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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第30回

11月 24日, 2016 松尾剛行

8.まとめ

訴訟活動が名誉毀損になるのは例外的な場合であり、80%以上の大多数の裁判例では、訴訟活動として違法性が阻却されること等を理由に責任が否定されています。これまで責任が認められた約30の事件を見ると、「ここまで来れば責任を認められてもしょうがない」といえるような非常に例外的な事案ばかりです。これは、訴訟活動において自由な弁論が認められることが、民事訴訟の健全な運営、ひいては国民の裁判を受ける権利の保障にとって重要だからでしょう。

そこで、上記の相談事例においても、詐欺等という主張は訴訟との関連性があり、必要性もあって相当な範囲内として、違法性が阻却されるものと思われます(なお、A1は、責任主体の主張を行い、訴訟提起を依頼した弁護士がどのような文言を用いるかについては弁護士に任せていたとして、具体的な表現がどのようなものであれ責任を免れると主張することも可能でしょう)。

その意味では、訴訟活動が名誉毀損として不法行為責任を問われることは例外的なものといえますが、いたずらに強い表現(「明らかである」の連発等)を使えば、むしろその主張が弱く見える等、それ以外の観点から、訴訟活動においてもできるだけ上品な表現を心がけたいものです。
 
【資料】訴訟上の表現と名誉毀損

筆者が収集した203件の判決のうち「訴訟活動」について名誉毀損責任を認めた30件を○、そうでない172件を×とした。×のものについても訴訟活動以外の責任が認められたものがある(例えば訴訟外の活動)ことに留意が必要である。なお、一件、訴訟活動について認めた責任の実質が名誉毀損か不明なものがあり△とした。表中、「XXXWLJPCAXXXX」はウェストロー・ジャパン、「LXXXX」は判例秘書、「数字8桁」は第一法規を示す。

