連載・読み物 ベルクソン 反時代的哲学

『ベルクソン 反時代的哲学』10

1月 06日, 2016 藤田尚志
§40. 『アリストテレスの場所論』から『物質と記憶』へ

ベルクソンの博士論文・副論文である『アリストテレスの場所論』は、これまで博士論文主論文である『試論』を準備するものとして読まれることが多かった。アリストテレスの古代的な「場所」概念を否定し、カントの近代的な「空間」概念をその抽象性とともに引き受けるという形で、『試論』における空間批判(否定ではない)が準備されたのだという説明がなされてきた。それが間違っているというのではない。だが、この説明は博士論文の主論文と副論文というカップルにフォーカスしすぎており、また、アリストテレス、カントを論じた後に、ライプニッツへと時代錯誤アナクロニスムにも思える“逆行”を行なっているという『場所論』の奇妙な構成に十分な説明を与えきれていない。その点で、『場所論』が孕んでいる理論的な豊かさを十分に包み込めていないうらみがある。そこで私たちは見方を変え、『場所論』を処女作の『試論』と関連付けるのみならず、第二作の『物質と記憶』とのありうべき関係を探った。この両著作を結ぶ通底器のようなものとして『場所論』を読み解こうとしたのであった。

残る作業は、アリストテレスとのこの議論の残響を『物質と記憶』のうちに見出すことである。
 
1)不可貫入性:すでに述べたように(§22)、同一の場所に同時に二つのものが存在することはできない。

私の身体に影響を及ぼす物質と、私の身体が影響を及ぼす物質のあいだに置かれた(placé)私の身体は、行動の中心であり、この場において、受け取られた諸印象は、成就された私の運動へと変化するために進むべき道を賢明に選択するのだ。私の身体はそれゆえ、まさに私の生成の現在の状態、私の持続の中で形成途上のものを表している。(……)この全体は限定されており、持続の瞬間それぞれにとって唯一無二のものである。それはまさに、感覚と運動が空間の場所を占めていて、同じ場所に同時にいくつもの事物が存在することはできないからだ。(MM III, 281/153-154)

2)全体と部分の関係:

ある場所が他の場所から絶対的に区別されるのは、その性質によって、あるいはまた空間全体とのその関係によってでしかないだろう。その結果、空間はこの仮説において、異質的な諸部分から合成されたものと化すか、有限なものと化すかのいずれかである。しかし、有限な空間に、われわれは障壁としてもう一つ別の空間を与え、また、空間の異質的諸部分の下にわれわれはそれらの支えとして一つの等質な空間を想像するだろう。これら二つの場合において、われわれが必然的に等質で無際限な空間に戻るだろう。それゆえ、われわれはどんな場所をも相対的と見なさないわけにはいかないし、絶対的運動を信じないわけにもいかない。(MM IV, 330/217-218)

3)そしてとりわけ次の引用には、単なる反響以上のものがあるように思われる。それは『創造的進化』にまで鳴り響いていくことになるだろう。ここで描き出されているのは、運動が空間に先行するのであってその逆ではないという、ある種のアリストテレス的な運動学的ヴィジョンである。ここで問題となっているのは、「記憶はどこに保存されているのか?」という問いにおける「どこに?」の意味するところについて、私たち自身の眼差しを変えることであり、これこそまさに『アリストテレスの場所論』の中で予感されていたことではなかっただろうか。

このように解されれば、空間はまさに固定性と無限可分性の象徴である。具体的な延長、すなわち感性的諸性質の多様性は、空間の中にはない。われわれが多様性の中に空間を置くのである。空間とは、現実的運動がその上に措定されるところの土台ではない。反対に、現実的運動のほうが自らの下に空間を置くのである。(MM IV, 351/244)

ベルクソンは『物質と記憶』において倦むことなく「記憶はどこに保存されるのか? 過去はどこに存在するのか?」という問いを繰り返している。ここに「常識的・科学的観点の単純な否定」を見るべきではなく、新たな場所の論理の模索を見て取るべきである。「持続は空間の中にはないというのが正しいとして、しかしどこかには存在しているはずである。ではどこに存在しているのか?」「記憶は脳の中にはないというのはいいとして、どこかには存在しているはずである。ではどこに存在しているのか?」――こういった問いに対してベルクソンは、その中で働いている「どこに」の意味するところ、すなわち物質化する空間性、この「どこかに」の実体化の意味するところを問いに付しつつ、答えようとするだろう。持続は、まさにそれが生起するところ(endroit)にある。「ところ」(endroit)という表現は、古フランス語の「en droit」という表現に由来し、「ただちに」「その場で」「直接的に」といった意味を持つ。記憶は事物的な意味では“存在”しないが、記憶の場所はある。記憶はどこかに物のような形で存在はしないが、想起の現働化に参与している。自らをずらしつつ、想起の現働化に場所を与え生起させている。『試論』の読解において私たちが注目したのは、ベルクソンが執拗に「持続は計りえない」という点にこだわり続ける様であった。その結果、『試論』のメジャーな概念である「持続」を支えるマイナーな論理としての「リズム的計測」が浮かび上がってきた。『物質と記憶』を読み解くにあたって注目したいのは、ベルクソンが執拗に「記憶はどこかに位置づけえない」という点にこだわり続ける様である。その結果、『物質と記憶』のメジャーな概念である「記憶」を支えるマイナーな論理としての「非場所的場所」が浮かび上がってくることになるだろう。今や以上に述べたことを論証すべき時である。

