めいのレッスン 連載・読み物

めいのレッスン ~木のスプーンから

8月 05日, 2016 小沼純一

 

 サイェが木のスプーンのコーナーからはなれない。くるみ? なら? けやき? 素材はわからないけれど、軽い木で、茶色やこげ茶色、木目のはっきりはいったのと何種類もが大きなカゴにはいっている。通りすがりに、手でふれるといくつかがうごいてかわいた音がした。めいは反応して手をだし、何度も何度も、さわっている。たつ音に耳をかたむけている。
 週ごとに出店がかわる、駅ビルの催事場。スプーンのとなりには箸(ビニール袋にはいっている)、しゃもじ、大小の桶、風呂用の椅子、檜の香り玉、と、木製品がほとんどだが、ところどころにビー玉や万華鏡、水鉄砲、空気鉄砲、竹とんぼ、ブリキの如雨露、寄木細工の箱なんかもある。ひとわたり、桶を指先ではじいたり、手にとってたたいたりして、さいごのところでひっかかってしまった。
 
 売っている人は、とくに気にすることはない。ぱらぱらいるお客さんも、見てまわるというより、ひとつところでとまり、気になるものをためつすがめつしている。
 
 わたしはといえば、ネットにはいったビー玉を何度か手でかるくバウンドさせてみる。なかのビー玉はちょっとだけ動いて、ガラスどおしがあたり、音をたてる。
 映画『アメリ』にあるビー玉のエピソードを想いだしたりもする。でもビー玉で勝ったり負けたり交換したりするのにはなじめない。いろんな色があって、なぜか深いみどりいろが多かった記憶がある。すきとおって、ころがって、音がして。ただ眺めたり、転がしたりするだけで、いつのまにか時間が過ぎるのがつねだった。似ているのにおはじきより気にいっていたのは、ころがるから、不安定だったからだろうか。
 
 すこし前、買ったばかりのフライパンを傷つけた。ナイフだったかスプーンだったか、それともトングだったか、不用意にちからをこめたせいで、底に筋が一本はいってしまったのだ。食器なんて傷が、よごれがついてのもの、使いこんで良さがでるとおもっていたのだが、あとでサイェが傷跡をみつけて、痛そう、とぽそりと言ったのがいつまでも気になった。それなら、調理具もできるだけ木にしてみようか。傷がつきにくくなるだろう。ここで買う必要はないけれど。
 
 サイェの集中はやまない。わたしはそのあいだに、ひとつ、おもちゃを買って、手持ちのバッグにしまった。
 釣り銭を財布にいれてめいのほうをむくと、ちょうど、覚めたようにこちらにむいためいと眼があう。視線を戸外にむけると、そのまま、それぞれに外にでる。
 
 スプーン、気にいったの? 音がよかった?
 サイェはおだやかな顔をしている。なんかね、たくさんあるでしょ、ゆっくり上のほうをうごかしてると、底のほうまで伝わってくかんじがする。うごいてるのはいくつかなのに、どれもが〝わかった〟〝わかってる〟〝わかってるよ〟って。でね、砂浜、おもいだしてた。砂浜で穴を掘って、それって、ここだけなの。ここだけなんだけど、みわたすとずっとずっと砂浜で、きっと砂つぶたちはみんな、〝わかってる〟〝感じてる〟って、ね。
 
 そうか、と言いながら、めいはあそこに身をおきながらずいぶん遠くまで行っていたんだな、とおもう。こっちはいつしかおいてきぼりになっていたんだ、と。ならば、かばんにいれたおもちゃはまたべつのときにだしてみよう。きょうサイェはもう満ち足りているだろうから。
 歩いていると汗ばんでくる。梅雨があけかけている。サイェは一足先に海辺にでかけてきたようだ。

挿絵用32
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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[執筆者]小沼純一、谷川俊太郎、堀江敏幸、古川日出男、明川哲也、柴田元幸、山崎佳代子、林巧、文月悠光、関口涼子、旦敬介、エイミー・ベンダー、J-P.トゥーサンほか全31名
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b92615.html
小沼純一

About The Author

こぬま・じゅんいち。 音楽・文芸批評家。早稲田大学文学学術院教授。おもな著書に『オーケストラ再入門』『映画に耳を』『武満徹 音・ことば・イメージ』『ミニマル・ミュージック その展開と思考』『発端は、中森明菜――ひとつを選びつづける生き方』など。『ユリイカ』臨時増刊「エリック・サティの世界」では責任監修を務めている。2010年にスタートした音楽番組『スコラ 坂本龍一音楽の学校』(NHK Eテレ)にゲスト講師として出演中。