めいのレッスン ~南の旅の
――笛がね、聞こえたんだ。 呼び鈴がなって、ドアをあけると、頬のあたりがすこし日焼けしたサイェは、何も言わずにわたしをみつめていた。そして大きな目をゆっくりと閉じ、またゆっくりと開くと、挨拶がわりのように、言うのだった。
――笛がね、聞こえたんだ。 呼び鈴がなって、ドアをあけると、頬のあたりがすこし日焼けしたサイェは、何も言わずにわたしをみつめていた。そして大きな目をゆっくりと閉じ、またゆっくりと開くと、挨拶がわりのように、言うのだった。
融けたロウが揺れている。 春、まだ肌寒さののこるころ、サイェはわたしの父の、つまりはサイェの祖父の命日にお寺に行って、何回忌かの法要に参加した。寺の庭には父がおくった河津桜が、枝にまだすこし残っていた。
めいのサイェは、毎日のように、学校の帰り、わたしのところに寄って、母親が迎えにくるまで、過ごしてゆく。
――クリスマス・ツリーがくるんだよ。 11月もそろそろ終わりのある日、サイェは、ふと、とくに目をあげるでもなく、言ったのだった。
週に一、二度は実家に寄っている。 ひとりで住む母の様子を見がてら、頼まれたものを、ちょっとした手土産とともに買ってゆく。
気候が不安定だったせいか風邪をひいてしまって、ほぼ毎日学校帰りに寄っていくサイェにもしばらく遠慮してもらうことにした。
暦のうえではすでに夏をすぎていたのに暑い日がいつまでもいつまでもつづいていたから、もう涼しくなることなどないのではないかとおもいかけることさえあった、そんなある朝、目覚めたときの空気がぐっと冷たくなっていた。
ねぇ、口を大きくあけて、はー、ってすると、 どうして、その息はあたたかいの? それに、あっというまに終わってしまうの?
東日本大震災をきっかけに編まれた詩と短編のアンソロジー『ろうそくの炎がささやく言葉』寄稿者のお一人、小沼純一さんが朗読会で生み出した続編ともいえる小さなお話を、5年後のいま――。