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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第25回

9月 08日, 2016 松尾剛行

 
第2クール初回は通常の連載内容から離れた特別編第5弾。さきごろ『消費者行政法』(勁草書房)を出版された大島義則弁護士をお迎えして、消費者行政の手法としての「公表」とインターネット上の名誉毀損の関係等について、松尾剛行弁護士と対談いただきました。[編集部]
 

【対談】消費者行政法(大島義則)×最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務(松尾剛行)

 

☆消費者行政法の仕組みを克明に描き出す!(松尾剛行)

大島義則・森大樹・杉田育子・関口岳史・辻畑泰喬編著『消費者行政法』は、消費者庁における勤務経験を有する弁護士有志が、執行に焦点を当てながら消費者にまつわる行政法の理論と実務を描き出している。

「悪徳商法について、消費者庁に通報したのだけど、この後どのように処理されるのだろうか」との疑問をお持ちの消費者の方々、「自社に対し消費者関係法令違反を理由に消費者庁が処分等を検討しているようだが、どのように異議を申し立てればいいのか」と心配する事業者の方々、そして、これらのクライアントをサポートする弁護士の方々すべてに役に立つ、大変心強い実務書である。

実務家の観点から本書を読んだ際にありがたいと感じたのは、ほぼすべての消費者庁の「アクション」について処分性の有無と正しい異議の申立て方が解説されていることである。例えば、個人情報保護法上の指導・助言(個人情報保護法41条)、勧告(同法42条1項)には処分性がないので不服申立てや取消訴訟は提起できないが、命令(同条2項、3項)に至れば処分性があるので不服申立ておよび取消し訴訟の対象となる(同書333〜339頁)等の情報は、消費者行政法に精通したプロの弁護士にとっては当然のことかもしれないが、今自社が直面している行政の「アクション」に対する正しい異議の申立て方を簡便に知りたいという実務のニーズに応えたものと言えるだろう。

また、拙著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』との関係では、消費者行政法の様々な領域で「公表」という行政手法(そして今では主にインターネット上で公表される)が採用されていたことにあらためて気づかされた。公表という行政手法は、情報提供や制裁等の目的で用いられ、義務違反の公表、行政処分の公表、行政処分不服従の公表、行政指導の公表、行政指導不服従の公表等、様々な形態がある。公表が行政指導の履行確保手段として有効に機能する場合もあるだろうし、情報公開の要請(特に情報公開法5条1号ロ、2号柱書が、人の生命、健康、生活または財産のためであれば、法人情報・個人情報といった非開示事由に該当しても開示を認めている点(『消費者行政法』17頁)等参照)に鑑みれば、行政が消費者の安全に関する情報等を積極的に公表することはますます強く要請されていると言えるだろう。その意味で、公表という手段の有効性や有用性を一律に否定することは決して適切ではない。その反面、安易な公表によって、対象となる企業や個人の名誉・信用が害される事案も出てきている。そのような公表がインターネット上で行われる場合、様々なサイトに容易に転載され、いつまでも残り続ける。

このような公表のもたらし得る重大な被害に鑑みれば、これを行政処分とみて、事前に行政事件手続法の慎重な手続を履践させ、また、仮の差止めの訴えや取消訴訟等の提起を可能にするというのは1つの考えであろう。

しかし、公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているものに限り処分性を認める現在の判例(注1)・通説に鑑みれば、公表が組み込まれている法的仕組みの内容によっては一部の制裁的公表について処分性が認められる余地があるものの(注2)、大部分の公表の処分性は否定されるだろう。それは、公表はこのような(事実上の)名誉権侵害をもたらし得るものの、必ずしも当該公表行為が権利義務を直接形成し、またはその範囲を確定するとは解されてこなかったからである。

実務家としては、このような理解を前提に、民事訴訟・当事者訴訟を本案とする仮処分(事前対応)または国家賠償訴訟(事後対応)も辞さない覚悟で、将来なされる公表内容を正確・適正なものとし、またはすでになされた公表を訂正するよう行政に要求し、交渉等を行うことになるだろうが、理論的には、公表に対しても何らかの手続的規律を及ぼすことが考えられる。当該手続的規律として、処分性を前提とした行政事件手続法の重い規律を常にもたらすべきかは考えものではあるが、例えば対象者に事前に公表する予定であることおよび公表内容の概要を伝える等の慎重な検討を促すための仕組みを何らかの形で盛り込む必要があるのではないだろうか。

このようなことを考えていたら、あっという間に読み終わってしまった。良質の読後感を与えてくれる本書を拝読する機会をいただいたことを心より感謝するとともに、
・消費者の皆様、特に消費者行政に関心をお持ちの方
・事業者の皆様、特にBtoCビジネスをされている方
・弁護士・裁判官、公務員、司法修習生、法科大学院生、学部生

等の多くの方々に対して広く本書を推薦したいと思う。

さて、本書の余韻に浸りたいと、編者を代表して大島義則先生との対談をお願いしたところ、ご快諾いただいた。本連載には2度目のご登場であり、あらためて感謝の意を表したい。
 
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。