ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた――人生の欠片、音と食のレシピ〈21皿め〉
ふとしたことから、モザンビークで地雷除去に従事していた方と知り合った。 アフリカという広大な地域にあって、インド洋に面し大陸東側に位置するモザンビークの何を知る由もなく、しかしある“勘”がはたらき、大袈裟だが気がついた時にはモザンビークという国に何度も足を運んでいた。
ふとしたことから、モザンビークで地雷除去に従事していた方と知り合った。 アフリカという広大な地域にあって、インド洋に面し大陸東側に位置するモザンビークの何を知る由もなく、しかしある“勘”がはたらき、大袈裟だが気がついた時にはモザンビークという国に何度も足を運んでいた。
パリ生活15年目くらいだったか、ようやくアパート暮らしからの脱出となりモントルイユというパリ郊外の街で、大家さんの離れの小さな一軒家を借りることになった。 引っ越しが終わった翌朝、ものすごい音で目が覚めれば中庭挟んだ大家さんの、豪奢ではないが19世紀特有の丈夫な家半分が崩れた。家自体の問題ではなく、隣接した建設中マンションの地下駐車場の掘削作業のためだ。 それから何ヶ月も立ち入り禁止となったからにはノマッド人生再開である。