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(注1)例えば、甲がブログ上に別件事件の訴状を掲載し、その訴状の文面の中に乙の社会的評価を低下させる文言が含まれていた事案につき、別件訴状が公開の訴訟手続において陳述され、その要旨が同事件の判決文中に引用され、これが公開されているとしても、本件ブログにおいて別件訴状を公開した行為が。裁判の公開を理由に正当化されるものではないとした東京地判平成27年6月11日参照。
(注2)『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』264頁。
(注3)連載第8回第9回第12回第13回参照。
(注4)「訴訟の場における意見の表明は、適正な裁判の確保(刑罰権の実現、紛争の解決)の目的の前に保護されなければならない。殊に、当事者主義、弁論主義の支配する場面においては、当事者に自由な意見又は主張の展開、攻撃防禦方法の提出を保障することが重要である。ここに訴訟行為による名誉毀損の特殊性がある。」後記調査官解説197〜198頁。
(注5)最判昭和60年5月17日民集39巻4号919頁
(注6)「論告において第三者の名誉又は信用を害するような陳述に及ぶことがあつたとしても、その陳述が、もつぱら誹謗を目的としたり、事件と全く関係がなかつたり、あるいは明らかに自己の主観や単なる見込みに基づくものにすぎないなど論告の目的、範囲を著しく逸脱するとき、又は陳述の方法が甚しく不当であるときなど、当該陳述が訴訟上の権利の濫用にあたる特段の事情のない限り、右陳述は、正当な職務行為として違法性を阻却され、公権力の違法な行使ということはできないものと解するのが相当である。」
(注7)「裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。」
(注8)例えば門口調査官解説197〜198頁は、訴訟活動一般について、このような考え方が「訴訟行為と名誉という両価値の重要性に着目してその比較衡量をし、もって訴訟行為につき一定の限界を画定して両法益の均衡を図っているということができ、しかも、両価値の調和点を違法性のレベルで客観化しているだけに、基準としても明確である」とする。道垣内弘人「最高裁判所民事判例研究」834頁は民事訴訟と本判決で「抽象論のレベルでは余り違いがない」とする。その他、和久一彦ほか「名誉毀損関係訴訟について」判例タイムズ1223号65頁注48も参照。
(注9)なお、多くの裁判例を調べたものとして升田純「弁護士等の訴訟活動に伴う名誉毀損・プライバシーの侵害」中央ロー・ジャーナル3巻4号38頁も参照。
(注10)前記昭和60年最判以降のもののみを対象としている。それ以前のものとして、東京地判昭和26年9月27日下民2巻9号1138頁(本人尋問において反対尋問の行使に伴い、「妾の生活費を支出しているか」と発問したことについて名誉毀損を否定)、最判昭和27年3月7日刑集6巻3号441頁(誣告被告事件の公判廷において、被告人が、弁解として、人違いであったことに気付いていながら虚偽の陳述をして誣告の相手方の名誉を毀損することは防御権の濫用として名誉毀損罪が成立する)、東京地判昭和31年11月5日下民集7巻11号3129頁(答弁書や反訴状で「病人や子どもに暴行を加えた」と主張しても当初から名誉を害する意図で虚言を用いたり、著しく名誉を害する内容の虚言を用いた場合でない限り、名誉毀損の成立は阻却される。)、千葉地館山支判昭和43年1月25日判時529号65頁(弁護士の責任を肯定)、東京地判昭和43年6月20日判タ226号167頁、東京地判昭和45年1月29日判時599号48頁(証人が、「仮処分の保証金を横領した」と証言しても違法性が阻却されるとして名誉毀損を否定)、東京高判昭和45年7月17日判タ256号129頁(答弁書で相手が逮捕取調べを受けたと記載し、これが結果として事実に合致しなくとも真実と信じ、かつ信じるにつき合理的根拠のある限り違法性を阻却するとした)、東京高判昭和49年4月18日判時741号76頁(相手方に対し「不当にもいいがかりをつけて売掛代金債務を免れようとしている」などと陳述しても違法性があるとはいえない)、東京地判昭和50年2月14日金法807号36頁、東京地判昭和50年5月20日判タ329号161頁、最判昭和51年3月23日刑集30巻2号229頁(弁護人の訴訟活動に関するもの)、神戸地判昭和56年10月30日判タ466号148頁、大阪地判昭和58年10月31日判タ519号184頁及び大阪高判昭和60年2月26日判時1162号73頁(準備書面に「横領罪に当たる刑事犯罪者」等と記載したことが名誉毀損とされた)等。
(注11)なお、論者によっては(例えば室橋秀紀「訴訟活動と不法行為の成否」判タ1242号29頁〜30頁)、訴訟外のコミュニケーションによる名誉毀損も「訴訟活動と不法行為」の一環としてとらえ、訴訟外の私信により名誉を毀損した例えば東京地判平成4年8月31日判タ819号167頁のような事案を「責任肯定事例」に分類する者もいるが、本稿では訴訟外のコミュニケーションは検討の対象としていない。なお、訴訟当事者以外が陳述書等を出すこともありますが、訴訟の一方当事者に協力するため、各別件訴訟に証拠として提出されるための本件各陳述書を作成し、各別件訴訟の訴訟代理人弁護士を介して各別件訴訟に本件各陳述書が提出されるように意図した者は訴訟当事者ではなくとも同様に扱われるとした東京地判平成25年8月29日を参照。
(注12)川井健ほか『新・裁判実務体系(8)専門家責任訴訟法』64頁以下。なお、裁判例については、坂口公一「弁護過誤をめぐる裁判例と問題点」判タ1235号70〜71頁参照。
(注13)違法弁論型の中には、名誉毀損型ではなく、判決騙取型(これを認容した事例として名古屋高判平成21年3月19日判例時報2060号81頁があるが、最判平成22年4月13日最高裁判所裁判集民事234号31頁で覆されている)もあるが、これは取り上げない。また、違法弁論の違法が「プライバシー侵害の場合」もあるが(肯定例として東京高判平成11年9月22日判タ1037号195頁等)、これも取り上げない。
(注14)法学セミナー2016年10月号の特集を参照されたい。なお、連載第14回でもSLAPP訴訟を取り上げている。
(注15)なお、未公刊裁判例として判例タイムズ1223号76〜77頁掲載のもの参照。
(注16)大阪地裁の裁判例を分析の上「いずれも相当広範な違法性阻却の余地を認めており、結論的にも請求を棄却するものが圧倒的多数を占めていた」とする和久一彦ほか「名誉毀損関係訴訟について」判例タイムズ1223号66頁も参照。なお、30件の中には、その後上訴されて結論が変わったものも多い。
(注17)この点を強調するものとして佃克彦『名誉毀損の法律実務(第2版)』105頁参照。例えば「被告Yが自身の住所地として届け出る地に真実居住しているかどうかについて疑義がある旨の原告の訴訟上の主張を述べるものにとどまり、通常の読み方を基準とすれば、事実として被告Yの住所地の届出が虚偽であったと確定的に主張するものとは解されないし、同被告が住所不定の無宿者である旨述べるものでもない。したがって、これによって原告の社会的評価を低下させるものとは認められないから、この点の記載について、原告は不法行為責任を負わない。」とした東京地判平成28年2月1日や「名簿登録「抹消」を名簿登録「停止」と誤記することによって、原告の社会的評価が低下するとは認められないから、不法行為とはならない。」とした東京地判平成19年3月22日参照。
(注18)「被控訴人らが本件訴訟において提出した主張書面には、控訴人が犯罪者であるなどの表現(被控訴人Y)、控訴人が奇人・変人、病人であるなどの表現(被控訴人Y1)があることが当裁判所に顕著である。他方、控訴人においても、被控訴人らに対して奸計の輩とか事件屋などといった表現を用いている。そうすると、これらの表現は、控訴人と被控訴人らが対立関係にある中で、相互に、相手方の主張には理由がなく、自らの主張が正当であることを主張する目的で、主張書面中に記載したことが明らかであるから、穏当を欠く表現ではあるが、不法行為に該当する程度に違法なものとはいえない。」とした#280126、「別件訴訟の訴状内の前記記載は,同訴訟の訴訟行為と全く関連性がないとはいえない上、相手方の非難の応酬の一環として使用されていることをも勘案すれば、違法性は阻却されるというべきである。」とした#220730、「原告の上記の主張のうち、「事実を隠して良心的な業者のふりをする極めて悪質」「大嘘をつく」「大嘘を言う」等といった表現は、被告の主張に対する反論としてなされたものであることが明らかであるから、その主張のみを取り上げて不法行為を構成するものと解するのは相当でないというべきである。」とした#170629等参照。
(注19)「本件上申書は公開の法廷で陳述されたり取り調べられたりしたものではないから、その記載内容が流布されたとは認められない。」とした#271218、「また、本件各陳述書はそれぞれ各別件訴訟に証拠として提出されたものであるところ、民事訴訟は公開の法廷で審理され、その訴訟記録を第三者が閲覧することができるとはいっても、事件に無関係の第三者がこれを閲覧することは一般に多いとはいえない」とした#260319、「そして、訴訟において本件文書が開示されたとしても、直ちにそれを訴訟当事者以外の一般人が広く知るとはいえないから、原告の名誉ないしプライバシーが現実的具体的に著しく害されたとまではいえない。」とした#240130、「その主張等は、元々裁判所において真偽を判断されることを予定し、裁判の中に限られたものとしてされたにすぎないから、原告の社会的な評価を損なうという意味での名誉を侵害するとまではいえない。」とした#231117、「家事調停・審判手続は非公開であり(家事審判規則6条、12条参照)、本件準備書面の内容が第三者に伝搬する可能性は極めて限られていたことなどからすると、被告が本件準備書面で原告の指摘する記載をしたことが、慰謝料の支払を求めることができるほどの違法性を有しているとまで認めることはできない。」とした#210928、「本件陳述書は、前訴における書証として裁判所に提出されたにすぎないことは明らかであり、これが一般に流布されたとの事実は認められない。したがって、本件陳述書の内容が不特定又は多数人に公開されたということができず、名誉毀損行為があったと認められない。」とした#190720、および「我が国の民事訴訟の法廷では、特別に社会の注目を集める事件以外は傍聴人は事件当事者の関係者と、同じ法廷で同時刻又は近接した時刻に期日が指定された全く別の訴訟の当事者、関係者であるのが通常であり、それらの別の訴訟の当事者、関係者は、自分の関係する事件以外の審理内容には特別に通常と異なる事象が生じない限り関心を払わないのが実情であること、書証の内容を読み上げることは行われないのが実情であることは当裁判所に顕著である。別件訴訟に世間の関心が集まり、事件当事者の関係者以外の傍聴人が相当数あり、本件記載Ⅲを含む証拠が傍聴人の前で読み上げられたことを認めるに足りる証拠はないから、別件訴訟が公開の法廷で審理されたからといって、本件記載Ⅲが、社会といえるだけの一定の広がりを有する対象に開示されたものということはできない。」とした#190227参照。

