターゲットとした研究である。
 そう聞いて、「そんなに前から入試改革が議論されていたのか」と素朴な感想を抱いた人もいるだろう。「そんな昔のことを研究するより、現代の入試のあり方を考えるべきだ」などという者もいるかもしれない。「そもそも海外のように卒業を難しくするべきで……」などと、頼んでもいないのに一家言を熱く語り出す人もいそうだ。入試や受験については、いつでも人々の関心はそれなりに高い。近年でも、実際にセンター試験から共通テストへの「改革」が行われたし、長年「一般入試」と称する一斉筆記試験にこだわってきた大学(特に国立大学)でも、総合型選抜(旧AO入試)を導入すべきだという声が高まり、現に導入されたところもかなり多い。こうしてみると、「理想的で完璧な入学試験」なるイデアのようなものが存在し、人々はそこへ向けて飽くなき探求を続けている、というように思えなくもない。
 実は、序章でも検討するように、入試の歴史に関する研究は、こうした社会的関心の高さの割にそれほど多くはない。それらの研究でほぼ異口同音にいわれているのが、「入試改革の歴史は失敗史だった」というものである。入試への社会的関心(批判)は近年になってはじめて高まったものではなく、近現代日本を通じて幾度も間欠泉のように湧き上がってきた。しかし、そのたびに行われた「改革」は失敗の繰り返しであったというのである。たしかに、近時におけるセンター試験から共通テストへの「改革」も、当初その目玉とされていた記述式問題の導入や英語民間試験の活用が種々の経緯・理由により断念されており、失敗史に新たな一ページを加える結果となったともいえる。
 なぜ失敗が繰り返されるのか。それは、その原因を特定できていないからであろう。そして、原因が特定できないのは、過去の失敗を反省していないからだろう。そう考えると、入試の歴史に関する研究の少なさは、想像以上に重い意味を持っている。本書が、あえて百年前の入試改革論議にスポットを当てようとするのは、まずもってこうした理由からである。
 それならば明治から現代にかけての通史的な研究を書いたらどうか、という意見もありうるだろう。しかし、入試という事象には、相当に多くのアクターが関わっている。当事者たる受験生はもちろん、その家族、受験生を送り出す側の学校教員、選抜する側の学校教員、教育研究に携わる学者・研究者、政策の立案・施行に関わる官僚・政治家、議題設定機能を発揮するマスメディアなど、実にさまざまな立場・思惑を異にした人々が入試について語る。こうした立場や思惑の違いを丁寧に読み解いていかなければ、結局のところ入試をめぐって何が賭けられているのか、どのような利害や価値観が衝突しているのかといった問題を、十分に明らかにすることは難しい。約十年間という短いスパンに限定して、その期間の議論を徹底的に深掘りしようと思うのはそのためである。
 と同時に、このような一点突破的研究こそ、本質を穿つ可能性を秘めているとも筆者は考えている。本書は一九二〇年代に照準した歴史研究であるとともに、近現代日本に通底する入試に対する暗黙の前提を問い直す志向性も有している。それが成功したか否かは、最終的には読者の判断に委ねざるを得ないが、百年前の入試改革が決して現代と切り離された「昔の話」ではないことを、是非とも理解していただければと思う。我々はなぜ「入試改革」に囚われ続けるのか、そのことを考えていくうえで本書に少しでも資するところがあれば幸いである。
 
 
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