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ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』 連載・読み物

ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第35回

2月 13日, 2017 松尾剛行

 
 

3.犯罪歴・前科とプライバシーに関する裁判所の立場

 
(1)犯罪歴・前科の特殊な位置づけ
 
 そもそも、犯罪歴や前科はプライバシーの中でも特殊な領域と言えるだろう。

ある人にとって自分が犯罪を犯した、有罪と宣告されたというのは秘匿したい、それを知られたくないという気持ちがあるのは十二分に理解することができる。特に、有罪判決が出た後、服役等を経て社会復帰をしていくに際して、前科・前歴を知られることによって更生が困難になることから、その局面ではプライバシーの保護の必要性は高い。

もっとも、犯罪やそれに対する刑事処分は、社会の正当な関心事であって、公共性が認められることは否定できない。前科・前歴は公的な犯罪記録の一種でもあり、その意味でも公的情報の性質を有していることもまた否定できない。犯罪報道を一律にプライバシー侵害とすべきではないだろう。

後述の逆転事件の最高裁判決調査官解説は「前科のプライバシー性と非プライバシー性」(注23)を論じているが、これは、犯罪歴・前科のこのような特殊性を指摘するものだろう(注24)。
 
(2)犯罪歴・前科とプライバシーに関する最高裁の判断
 
 これまで、犯罪歴・前科とプライバシーに関する最高裁の判断としては以下の3事件が重要である。

まず、 最判昭和56年4月14日民集35巻3号620頁(前科照会事件)は、区長が弁護士会照会に対して安易に前科を回答したことがプライバシー侵害になるかが問題となった事案において「前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。」と判示し、結論として賠償を認めた原判決を是認した(注25)。

次に、最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁(逆転事件)は、ノンフィクション小説において占領下の沖縄で行われたある刑事事件において有罪とされたことが実名で描写されたことが問題となったところ、最高裁は「賠償ある者が刑事事件につき被疑者とされ、さらには被告人として公訴を提起されて判決を受け、とりわけ有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有するものというべきである」としたうえで、それが違法かどうかの判断基準として「その者のその後の生活状況のみならず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができる」と判示し、結論として賠償を認めた原判決を是認した。

さらに、最判平成15年3月14日民集57巻3号229頁(長良川事件)は、週刊誌における少年事件報道について、「犯人情報及び履歴情報は、いずれも被上告人の名誉を毀損する情報であり、また、他人にみだりに知られたくない被上告人のプライバシーに属する情報であるというべきである。」として、前科がプライバシー情報であると明示したうえで、逆転事件を引いて、「プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立する」と述べ、「本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である」と判示し、これらの個別具体的事情について審理を怠った原判決を破棄して差し戻した。

これらの裁判例からは、前科・前歴に関する情報はプライバシーとして保護されるところ(注26)、このような情報を報道する行為がプライバシー侵害として違法とされかどうかについては、比較衡量の基準で判断すべきことが示唆されているといえるだろう。
 
(3)服役終了後の時の経過と「更生を妨げられない権利」
 
 ここで、同じ前科前歴であっても、服役等を終え、新たな社会生活を開始した元犯罪者については、その前科が再度公表されることによってその新たな社会生活が動揺し、更生が妨げられるという問題がある。逆転事件の最高裁判決調査官解説が述べるとおり、「犯罪者が更生に向けて真摯な努力を続けているときに、前科の公開が更生に支障を与えることは見やすい道理」である(注27)。

最判平成6年2月8日民集48巻2号149頁(逆転事件)は、「その者が有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有するというべきである」としてこの旨を明らかにした。

この、「更生を妨げられない利益」は、人格権の一内容と理解されており(注28)、インターネット上のプライバシー侵害においても「更生を妨げられない利益」侵害を理由とした損害賠償等が命じられている。

東京地判平成21年9月11日ウェストロー2009WLJPCA09118006は、保険金殺人事件で有罪となり服役を終えた元被告人の情報を実名入りでウェブサイト上に公表する行為について、「原告のような有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた者は、一般市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられないことにつき法的保護に値する利益を有していた」としたうえで「特に本件記事が掲載された時点では、既に事件発生から20年以上が経過し、原告が刑の執行を終えてから8年以上が経過していることからすれば、いったん著名となったことによって直ちに原告において前科等にかかわる事実が公表されないことについての法的利益が存在しないことになるものでもない」としてこれを違法として損害賠償を命じた。

東京地判平成25年11月13日ウェストロー2013WLJPCA11138011は、特定商取引法違反及び詐欺罪によって有罪になり、出所後会社の代表取締役を務めるようになった者について、その前科を(リンクを通じて)インターネット上で公表する行為について「原告の逮捕起訴歴に関する事実を公表することにより、原告が新しく形成している社会生活の平穏を害し、その更生を妨げる内容であると認められる。」としたうえで、違法性阻却事由もないとして損害賠償を命じた。

興味深いのは、東京高判平成26年4月24日プロバイダ責任制限法判例集25頁であり、平成15年に逮捕された記事がマスコミに掲載され、個人サイトにおいても同時期に転載された後本人は執行猶予判決を受けて社会復帰したが、約10年経過後も個人サイト上に当時の記事が残っていたことからの削除を求めた事案において、東京高等裁判所は更生を妨げられない利益と「事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その者の政治的又は社会的地位の重要性、その者の社会的活動及びその影響力、ウェブサイトの目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性とを総合的に比較考量し、上記更生を妨げられない利益が優先すると判断されるときには、その者はウェブサイトの管理運営者に対し、当該ウェブページを削除することを請求することができる」と判断しており、(上記2事例のような、事件後かなり経過してから行われた投稿のみならず)事件当時の記事についても更生を妨げられない利益を理由に、削除の余地があるとしている(注29)。
 
【次ページ】差止及び削除請求権

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松尾剛行

About The Author

まつお・たかゆき 弁護士(第一東京弁護士会、60期)、ニューヨーク州弁護士、情報セキュリティスペシャリスト。平成18年、東京大学法学部卒業。平成19年、司法研修所修了、桃尾・松尾・難波法律事務所入所(今に至る)。平成25年、ハーバードロースクール卒業(LL.M.)。主な著書に、『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』(平成28年)、『金融機関における個人情報保護の実務』(共編著)(平成28年)、『クラウド情報管理の法律実務』(平成28年)、企業情報管理実務研究会編『Q&A企業の情報管理の実務』(共著)(平成20年)ほか。