ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第26回

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
Published On: 2016/9/23By

 

3.他人を褒めたら名誉毀損になる?

また、たまにですが、「自分は褒めただけ」という抗弁を見かけます。このような抗弁は通るのでしょうか?

この点がまさに問題となった東京地方裁判所の判決(注7)では、引用であっても名誉毀損となると判断しています。

 

裁判例2:ブログ記事で老人を褒めて名誉毀損とされた事案

Bは脚本家、映画監督であったがすでに引退し、自宅で生活している。Bが認知症に罹患したことから、Bを介護するために家族が訪問介護を頼み、Aが介護することになった。

AはBを介護するうちに、Bの穏やかさ等に感心し、これを他の人にも伝えたいと考え、ブログ上に、Bが認知症に罹患しており自分が介護しているが、「性格は出る。Bは、どこまでも穏やかな人」「天使のように優しく穏やかなB」、「高名な方だけあって……上品さは失われていない」、「こんな素敵な家で、養女やヘルパーのケアを受けて、何不自由なく余生を送るB氏は、幸せですね。」等と記載した。

 
 いわゆる「ほめ殺し」、つまり、形式的に褒める文言を用いながら実際には、相手を貶める意図の表現であれば、名誉毀損が認められることは明らかでしょう(注8)。

ところが、裁判例2の事案では、判決文を読む限り、Aは介護を通してBに魅了され、Bの素晴らしさを伝えようと、このようなブログを書いたようにも思われます。

こうした場合の名誉毀損の成否について、裁判所は、一般の読者の通常の注意と読み方を基準とすればBを褒める部分の記載とあわせても、認知症を公表することはやはりBの名誉を毀損すると判断しています(注9)。

この裁判例は、判例法理である「一般読者基準」をもとに、当該記事が名誉を毀損するかどうかを判断しました。本人が褒めるつもりであっても、そのような基準を適用した結果、名誉毀損と判断される場合があり、名誉毀損の責任を負わなければいけないとしたものです。

相手を褒める内容の表現である等、自分自身として名誉を毀損するつもりが全くなくとも、このように裁判所が客観的基準に基づいて名誉毀損だと判断し、責任を負わせることもある以上、表現をする際には十分な留意が必要でしょう。
 

4.「登場する人物、団体、設定は架空」と注意書きを置けば免責されるのか?

「登場する人物、団体、設定は架空」といった注意書きがあるから名誉毀損ではない。これもたまにある抗弁です。

この点がまさに問題となった東京地方裁判所の判決(注10)では、こうした注意書きがあっても名誉毀損となると判断しています。

 

裁判例3:「架空」注意書きでも名誉毀損とされた事案

Bは葬儀社であるところ、Bに関する情報を語り合う掲示板において、Aが投稿を行った。その内容は、「事業車両運行管理者、事業車両運行管理補助資格を持っていない社員に、車両の運行管理、それも夜間の車両運行管理をさせている」という内部告発をする改善要望書が運輸局に提出されているとか、それが原因で交通事故が発生したといったものであった。

この投稿は、三人称の形式で小説のように記載されており、「改善要望書は単なるイタズラなのか」という問いかけで投稿を結んだ上で、「登場する人物、団体、設定は架空の物です」と注意書きを付している。

 
 裁判所は、まず、当該投稿がBに関する情報を語り合う掲示板でされていることから、Bに関するものだと認定しました。その上で、たしかにフィクションという形式を取っているが記事の内容が非常に具体的であり、一般の読者は、その記載内容が、架空の話ではなく、ある程度真実であるとの印象を抱くとして、これを、なお、Bに対する名誉毀損であると認めました(注11)。

この事案の処理として参考になるのはモデル小説に関する判例法理であり、概ね、虚実ないまぜで、創作の部分と事実の部分の区別かができない記載方法であれば、内容が真実かもしれないと一般読者が認識し、名誉毀損が成立することもあると理解されています(注12)。今回の事案では、明確に「登場する人物、団体、設定は架空」という注意書きがされているという特徴があるものの、裁判所はこのような判例法理に基づき、一般読者がある程度真実の印象を抱くものである以上、注意書きがあったとしてもなお名誉毀損だとしました。

もちろん、内容が荒唐無稽で誰が見ても架空の出来事だと思う場合には別ですが、そうでなければ「登場する人物、団体、設定は架空」という注意書きをしても名誉毀損が成立する以上、十分な注意が必要でしょう。

【次ページ】ポエム、歌詞

About the Author: 松尾剛行

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。
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