 

 

2章 知覚の位置(『物質と記憶』第1章・第4章)

もう一つの彼岸、つまり惑星外の空間について起こったことを思い出してみてください。オーギュスト・コントは天体の化学的構成は永久に知りえないと断言していました。その数年後にスペクトル分析が考案され、今では私たちは星がどんな元素から出来ているかを、そこへ行ってみた以上に詳しく知っているのです。
――ベルクソン

§41. ファイネスタイの論理としての現象学

フェノメノンの論理でないとすれば、現象学とはいったい何であろうか。ファイネスタイ、つまり光のうちに現れ見えるあらゆるもの、仮象、しかしまたファンタジーア、ファンタスマ、ファンタグマ(幽霊・心霊・亡霊)に関する厳密な学でないとすれば。現象学とは常にすでに知覚の現象学であると言うことは、真理の半分を言い当てているにすぎない。存在論的(ontologique)であるというよりはむしろ憑在論的(hantologique)である現象学はその意味で、常にすでに亡霊的なものの現象学であり、ある仕方で「現象を救う」ことを試みるスペクトル記述である。そういうわけで、現象学はバディウ的な「移行的存在論」(ontologie transitoire)であることはできず、“儚い憑在論”(hantologie éphémère)であることしかできない。存在-一者の轟く雷鳴やあからさまな喧噪ではなく、ファイネスタイの沈黙に満ちた燐光や不透明な囁きである。「可視性ではちきれんばかりの闇」とメルロ=ポンティは言っていた。身体の肉、それはそうだが、その最も潜在的な襞のうちにまでも、その肉を探し求めるのでなければならない。

まさにこの点で、ファイネスタイの論理の名の下に、次の事柄を同時に取り扱うのでなければならないだろう。1)知覚(視覚-触覚)と光に関する視覚的=触覚的=生理学的探究。2)無意識や「意識の諸平面」(ベルクソン)に関するいわゆるメタ心理学的(精神分析的)探究。3)事後的に(むろん様々な度合いで)超心理学的パラサイコロジーと呼びうる諸研究の再検討(すぐに思いつくだけでも、1674年にフーゴー・ボクセルに宛てて書かれたスピノザの二通の手紙、カントの『視霊者の夢』(1766年)、ショーペンハウアーの『視霊とこれに関するものについての研究』(1851年)、ベルクソンの「心霊研究」、フロイトやメルロ=ポンティ、あるいはデリダのテレパシーに関する論文や断片などがある)。つまるところ、現れるものの暈光うんこうのうちに、心理学的なものの或る手前側と或る向こう側を、魂の周囲を(Peri Psykhès)観察しなければならない。

憑在論が問題になるところでは、争点は常に、「場所」の概念に、場所学に関わる。このようなパースペクティヴから、本章では、『物質と記憶』第1章と第4章に収められたベルクソンの知覚論を検討していくが、その際、ベルクソンを批判するメルロ=ポンティの知覚論と比較する。ファイネスタイ(したがってただ単に現象というだけでなく、想像力、幻想、ファンタズム、幽霊)とその場所のさまざまな相を扱う扱い方の違いを指摘することを通じて、両者の知覚論の相違が一層よく浮かび上がってくるだろう。そのために、私たちは二つの特殊例を選んだ。一つは臨床神経学が扱う問題のうちで最も謎めいたものである「幻影肢」であり、もう一つは、同じく有名だが、多かれ少なかれ誰もが経験したことのある最も日常的な例である「デジャヴ」(あるいは、「誤った再認」)である。前者に関しては、実に古くから、少なくとも義肢(prothèse)の偉大な発明者であるアンブロワーズ・パレ(c. 1509-1590)の外科学的テクストやデカルトの第六省察以来知られている。失われた、あるいは機能的に死んだ肢体が、にもかかわらずしばしば生き生きとした(時には数年間続くこともある)感覚を与えつつ、意識に実感される。伝統的に「身体イメージ」あるいは「身体図式」と名付けられてきた、或る全体のこの感覚的な部分は、知覚可能で生きられてはいるが、見ることもできず、触ることもできない。ところで、このような四肢を切断された者たちの幻影に対して、「誤った再認」がある。これは、すでに体験したと本人は思い込んでいるが、実際には初めて生じつつあるといった事態である。知覚と記憶の交差点で、この二つの現象ないし幻想はこうして、幻影的なものと生きられたもの、幻覚的なものとリアルなもの、一言で言えば、フェノメナとファンタスマータのあいだで揺れ動いている。「S.フロイトが言明したように、夢の中には偶然というものはないのであるならば、対象のない諸知覚の展開のうちにも偶然はあるまい」と、ジャン・レルミットは言った。重要なのは、幻覚の論理とその場所の論理を、可能な限り厳密に探究することである。

