ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第3回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/3/10By

 

2.裁判所の判断

本判決は、結論として、A社の公表は「セーフ」つまり、名誉毀損の不法行為とならないと判断しました。

つまり、A社の行為の結果として発生した、Bの社会的評価の低下の程度が、名誉毀損の不法行為が成立するために必要な一定の限度を超えなかったと判断されたのです。

まず、本判決は、A社が企業としての説明責任を果たすためにこのような公表を行ったと認定しました。そして、記者会見の際、A社が、出席者に対して,報道にあたっては特定の企業や個人に風評被害を及ぼすことがないよう,協力を求める旨の書面を配布しており、Bの社会的評価を低下させることのないよう,慎重かつ相応の配慮をしていたということも認定しました。

このような前提の下で、裁判所は、A社の表現について、基本的には、Bについて反社会的勢力との関係が疑われる情報や資料があり、A社としては、甲がそれらの者と親密な関係を継続することは望ましくないと考えたというA社の考え方を表明する趣旨のものにとどまるのであって、Bについて実際に反社会的勢力との関係があるということを積極的かつ具体的に述べる内容のものではない、と評価しました。

これらの認定および評価を前提に、裁判所は、A社が企業としての説明責任を求められていた状況の下で、表現の内容および方法については、Bの社会的評価を低下させることのないよう慎重かつ相応の配慮がされた上で行われたものであり、相当と認められる限度を超えないものというべきであるから、Bの名誉を不当に毀損する違法な行為であるとは認められない、とし、上記の比喩を使えば「セーフ」か「アウト」かのラインを超えておらず、いまだに「セーフ」の範囲内にあるとして、名誉毀損を否定したのです。

このような判断の裏には、やはり、A社における公表の必要性の存在があったといえるでしょう。元社長である甲との対立が、世間を賑わせており、このような状況下においては、A社として説明義務を果たすために、一定の公表する必要性が高かったといえます。そして、その説明義務を果たすためには、必然的になぜA社が甲に辞任を求めたのか、つまり甲とBの関係はどのようなもので、どうしてBと交際することでA社社長としてふさわしくないのかの説明が必要となるでしょう。このような事案の経緯に鑑みると、Bが反社会的勢力であるという風評があり、調査の結果その可能性が高いと判断されたこと等に触れずに説明義務を尽くすことは困難だったといえます。

このような要素は、今後の連載でも取り上げる「免責要件」でも問題となりますが(注7)、そもそも名誉毀損が成立するかという段階でも、一定の配慮がなされます。しかし、この「免責要件」というのは、ある表現がある人の社会的評価を低下させるものであることを前提に、それでもなお名誉毀損の不法行為が成立しない場合があるのではないかという検討を行うものです。結論として不法行為が成立しないという点では相違はないとしても、そもそもその表現はBの社会的評価を低下させるものではなく、免責要件を判断するまでもなく、Aの行為に問題はなかったと判断された方が、A社として有利と思われます(注8)。

本判決においては、「慎重かつ相応の配慮がされた」表現について、そもそも社会的評価を低下させたとはいえないとして、免責要件を検討するまでもなく、これを「セーフ」とした判決といえます。

3.本判決の教訓

企業が説明責任を果たすため、一定の公表をしなければならないことがあります。そして、そのような場合、関係者の名誉を毀損しかねないギリギリの内容を公表せざるをえない場合もあります。本判決は、このような場合に企業が名誉毀損リスクを低下させるためにはどうすればよいかについて教訓を与えてくれるように思われます。

特に本判決が重視したのは、「慎重かつ相応の配慮がされた」ことです。本判決で認定されている配慮としては、記者会見の際に配慮を求める書面を渡すこと、公表の際にも関係者を匿名とすること、反社会的勢力であるとまでは断言せず、調査の結果可能性が高いと判断されたという範囲にとどめること等があげられます。そして、同様の状況に直面した企業としては、本判決が認定したような配慮を行うことで、社会的評価を低下させないとして、名誉毀損を否定してもらえる可能性が上がるといえます。