ただし、仮処分にもかかわらず公然性を肯定した#020118等にも留意が必要である。
(注20)なお、一般的な真実性・相当性について検討しているものも多いが、この点は訴訟活動に特徴的なものではないので、ここでは論じない。『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』159頁以下等を参照されたい。
(注21)様々な裁判例のニュアンスの違いを紹介した上で、自説を述べるものとして、佃克彦『名誉毀損の法律実務』367〜372頁参照。
(注22)室橋秀紀「訴訟活動と不法行為の成否」判タ1242号36頁。なお、室橋は、自己の整理と、「訴訟行為と関連し、訴訟行為遂行のために必要であり、主張方法も不当とは認められない場合には、違法性が阻却されると解するのが相当」とする#160225A等の整理を異なるものとやや考えているようである。この点は、厳密に理論的にいえば、室橋説と#160225Aは違うものの、この論稿では、主に関連性、必要性、相当性(適切性)を問題とするという意味で、2つを特に区別せずに扱った。
(注23)なお、依頼者と代理人が不真正連帯債務関係となるとした上で、弁済を理由に請求を棄却。
(注24)#260319によって結論が逆転。
(注25)最高裁で上告棄却、上告不受理(#250117)。
(注26)ただし#160225で逆転。
(注27)依頼者が指示又は積極的同意によるものでなくとも内容を認識し修正の機会があれば責任を負うとした#271002参照。
(注28)室橋秀紀「訴訟活動と不法行為の成否」判タ1242号38頁。
 
次回更新、12月8日(木)予定。
 

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時に激しく対立する「名誉毀損」と「表現の自由」。どこまでがセーフでどこからがアウトなのか、2008年以降の膨大な裁判例を収集・分類・分析したうえで、実務での判断基準、メディア媒体毎の特徴、法律上の要件、紛争類型毎の相違等を、想定事例に落とし込んで、わかりやすく解説する。
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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。