『物質と記憶』の第一章において、幻影肢現象を「新たな検討に付す」可能性を開いておきながら、ベルクソンはそれを実際には探究しなかったことになるだろう。これに対して、「誤った再認」は、「純粋知覚」と「純粋記憶」の理論を、とりわけ論文「現在の想起と誤った再認」(1908年)において発展させる特権的な対象である。知覚とはベルクソンにとって、現実世界の生命にかかわる、その結果、実践的な抽象化である。したがって私たちはまず第一に、『物質と記憶』第一章で記述された、ベルクソンの純粋知覚理論(§42)と「二つの身体」論(§43)を素描し、幻影肢に対する「故意の言い落とし」ではないとしても、沈黙の理由を説明し、誤った再認に対する選好ではないとしても、それへの集中の理由をも説明しようと試みる。

他方、1933年にはすでに予告されていた「知覚の本性に関する研究計画」において、「身体切断者の幻覚の問題は、精神病理学が提起する多くの他の問題のあいだで、再検討されるべきであろう」とされていた。メルロ=ポンティはこの現象を、『知覚の現象学』(1945年)において、試金石として、出発点として(「私たちがそこから出発した問題」)、この現象を取り上げ直す。知覚とはこうして、匿名的で前意識的で非人格的な実存の具体的世界への投錨である。したがって、第二に(§44)、メルロ=ポンティの「両義的な知覚」論をざっと書き上げ、幻影肢現象を参照しつつ、ベルクソンに対する判断の長所と欠点を見積もらねばならない。

私たちは、「欠点」とはっきり述べた。というのも、メルロ=ポンティ的批判は、例えばサルトルの『想像力の問題』(1936年)のように、フランス現象学者の批判と同様、きわめてしばしば『物質と記憶』の第一章にのみ基づいており、他の章を無視してしまっている。したがって、二つのケースの比較を通じて、ベルクソンが知覚と行動の一体性にこだわりつつも、行動と現実世界を切り離すやり方を、いかにメルロ=ポンティが批判しているかを見ていくだけでは十分ではないのである。そういうわけで、第三に、『物質と記憶』第一章を延長し乗り越えるもの、つまり『物質と記憶』第四章を検討していく。なぜなら、フレデリック・ヴォルムスが述べているように、「〔第一章における〕知覚に関するこの最初の研究は、もう一つ別の研究、すなわち物質の深い本性に関する探究を呼び求める。それは、逆に、記憶を経た後で、第四章において扱われることになるだろう」からである。その際、まずは、situsの論理からlocusの論理へ、モニュメンタルなもの(monumental)から記憶を絶したもの(immémorial)への移行を検討し(§45)、次いで、ベルクソン的なsitusの論理の至高の形態を、リズム計測的差異である「緊張(tension)/伸張(extension)」という概念対のうちに見てとることになる(§46)。
 
 


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[第10回初出:2014年2月17日]
【編集部より】本連載の第29回までは、2013年4月15日から2015年12月28日にわたり、勁草書房サイトに掲載されていたものを移行いたしました。未読の方は、ぜひ第1回からお読みください。第30回からは編集部サイトでの掲載が初出になります。*注は省略してあります。

藤田尚志

About The Author

ふじた・ひさし  九州産業大学准教授。1973年生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。リール第三大学博士課程修了。Ph.D. 専門はフランス近現代思想。共著に、久米博・中田光雄・安孫子信編『ベルクソン読本』(法政大学出版会)、金森修編『エピステモロジー』(慶應義塾大学出版会)、西山雄二編『人文学と制度』(未來社)、共訳に、ゴーシェ『民主主義と宗教』(トランスビュー)など。