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ベルクソン 反時代的哲学

藤田尚志

 ベルクソンについてはあまりにしばしば非合理主義ということが言われてきた。「硬直した理性がしなやかな理性以上のものであることを望む」この度し難い偏見を脇目に、ペギーはすでにこう断じていた。「そうではなく、最も緻密で最も厳しいのが、しなやかな方法であり、しなやかな論理、しなやかな道徳であることは明らかである」 。ここから次のような問いが生じてくる。ベルクソンにとってこの種の新たな論理の探究が重要であったのだとすれば、なぜ彼はそれをはっきりと定式化せず、明確に規定しなかったのか?それが可能でなかったのだとすれば、それはいかなる理由によるのか?
 ベルクソンは、大胆な小説家ですらも、日常生活の論理の「根本的な不条理性」を「明示する」ことはできず、ただその「驚くべき非論理的な本性」を「推し量らせる」ことしかできない、と述べていた 。この意味で、メジャーな概念は明示しようとし、マイナーな論理は示唆しようとするものである。ささやかではあるが、厳密なマイナーな論理というものが存在する。この点をさらに詳らかにせねばならないとすれば、そのために、言語、とりわけ隠喩(メタファー)・イメージ・形象の問題に、つまりはベルクソンの「文体(エクリチュール)」という決定的な問題に取り組まねばならないことは今や明らかである。
(「序論より」)

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連載・読み物 11月 11日, 2019 管啓次郎

コヨーテ歩き撮り#93

モロッコの首都ラバトについて、とりあえず海辺に連れていってもらった。夕方のレストランで鰯のマリネを食べながらビール。たちまち、10年前からそこにいるような気がしてきた。

After arriving in Rabat, the capital of Morocco, my friend Abdelkader took me to the beach. At a restaurant in the late afternoon we had beer over a fabulous plate of marinated sardines. Instantly I felt I had been there already for a decade.

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連載・読み物 10月 28日, 2019 管啓次郎

コヨーテ歩き撮り#92

3年ぶりにシアトルの大学近くに行きました。以前からアジア系飲食店はたくさんありましたが、さらにいくつかの中華料理店が開店。以前との最大のちがいは、ローカライズされない料理に特化した、大陸系の店の進出でしょうか。この酸菜魚専門店の妥協のなさ!

University Way near the University of Washington is called the Ave by the community. There have always been numerous Asian joints, but recent openings of some Continental Chinese restaurants are remarkable. They offer uncompromisingly authentic Continental cuisine! Taste this fish cooked with sour preserved vegetable. It burns your tongue and soul!

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連載・読み物 10月 15日, 2019 管啓次郎

コヨーテ歩き撮り#91

シアトルのダウンタウンに行くときみが待っている。きみはいつも働いている巨人。ハンマーをふりかざし、とかとんとん。ジョナサン・ボロフスキー作の動く彫刻は、労働者を讃える作品です。

Whenever I go downtown Seattle, you are there, working. Holding the hammer and hitting the air, you are the hardest-working gentle giant! This is Jonathan Borofsky’s kinetic sculpture placed in front of the Seattle Art Museum. Let the workers be praised. Venceremos.

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「名もなき家事」の、その先へ――“気づき・思案し・調整する”労働のジェンダー不均衡 9月 30日, 2019 「名もなき家事」の、その先へ

「名もなき家事」の、その先へ――“気づき・思案し・調整する”労働のジェンダー不均衡
vol.09 ジェンダー平等化の選択肢とケアにおける「信頼」/山根純佳

「名前のない家事」をめぐって始まった平山亮さんと山根純佳さんの往復書簡連載。SAを社会的に分有する可能性をめぐり、議論が展開しています。今回は山根さんから平山さんへの応答です。[編集部]

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