2.裁判所の判断
高裁は、Aの主張を支持し、この表現がAの法的見解を表明するものだとしました。要するに、意見・論評だとしたのです。
そして、「窃盗」という意見・論評が名誉毀損となるか(社会的評価を低下させるか)についても、「本件記事を閲読した一般の閲覧者は、被上告人が突然の取引中止の通告等を批判する趣旨で殊更に誇張した法的評価を加えていると受け止めるのが自然」であり、Bが「現に「窃盗」に該当する行為を行ったものと理解する可能性は乏し」いとして名誉毀損を否定したのです。
要するに、高裁は、Bが窃盗をしたとの事実の摘示ではなく、単に誇張的な表現で論評をしたにすぎないとして、社会的評価の低下を否定しました。
ところが、最高裁は、結論を変更し、この表現が事実の摘示であるとしたうえで、社会的評価の低下を肯定しました。
最高裁は、Aの投稿は、Bの従業員が、甲の店長が所持していた折込チラシを同人の了解なくして持ち去った旨の事実を摘示するものと理解されるのが通常であるとして、これを事実の摘示とみました(注11)。
そして、事実摘示であることを前提とすると、ジャーナリストのウェブサイト上の記載であって、それ自体として、一般の閲覧者がおよそ信用性を有しないと認識し、評価するようなものであるとはいえないことも踏まえれば、Aの社会的評価を十分に低下させるとして名誉毀損を認めました(注12)。
3.本判決の教訓
意見・論評か事実の摘示かは、名誉毀損の成否を分ける重要なポイントであり、その判断基準は抽象的で、あてはめはそう容易ではありません。そのことは、今回の事件で高裁と最高裁の判断が分かれていることからも明らかです。
気をつけていただきたいのは、この最高裁判決は、「法的見解の指摘」をすべて事実の摘示だと判断したとはいえないことです。あくまでも、「持ち去り行為」と「窃盗」という双方の指摘をあわせて読むと、通常の読者はこれを「無断で(つまり甲の了解なく)」持ち去ったという事実を示す記載だと読むだろうという、いわば個別事案に即した判断をしたにすぎないのです。
この判決以降も、下級審では、法的見解の指摘を意見・論評とするものがありますが、それは具体的な事案において、通常の読者がこれを純粋な法的評価であって、証拠等によって存否を決められないものと判断するだろうと裁判所が考えたということでしょう(注13)。
ある表現について、自分では意見・論評だから大丈夫だろうと思っていても、このように事実の摘示と判断されることもあるのですから、(意見か事実かでセーフとアウトが変わるような)「ギリギリ」の表現はできるだけ避け、ある程度余裕のある表現をすべきですし、それができない場合には、専門家と相談すべきでしょう。
(注1)これは民事名誉毀損に関する説明です。刑事の名誉毀損罪では、事実の摘示が名誉毀損罪成立要件となっています。
(注2)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』226〜227頁参照。
(注3)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』225頁以下参照。
(注4)とはいえ、投稿者等が自分の投稿内容が真実であると証明できない場合に常に名誉毀損の責任を負うということであれば、萎縮効果が大きいことから、結果的に真実であると証明できない場合でも一定の保護が必要です。本連載第13回参照。
(注5)法学以外でも学術一般においてそうなのではないかと想像はしますが、筆者の専門は法律なので、一応法学に限定しています。
(注6)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』219頁以下。
(注7)東京高判平成22年4月27日判例集未登載。
(注8)最判平成24年3月23日判タ1369号121頁。
(注9)なお、判決では、持ち帰りをしたのがBの従業員か否かも争われているが、この点については判決本文を参照されたい。
(注10)最判平成9年9月9日民集51巻8号3804頁、最判平成10年1月30日判タ967号120頁。
(注11)「前記事実関係によれば、本件記事は、インターネット上のウェブサイトに掲載されたものであるが、それ自体として、一般の閲覧者がおよそ信用性を有しないと認識し、評価するようなものであるとはいえず、本件記載部分は、第1文と第2文があいまって、上告人会社の業務の一環として本件販売店を訪問したX2らが、本件販売店の所長が所持していた折込チラシを同人の了解なくして持ち去った旨の事実を摘示するものと理解されるのが通常であるから、本件記事は、上告人らの社会的評価を低下させることが明らかである。」
(注12)また、真実性・相当性も否定しています。
(注13)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』222頁以下。たとえば知財高判平成27年8月5日ウェストロー2015WLJPCA07169010や東京地判平成26年11月11日ウェストロー2014WLJPCA11118016等を参照。
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松尾剛行著『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』
時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
書誌情報 → http://www.keisoshobo.co.jp/book/b214996.html