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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第25回

9月 08日, 2016 松尾剛行

 

1.『消費者行政法』ついに発刊!

松尾剛行

:大島先生、『消費者行政法』のご出版、おめでとうございます。本年は、単著『憲法の地図』(法律文化社)、私との共著『金融機関の個人情報保護の実務』(経済法令)、そして編著『消費者行政法』と、豊作の年ですね。

大島義則

:ありがとうございます。松尾先生も『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(勁草書房)、『金融機関の個人情報保護の実務』、そして『クラウド情報管理の法律実務』(弘文堂)と3冊ですね。

松尾

:『消費者行政法』はどのようなコンセプトで出されたのですか?

大島

:共著の法律実務書を企画する際には、大きく2つのパターンがあると思っています。1つは特定のテーマを決めた上で当該テーマに即してトップダウン的に執筆者を人選する方法、もう1つは共著者として参加してくれそうな執筆陣の顔を思い浮かべた上で人選から逆算して執筆テーマを決定する方法です。私は2012年2月から2014年1月まで消費者庁に出向し、総務課課長補佐(情報公開・個人情報保護・公益通報担当)として消費者庁の実務を2年間こなしてきました。そこで出会った方は本当に能力の高い方ばかりで、この方々に本を書いてもらったら、よい本ができるであろうと直感しました。いわば人選から逆算してテーマを決めた結果、「消費者行政法」というコンセプトに至ったといえます。

松尾

:「はじめに」に書かれていた、消費者庁法曹会の皆様ですね。多くの弁護士が消費者庁でプロパーないし任期付職員として働いていることが消費者庁のプロフェッショナルな執行実務を支えているとお聞きしました。

大島

:そのような面もあるかもしれません。

松尾

:タイトルにあたる、「消費者行政法」というのは、具体的にいうとどのような法分野なのですか?

大島

:消費者保護をするための政策手段は民事的手法、刑事的手法、行政法的手法の大きく3つがあります。本書は消費者保護目的のための政策手段である行政法規について解説を加えようとするものです。行政法には租税法、環境法、都市法、社会保障法等の大きな分野があるのですが、これと並んで「消費者行政法」という分野もそろそろ正式に位置づけてよいと思っています。

松尾

:『クラウド情報管理の法律実務』の執筆の過程では、特にBtoCの消費者向けクラウドサービスの関係で、消費者契約法と約款の各条項の整合性等が問題となっていたのですが、これは大島先生の3類型でいうところの「民事的手法」なのでしょうね。民事的手法や刑事的手法も重要ですが、行政法的手法の重要性は強調しても強調し過ぎることはないでしょうね。いわゆる「参照領域」という概念が行政法学会で用いられているようですが(注3)、「消費者行政法も行政法の主要参照領域として検討されるべきだ」というテーゼをぶち上げられたわけですね!

大島

:そこまで大それた趣旨ではないのですが、今後行政法学において、主要参照領域としての消費者行政法の検討が活性化されていくとよいですね。

 

2.行政の公表による名誉毀損と国家賠償

松尾

:『消費者行政法』を拝読して印象に残ったのは、消費者行政法にまつわる個別の行政法において、「公表」という手法が用いられることが多い点です。「公表」という行政手法が最近頻繁に使われるようになったのは、なぜでしょうか。

大島

:本書をざっと見ていただくだけでも、例えば、消費者行政法分野で行政指導としての公表制度が活用されていることを第1章で総論として指摘しており(『消費者行政法』16頁以下)、第2章の安全法分野では消費者事故等に関する消費者への注意喚起(同38頁以下)、第3章の取引法分野では行政指導としての公表措置(同150頁)、第4章の表示法分野では景品表示法28条に基づく勧告不服従に対する公表措置等が紹介されていますね。行政庁が情報公表活動を行う場合にはどうしても比例原則違反等により企業名または氏名等を明らかにしたことによる国家賠償責任を負わないかという消極的側面が気になるところです。しかし、消費者行政法分野では消費者の生命・身体に対する被害の発生・拡大を防止する必要性が強く、いわば積極的に情報公表が要請される場面があります。こうした理由から、消費者行政を司る消費者庁は、公表という行政手法を活用するようになっているのではないかと思います。

松尾

:確かに行政による公表に情報公開的な側面があり、積極的な側面があることは否定できないでしょう。しかし、行政による公表、特にインターネット上の公表の結果、関係者の名誉や信用が毀損される例も少なくありません。このような場合、従来は、公表がなされた後、事後的に国家賠償法等の問題として争われる例が多かったように思われます。

大島

:『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』でも、このような問題が検討されているようですが、行政による公表は、国家賠償ではどのような判断枠組みになっているのでしょうか。

松尾

:行政による公表は名誉権に対する制約ないし侵害をもたらすところ、行政目的の実現という対立利益の実現の限りで一定の名誉権制約が正当化され得ます。そして、比例原則の及ぶ行政活動においては、あくまでも当該対立利益と均衡する(比例する)範囲における名誉権の制約のみが正当化されると考えられます(『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』212頁)。

