ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第26回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/9/23By

 
書籍『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』の収録に間に合わなかった判決の中にも、興味深い判断が多数ありますね![編集部]
 
 

引用、褒める表現、「登場する人物、団体、設定は架空」等の注意書き、ポエムはそれぞれ名誉毀損を否定する「抗弁」になるのか?

 

1.はじめに

今回より、連載第Ⅱ期本編が始まります。

連載第Ⅰ期(~24回)は、書籍『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』の各章に対応する形で、重要(裁)判例の事案を使って具体的にインターネット上の名誉毀損の基本を説明してきました。

これに対し、第Ⅱ期では、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』出版後の最新(裁)判例を紹介することで、その内容を補充する(注1)とともに、狭義のインターネット上の名誉毀損ではないが、それに深く関係する諸問題についても検討を進めていきたいと思います。

前回(連載第25回)の大島義則先生との対談に引き続き、実質第1回目となる今回は、まず、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』の基準時となる平成27年12月24日時点では各データベース上で入手できなかった裁判例(注2)のうち、実務上見られる「抗弁」ないし「弁解」について判断したものとして参考になる裁判例をいくつか紹介したいと思います。
 

2.「引用」と言えば名誉毀損にならないのか?

インターネット上の名誉毀損の実務では、「引用」の抗弁がよく出てきます。「自分は単に第三者の投稿を引用しただけ」というものです。このような抗弁は通るのでしょうか?

この点がまさに問題となった東京地方裁判所の判決(注3)では、具体的事案において、引用であっても名誉毀損となると判断しています。

 

裁判例1:引用によって名誉を毀損した事案

Bはカンボジアに住んでいる。

2012年頃、財務省などが所有する国有地を格安で購入できるという架空の話を捏造し、不動産業者らから数億円ないしは数十億円といわれる大金を騙し取った事件(本件払い下げ事件)が発生した。

甲は、ブログ上に、「Bは本件払い下げ事件に関与していたが、警視庁から事情を聴かれ、姿を消した。Bには日本に帰国して被害者に事情を説明して欲しい」等と記載した。

Aは、LINE上(注4)に「これ、本当ですか?」とか「これ、推測で書いていたら、確実に名誉毀損w以下、ブログから引用。」等と記載した上で、4回にわたって上記のブログ記事を引用する投稿を行った。

 
 この事案において、甲は、Bが詐欺という犯罪(本件払い下げ事件)に関与していたというブログ記事を公表していますから、名誉毀損に該当することは明らかです(注5)。問題は、Aが行った引用行為が名誉毀損になるかです。

ここで、Aの行為はBの詐欺を摘示するのではなく、単に甲の投稿の存在を指摘しただけという考え方もあり得るところです。特に、Aは「これ、本当ですか?」というように、ある意味では、甲の投稿に疑義を入れようとしていると解する余地もあるコメントを加えていました。しかし、裁判所はこのような考え方を否定し、Bの詐欺を摘示する投稿だと判断しました。この判断のポイントは、裁判所が、Aの投稿が、甲のブログ記事を拡散させるものだと考えたことです。その理由の一つとして、裁判所は、短期間に複数回の類似の引用投稿が行われていることを指摘しています(注6)。形式上疑問を呈していても、投稿全体として疑問を呈する趣旨でないと判断されれば、やはり名誉毀損の責任を負うのです。

たしかに、「Xは犯罪者だ」という記事を引用した上で「この記事は間違っていて、Xは犯罪者ではない」というように、当初の記事を否定するために引用をすることもあり得ます。そして、そのような文脈における引用であれば、必ずしもXが犯罪者だという趣旨の投稿ではないと判断される可能性もあります。しかし、そうでなければ、引用者もまた元の記事に記載された事実を摘示したとして、名誉毀損の責任を問われます。裁判例1の事案においては、裁判所が、一見引用元である甲の記事に疑問を入れる趣旨とも考えられるコメント(「これ、本当ですか?」等)があったにもかかわらず、投稿全体の趣旨を踏まえて引用者Aの責任を認めたことには十分注意が必要でしょう。

【次ページ】「褒める」「架空」

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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