あとがきたちよみ
『不登校をどう理解し、どう支えるか――教育社会学と教育・臨床心理学からのアプローチ』

About the Author: 勁草書房編集部

哲学・思想、社会学、法学、経済学、美学・芸術学、医療・福祉等、人文科学・社会科学分野を中心とした出版活動を行っています。
Published On: 2026/3/4

 
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酒井 朗・保坂 亨 編著
『不登校をどう理解し、どう支えるか 教育社会学と教育・臨床心理学からのアプローチ』

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はじめに
 
 不登校の児童生徒数の増加が著しい。2024 年度には35 万3,970 人に達し、10 年前の2014 年度(12 万2,897 人)の2.9 倍となった。児童生徒全体の3.9%が不登校であり、中学生に限れば6.8%に及ぶ。そしてこうした不登校の急増に対応するため、この10 年間さまざまな施策が講じられてきた。2014 年には国の教育再生実行会議がフリースクールに対する支援の検討を提言した。また、2016 年には教育機会確保法(「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」)が制定され、不登校などで十分な義務教育を受けられなかった子どもたちの学びの機会の保障が謳われた。同法は不登校の児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえた支援を求めるとともに、休養の必要性についても触れている。
 そしてこの法律を受けて、2019 年には「不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)」、いわゆる「令和元年通知」が出された。ここでは学校の役割を重視しつつも、教育支援センターや不登校特例校、ICT を活用した学習支援、フリースクール、中学校夜間学級等を活用して社会的自立を支援することが示されている。また、フリースクールなどの民間施設や、NPO 等との積極的な連携の意義も強調された。さらに、2023 年3 月には「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLO プラン)」が策定され、不登校の子どもすべてに学びの場を保障することと、学校をみんなが安心して学べる場所にすることの必要性が改めて訴えられた。
 このように、2024 年に至るまでの約10 年間は、不登校の急増とそれに対応する施策が大きく進展した時期であった。その後も校内教育支援センターの整備など新たな取り組みが進められており、各地の教育委員会や学校も国の施策に沿って具体的な支援の構築に取り組んでいる。また、2025 年、中央教育審議会は不登校児童生徒の実態に配慮した特別の教育課程の編成について検討を進めている。
 しかし懸念されるのは、新たな方針や施策が次々に打ち出される一方で、支援にあたる関係者や一般の人びとの不登校への理解が依然として曖昧かつ大雑把なままであることだ。たとえば「不登校児童生徒数」として報じられる数字は、年間30 日以上の長期欠席児童生徒のうち病気や経済的理由を除いた一部の子どもに限られており、実際にはより多くの長期欠席者が存在する。2024年度の不登校数は35 万人とされるが、長期欠席者全体は50 万人を上回る。これは学年あたりの児童生徒数の約半数に相当する規模である。それにもかかわらず、この点は十分に伝えられていない。また、35 万という数字の背景や要因の分析も不足している。
 このように不登校は表面的な数値ばかりが強調されて社会問題化し、それに呼応して矢継ぎ早に対策が打ち出され、現場の教育委員会や学校が対応に追われている。状況の変化が激しく、冷静な現状分析や本当に必要な対応の検討が後回しにされがちである。
 もともと学校関係者にとっては、登校している児童生徒の指導が主たる関心事であり、欠席者の対応は後回しにされやすい。たとえば、神奈川県教育委員会が2019 年に発行したガイドブック『不登校対策の基本と支援のポイント・誰もが和らぐ学校を目指して~不登校に悩む子どもや保護者への温かな支援』では、「全ての教職員で、不登校への理解を深めましょう。」と呼び掛けているが、これは裏を返せば教職員間で不登校の理解が十分浸透していないことの表れでもある。また、埼玉県教育委員会が2024 年に発行した『一人一人の社会的自立に向けた児童生徒支援ガイドブック~総合的な長期欠席・不登校対策~』でも、「不登校」に対する偏見や理解不足が不適切な発言や対応を招いていると指摘されている。