もちろん、「配慮」の方法は、状況によってさまざまであり、本判決と同じ方法をとることができないこともありますし、異なる配慮を行うべき場合もあるでしょう。その意味で、本件のA社のように「セーフ」か「アウト」かギリギリの公表を行わざるをえない場合には、自社の判断で公表するのではなく、そもそも公表をするのか、および、公表するとしてどのような文言やどのような配慮を行うのか等について、事前に専門家に相談することが望ましいと思われます(注9)。

相談事例でいえば、説明義務を果たすため公表が求められている状況下において、このような慎重な配慮をしたうえで行われた表現であることに鑑みれば、A社の行為は名誉毀損には該当しないので、基本的には、Bに対しては、「当社の行為が違法な名誉毀損行為だとは考えていない」というスタンスを取るべきことになるでしょう(注10)。

なお、上記のとおり、本判決において、Bに関する公表が「セーフ」とされた理由はその表現だけを理由としたものではありません。公表の必要性の高さや、A社によるさまざまな配慮が重要な要素であったと理解されます。そこで、たとえ同様の表現がなされたとしても、そのような前提が異なれば、同様の判断がされるとは限りません。

たとえば、同じような内容の表現であっても、第三者が興味本位でBの疑惑をインターネット上に投稿したという場合、本判決と異なり、Bの社会的評価を低下させるとの判断がされる可能性は残っています(注11)。

本連載では、名誉毀損の判決を紹介していきますが、皆様が判決を読む際には、「当該判決において問題となった表現」と「当該判決の結論」だけを読んで、「ああ、こういう表現であれば『セーフ』なんだな(または『アウト』なんだな)」と簡単に考えるのではなく、なぜ裁判所がこのような判断に至ったのかという「理由付け」の部分まで十分に理解する必要があります。本判決においても、まさにこの「理由付け」の重要性が当てはまるといえましょう。


(注1)個人情報の流失に関し、「個人情報を扱う原告としては,本件情報流出の事実及び原因を公表して説明すべき社会的責務を有している」とされた東京地判平成21年12月25日ウェストロー2009WLJPCA12258015および「研究者が発表した研究論文等に実験データの改ざんなどの不正行為がなされた可能性があることが判明した場合」「事案を解明するのに必要かつ十分な調査を尽くした上で,速やかにその調査結果を社会一般に公表することが求められている」とされた東京地判平成20年12月9日ウェストロー2008WLJPCA12098001参照。
(注2)東京地判平成23年7月19日判タ1370号192頁。
(注3)特に、今回は、さまざまな表現が問題となったところ、そのうち本判決が「本件表現4」と呼んでいる表現を念頭においています。
(注4)この問題については、本書第2編第2章(83頁以下)で詳細に解説しています。
(注5)東京地判平成24年8月1日ウェストロー2012WLJPCA08018004。
(注6)東京地判平成27年5月18日ウェストロー2015WLJPCA05188005、判例秘書L07030545。
(注7)真実性の法理等における、公共性や公益性の問題です。詳細は第2編第7章および第8章を参照。
(注8)また、免責要件については、表現を行ったA社が証明責任を負うので、この観点からも、社会的評価の低下のところで判断してもらったほうがAにとって有利といえます。
(注9)本判決の事案では、弁護士と事前に相談のうえ、その弁護士が記者会見に同席し、説明をしています。
(注10)もっとも、実際の状況によっては、甲やBとの紛争を早急かつ終局的に解決し、これ以上A社のレピュテーションが低下することを避ける等という観点から、一定の条件下で何らかの譲歩的な対応をすることも考えられますが、安易な妥協もまた問題がありますので、具体的な状況に鑑みながら、総合考慮に基づく判断を下していく必要になるでしょう。
(注11)もちろん、その投稿の内容の真実性等によっては、免責要件、たとえばいわゆる真実性の法理等によって免責がされる可能性がありますが、ここで申し上げたいのは、「同じような表現でも、本判決のように、『免責要件を考えるまでもなく不法行為が成立しない』と判断されるとは限らない」ということです(ただし、単なる興味本位であるという場合には、状況にもよりますが、いわゆる公益性という要件が否定される可能性があります。この点については第2編第8章を参照してください)。
 


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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html

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まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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