ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第8回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/4/14By

 

2.裁判所の判断

まず、裁判所は、甲の掲示板が、利用者どうしの情報交換、情報収集、掲載施設と利用者間の情報交換を目的とするものであり、不特定多数の宿泊施設利用者が、実際に宿泊施設を利用した者の投稿情報を閲覧して、宿泊施設の選定に役立てたり、利用者の投稿に対し、宿泊施設が返答することでアフターサービスに努めたり、今後のサービス改善に役立てるという機能があるとしました。

そして、そのような機能を前提に、本判決は、このように、甲の掲示板が公共の利益を促進するものである以上、その投稿は公共の利害に関わるといえるとしてAの投稿の公共性を肯定したのです。

また、Aが、B旅館から事前に連絡をもらったなどのサービスが良かった点も投稿していることに照らし、Aは特にBを貶める等の悪意をもって投稿したのではないとして(注8)、公共性も認められています。

3.判決の教訓

たしかに、Bは小さな旅館かもしれませんが、甲のサイト等で広く宿泊客を募り、サービスを提供しています。すると、潜在的宿泊客にとっては、Bがどのような旅館なのかは宿泊施設の選定にとって重要です。そして、このような多くの潜在的宿泊客に利害があるということは、社会が利害関係をもつといえるでしょう。真実性の法理は、まさにこのような社会が利害関係をもつ情報を自由に公表できるようにすることに主眼があります(政治家の収賄情報はその典型です)。東京地方裁判所が認定したように、口コミサイトにおける投稿は潜在的宿泊客のニーズ等(注9)にこたえるものであって、一定の保護に値します。だからこそ、Aが投稿した、Bに関する口コミに公共性が認められ、Aは免責されたのです。
 実際、口コミサイトでマイナス情報を投稿したら、常に名誉毀損として責任を負うなどということになれば、投稿者が名誉毀損を怖がり(委縮して)、マイナスの口コミを投稿しなくなります。店舗等の問題を指摘する口コミがなくなり、褒める口コミだけが並んでいるのでは、サイト閲覧者としては当該店舗等を利用するべきかを適切に判断することができませんから、口コミサイトとしての意味がありません。その意味で、東京地方裁判所のように、一定範囲で批判的な口コミやマイナスの口コミを免責することは合理的といえるでしょう。

そこで、相談事例では、投稿の内容が真実であることを前提とすると、Aとしては、内容がそもそもBの評価を低下させるとまではいえないこと、および仮にBの評価を低下させるとしても、真実性の法理によって責任を負わないことを前提に対応すべきことになるでしょう(注10)。

もっとも、逆にいうと、このロジックが当てはまらない場合、たとえば、きわめて少数の限定された人に対してしかサービスを提供していない、会員制の料理店や宿泊施設等についてまで、口コミの公共性が認められるかは疑問が残るところです。そのような料理店や宿泊施設等について口コミ投稿する場合には、十分な注意が必要でしょう。

なお、東京地方裁判所の公益性に関する判断を参考にすると、感想・レビューにおいては、対象となる店舗等の悪いところだけではなく、いいところも(あれば)できるだけ記載して、中立性を高めることが重要です。店舗を貶めるためだけの投稿だと判断されれば、公益性が否定され、免責を受けられなくなります。

また、真実性の法理の重要な要件として、その表現内容が真実であることも要求されます。「盛った」(注11)口コミを投稿してしまうと、投稿の内容が真実ではない等として免責されない可能性にも十分留意すべきです。


 
(注1)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』168頁参照。
(注2)ただし、刑法の名誉毀損罪については、刑法230条の2第3項が「前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。」と規定していることから、この事例では刑事の名誉毀損罪に関する限り、上記の3要件を検討するのではなく、同項の要件(真実性)を判断すればよいことになります。
(注3)口コミの内容にもよりますが、口コミが単なる「個人の感想」レベルのものである場合に、それが単に批判的で、マイナスの印象を与えるものであるというだけで相手のお店の社会的評価を低下させるものと判断すべきではないことについては『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』225頁以下参照。
(注4)もちろん、真実性の法理は唯一の免責法理ではなく、さまざまな免責法理の1つです。たとえば、真実ではないとしても、真実だと信じたことについて相当の理由があれば、いわゆる相当性の法理によって免責される可能性があります。
(注5)東京地判平成24年12月12日・ウェストロー2012WLJPCA12128017。
(注6)実際には3種類の表現が主に問題となったところ、そのうちの1つを取り上げています。
(注7)「宿泊施設がチェックアウト時に間違った金額を請求することはあり得るから、たとえ誤った請求があったとしても、その場で間違いが是正されて精算が終了したのであれば、原告の社会的評価を低下させるとはいえない。」
(注8)判決文では「掲示板が上記のとおり公益を図るものであること、被告Y1は、旅館から事前に連絡をもらったなどの旅館のサービスが良かった点も書き込んでいることに照らすと、本件投稿は、専ら公益を図る目的でされたものと認められる。」とだけ判示していますが、その趣旨は本文で述べたとおり、特に旅館を貶める悪意があるわけではないから公益性が肯定されるということでしょう。
(注9)東京地方裁判所は、潜在的宿泊客にとってのメリット以外にも、宿泊施設が返答してアフターサービスに努める、サービスを改善するといった効果もあると認定しています。
(注10)なお、Aの方で責任を負わないと説明しても、Bがそれに納得しない場合にどのように対応すべきかは、難しい問題もありますので、専門家と相談しながら、具体的な状況に応じた適切な対応を探るべきでしょう。
(注11)ここでは、表現の選択として許容できる範囲を超えた過剰な誇張等を行った場合という趣旨です。
 


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【担当者一言コメント】だれもが加害者になりかねません
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松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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