 研究の領域においても同様である。教育学、教育社会学では、学校制度やカリキュラム、学力の向上や格差に焦点を当てた研究が多く、不登校はこれまで周辺的な課題とみなされがちであった。不登校を手がかりに既存の教育を批判しオルタナティブな教育の在り方を推進しようとする研究や、不登校の急増を公教育の揺らぎの兆候として就学制度全体を問い直す研究もあるが、不登校の実態やその多様性を丁寧に捉える実証的な研究はそれほど多くはない。
 これに対し、臨床心理学や教育心理学の領域では、不登校児童生徒の心理や人間関係、支援の効果について多くの研究がなされている。これらの研究では、主にスクールカウンセラーの視点から、不登校児童生徒の心理や効果的な支援の在り方が論じられることが多い。しかし、カウンセラーが中学校に多く配置されていることから、小学生への支援は十分に議論されていない。また、学校適応や支援に関心が向きがちであり、卒業後の進路支援や、教育制度全体の構造的課題に光を当てるものも少ない。
 こうした状況において、今求められている課題の1 つは、不登校をどのように捉え、どの視点からアプローチすべきかを反省的に検討することである。既存の常識が通用しない今は、専門領域に閉じこもりがちな研究を外に開き、多角的な理解を可能にする学際的な視点が強く求められる。本書はこうした問題意識に基づき、教育社会学と教育心理学・臨床心理学という専門分野の異なる研究者が協働して、不登校の理解と支援に対し、多様な視点や知見を提示するものである。
 社会学と心理学は問題へのアプローチの仕方に大きな違いがあると言われる。心理学では、個体の生理、心理や対人関係が注目される傾向が見られ、社会学は制度や歴史、システムに関心を寄せる者が多い。ただし、社会学でも人間関係における個々人の解釈の在り方や、関係のパターンに注目する研究もあれば、心理学でも、問題理解の歴史的な変容の過程や、社会的背景に関心を寄せる研究もある。個々の研究者のレベルでは、専門分野を超えて共有しうる部分も多いが、領域に特徴的な独自の観点から得るものも多い。さらに、本書の執筆者には、学校や関係機関で子どもたちや教職員の相談や支援に関わる者も多く、中央政府や自治体で不登校に関する施策の立案に関わっている者もいる。こうした現場との関わりから得た実践的な知見から学ぶべきことも多い。
 執筆陣は、本書の企画以前から不登校や高校中退、通信制高校の状況などについて情報交換を重ねてきた。また、編者の1 人である酒井が、ある自治体で不登校生徒の追跡調査にアドバイザーとして関わった際には、複数のメンバーが調査に参画した。こうした経緯を踏まえ、もう1 人の編者である保坂を含むメンバーと問題意識を共有し、本書を以下の4 部構成で編むこととした。
 第Ⅰ部は保坂らによる不登校の理解の見直しをテーマとするパートである。不登校の捉え方や不登校・長期欠席に関する調査の変化、不登校に関するデータの読み方等について検討する。不登校とは年間30 日以上の長期欠席のうち、病気や経済的理由によらずに欠席している児童生徒を指す概念であるが、たとえば不登校と病気による長期欠席の線引きはかなりあいまいであって、不登校の統計を読み取る際にはこうした点を考慮する必要がある。また、近年、中学生とともに小学生の不登校が増えていることを踏まえ、発達段階に応じた不登校理解の重要性についても触れていく。
 第Ⅱ部は、酒井がアドバイザーとして関わった大都市近郊のベッドタウン、A 自治体での追跡調査に基づく分析の報告である。不登校の児童生徒が学校での勉強や生活をどのような思いで受け止めているのか、また将来についてどのような進路展望を抱いているのか、といった当事者から見た不登校についての理解を深めていく。
 第Ⅲ部は、様々な不登校支援の実態と、そこから見えてくる課題に関する論考をまとめている。近年、学校内外で不登校支援として様々な取り組みが進められている。たとえば、小学生の不登校の増加を踏まえ、小学校にもスクールカウンセラーが配置されるようになってきたが、そこではどのような支援がなされているだろうか。また、不登校はもっぱら義務教育段階の問題であり、学校への適応促進が目指されるが、義務教育修了後にむけてどのような支援がなされているだろうか。この他、中学卒業後に不登校の生徒の多くが通う通信制高校の状況などについても理解を深めていく。
 最後の第Ⅳ部では、不登校の現状をどう見るかをテーマとした座談会の記録を掲載する。不登校をめぐるいくつかの論点について、多様な視点と経験から不登校に向き合ってきた執筆者による議論を紹介する。なお、各章で扱いきれなかった論点や不登校支援の多様な展開についてはコラムで補足を行った。
 以上のとおり、本書は不登校をどう理解し、どう支えるかについて、今考えるべき様々なテーマを扱っている。不登校に関する研究に関心を持つ方だけでなく、学校や教育支援センター、フリースクール等で不登校の児童生徒の支援にあたられている方々にも是非手に取っていただければ幸いである。
 
編者を代表して 酒井 朗
 
 
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