大島

:私人の表現活動による名誉毀損とは判断枠組みが異なることがあるようですが、どうしてでしょうか。

松尾

:よい指摘ですね。大島先生も『憲法の地図』等においてご指摘になったとおり(『憲法の地図』62〜63頁)、私人には表現の自由がありますから、名誉権と表現の自由の調整の観点から、いわゆる真実性の法理や相当性の法理等が認められています。このような法理の適用の前提は、表現の自由を享有する者による名誉毀損的表現が行われたことであるところ、行政は当然表現の自由を享有していませんから、必然的に判断枠組みは違ってくるでしょう。

大島

:インターネットが関係する行政による公表の事例としてはどのようなものがありますか。

松尾

:最近では、行政が直接インターネット上に公表したことを理由に名誉毀損が認められる事案があります。例えば、警視庁らが、警察庁長官の狙撃犯が対象者(の前身の宗教団体)であると断定した報告書をインターネット上で公表したこと等につき、国家賠償法上の違法性を認め、賠償を命じた事案があります(注4)。インターネット上で容易に情報を転載できるようになったことから、行政による公表がきっかけに「炎上」してしまうことも少なくなく、それが適切・正確な内容の公表ならまだしも、不正確・不適切な公表であった場合には、その被害は重大なものになりかねません。

大島

:この種の訴訟では損害立証が大変だと思うのですが、どのような費目を損害立証で計上していくのでしょうか。また損害として総額どの程度認められますか。

松尾

:ケースバイケースですが、慰謝料ないしは無形の損害が重要でしょう。その他に弁護士費用が認められることもあります。営業損害は立証ができれば認められるべき損害ですが、なかなか立証が困難なようですね。いくつか例をあげますと、東京高判平成25年11月27日は無形損害として100万円の賠償を認めています。貝割れ大根がO-157の汚染とはかかわりがないにもかかわらず、明示的に除外することもないまま厚生大臣(当時)による中間報告が公表されたことで、カイワレ生産業者の名誉が毀損された事案に関する大阪高裁の判断(注5)は注目に値します。この事案では慰謝料が200万円と比較的高額のものが認められました。また、財産的損害も、損害額の立証困難な場合に適用される民訴法248条を利用して300万円を認めています。そのうえで、弁護士費用100を認めていますので、計600万円となります。東京高裁の事案にも類似のものがあり(注6)、これは、貝割れ大根とО―157に関する厚生大臣(当時)による中間報告について、カイワレ生産・販売業者でつくる協会と、当該協会に所属する業者の名誉が毀損されたというものです。協会と各業者についてそれぞれ100万円(それ以下の請求額の業者については請求額)の損害賠償を認めています。その他、報道発表が誤りないし不適切だった場合については、慰謝料30万円と弁護士費用3万円を認めた事案(注7)や、慰謝料30万円と弁護士費用3万円を認めた事案(注8)等があります。

大島

:仮に行政による公表措置が違法であったとしても、カイワレ大根事件のような風評被害が拡がるケースでは違法行為と損害との間の因果関係を絞られてしまって、とても訴訟を起こして損害回復ができていないように感じます。相当因果関係や損害額の立証の工夫で十分損害を回復できるのでしょうか。できないとすれば、何らかの立法措置や法理の変更は必要でしょうか。

松尾

:実際に公表の対象者に生じたであろう被害と、裁判所の判決認容額の間には相当の差がありそうです。例えば、上記の東京高判平成15年5月21日は、貝割れ大根の生産販売量が事件後約7年経過後も回復しないこと等から、カイワレ生産・販売業者らの怒りの程は察するにあまりあるが、裁判所としてはこれ以外の解決を見いだすことはできないとしています(注9)。

このような実際の被害と、判決認容額の差が正当化される判決における内在的ロジックについては、以下のようなものが考えられます。

まず、公表が適切であっても、売上げが減少した可能性について裁判所が考慮している場合があります。すなわち、大阪高裁は、違法ではない適正な公表をしたとしても、貝割れ大根の買い控え等によって、売上げに相当程度の打撃を受けていた可能性が高いことから、貝割れ大根の売上げ減少分そのものが違法な公表による損害ではないとしています(注10)。

また、裁判所は、損害の回復の方法には、金銭賠償だけではなく、判決で違法と判断されること「そのもの」も含まれると考えているようです。すなわち、上記の東京高判平成15年5月21日は、判決によって公表が違法であると公に認められることによって、相当部分の損害が回復するとしています(注11)。

このような価値判断については異論が残るところだと思われますが、このような考慮があって、行政による違法な公表に対する名誉毀損訴訟において損害賠償が比較的低額となっているのかなと思います。

 
→【次ページ】行政による公表

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。