ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第10回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/4/28By

 

1.はじめに

松尾剛行

:さて、今般、大島先生が、法律文化社から『憲法の地図』(初版、法律文化社、2016年)という本を出版されました。どのようなコンセプトの本か、教えていただけますか?

大島義則

:『憲法の地図』は、条文と判例を手掛かりに、憲法の地図を作ることを目的とする本です。

松尾

:「地図」という名前がいいですね。広大な憲法の迷宮の中で道に迷いがちな法学部生や法科大学院生にとって、「大事な建物の場所」や「大通りの形」とかを把握しておくと、その後の勉強の中で、「自分が今どこにいるか」がわかるので、道に迷わなくなります。民法のいわば「名所案内」である、我妻栄『民法』(注2)を思い出しました。

大島

:まさにそのとおりで、抽象的な学説や難しい学術用語に首をつっこむ前に、まずは条文と判例をベースに「現に日本の法律実務に妥当している憲法」を理解すべきだと考えてこの本を書きました。判例については学者の整理は参考にしているものの、主に調査官解説(注3)をベースに整理するようにしています。

松尾

:そうすると、『憲法の地図』を一言でいうと、調査官解説の整理を元に、初学者向けに憲法の見取り図、俯瞰図を示すということになりますか。

大島

:「初学者」の定義にもよりますが、まったく憲法を勉強したことがない、たとえば芦部憲法(注4)を読んだことがない人には、先に同書や他の入門書を読む等した上で読んでいただきたいと思います。

松尾

:本当に何もわかっていない初学者こそ、地図が必要なのではないですか?

大島

:厳しいツッコミですね(笑)。本当に基本的な単語の定義等については、そこにどうしても一定の学説のバイアスが介入してしまいます。そこで、そのような部分は学部や未修者向けの憲法の講義を聞いてもらうか、入門書を読んでいただいた上で、その後で本書を読んでいただきたいと思っています。

 

2.表現の自由vs名誉権

大島

:松尾先生も、2月に勁草書房から『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(初版、勁草書房、2016年)を出されたのですね。判例を精力的にリサーチされたとうかがいました。

松尾

:留学中に修士論文を書く必要があり、平成20年代のインターネット上の名誉毀損の裁判例を(私の知る限り)全部読みました。オフラインの名誉毀損のものを合わせると、1000本くらい読んでいます。そこから浮かび上がる「現に日本の法律実務に妥当している名誉毀損法」を明らかにし、その理論的背景や実務的示唆をまとめて本にしました。

大島

:憲法の地図でも、表現の自由と名誉毀損の関係を取り上げました。

松尾

:私の研究は、基本的には民法と刑法に関するものなので、憲法的な背景については考察に不十分なところがあるかもしれません。この機会に大島先生にぜひ教えていただきたいのですが、現在の日本の裁判所は、表現の自由と名誉権の調整についてどのように考えていますか?

大島

:憲法21条の「言論、出版その他一切の表現の自由」には第三者に対する名誉毀損的表現も含まれるので、判例も、第三者の名誉を毀損する表現がおよそ表現の自由の範囲外だとは考えていません。ただ、通常の表現の自由に対しては判例上も通常はかなりの程度の保護が与えられている(注5)のですが、名誉毀損表現について同程度の高い保護を与えると、名誉権が十分に保護されなくなります。

松尾

:憲法13条で名誉権が憲法上も保護されていますから、その趣旨を没却してはならない、ということでしょうか。

大島

:そうですね。そこで、名誉毀損表現については、いわば低価値表現として、他の表現よりは強い制限を許しています。

松尾

:低価値表現の議論というのは、たとえばわいせつ表現や犯罪行為・違法行為の扇動等についてされていたと理解していますが、名誉毀損表現もそのカテゴリーに入るということですね。

大島

:そのとおりです。そして判例は刑法230条の2第1項(注6)の免責事由を表現の自由と名誉権との調整規定と理解して、そこから判例法理を発展させ、一定範囲で名誉毀損が成立しないとすることで、名誉権を尊重しながらも、表現の自由を一定程度保護することを試みています。

松尾

:発展した判例法理というのは具体的には、いわゆる真実性の法理(注7)、相当性の法理(注8)、公正な論評の法理(注9)等ですね。民法の不法行為責任や刑法の刑事罰の成立範囲を画するこれらの判例法理は、同時に憲法上の表現の自由をどこまで制約できるかという意味での憲法上の判例法理にもなっているということですね。

大島

:そのとおりです。

 
→【次ページ】ネット名誉毀損と憲法

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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